第20話 忘れられた村の生き残り
いくら領主に気にするなと言われても、それまでは誰も湯船に浸からなかった。
主君と共に湯船に浸かるなど、ここは家来として譲れないところだろう。
「ああー。うー」
お湯に浸かった途端に声が出でしまうのは、何故だろうか?。
少しぬるめのヌルヌルするお湯に肩まで浸かったまま、頭を吹き抜ける風が気持ちいい。
「外の湯は本当に気持ちがいいな。お湯に浸かるのも初めてだが。ただのお湯ではないのも不思議だ。ヌメッとするのは魔法か?」
「このお湯が温泉ですよ。地の底からいろんな物質を溶かし込んで流れ出たお湯です。ここのお湯は傷を早く治する効果があります。あのハゲ山に湧いたお湯をここに持ってきているのです」
そこに近づく男が1人いた。
「ナイトさま。私はカズマと言う領主の護衛をしている者です。話を聞いていると思いますが、私がこの村で生まれた生き残りです。私は今日まで先祖や家族の墓参りもせずにこの村を見捨てて暮らしてきました。でも、心はここにあったのだと今日気付かされたのです」
「そうですか。あなたが話に聞いた人なのですね」
「久しぶりにこの地を訪れ、数々の思い出が嵐のように湧き上がりました。崩れかけた家々が私の心に何をしているのだと語りかけます。私が忘れかけていたこの地の温泉を復活していただきありがとうございます」
カズマは泣いていた。
今、彼の心の中でいろんな思い出が溢れているのだろう。
「僕の勝手にした事だけど喜んでもらえて良かったよ。じゃあ僕は準備があるから先に風呂からあがるね。それと、領主さま。あまり長く温泉に浸かっていると気分が悪くなるので、時々湯から出て体を冷やしてくださいね」
ナイトは温泉を出た。
露天風呂の中でカズマが領主に近づいた。
「領主さま。私は情けないです。こんなに良い所なのに、唯一の村の生き残りが何もせずにいたのですから」
「そうか?だが、俺に尽くしてくれていたではないか。王国と帝国の戦争に駆り出された時、お前のお陰で何度も俺の命が助かった。だからあまり自分を責めるな」
ここで領主はため息をついた。
「はあー。それにしてもナイトの言うとおりだったな。お互いが裸だとこんな話もできるのか。普段も顔を合わせているのだが、こんな話などすること自体が不思議だな」
「そうですねえ。不思議な人ですね。教養もあるようですし、私たちが考えつかないようなかなりの知識もあるようです。まだ若いのにこの村にふらりと住み着き、良いところを見つけ一人で復旧しているのですから。その上に人として純粋です。あの方になら誰もが付いていくでしょう」
「そうだな。彼から学べるものは多い。それに魅力的だ。まるで・・・。お前なら話しても良いだろう。彼は覇者だ。セリナが鑑定したから間違いない。それに、俺の推測に間違いがなければ、恐らく彼は隣の領地の生き残りだ」
「・・・覇者 ・・・生き残り」
カズマは黙ってしまった。
何か考える事があるようだ。
「領主さま。それが真実ならば、彼は私の主君です。一目見だだけで魅了される力。それはこの村を治める者のみが持つ物です。その一族は隣の領地へ移り住んでいたはずですが、私の力が至らないばかりに交流を絶たれ一族が・・・」
「そんなに自分を責めるな。それがお前の悪い癖だ。一人の力では出来ることが限られる。今回、隣の領地で起こった事もお前1人ではどうにもならなかっただろう?俺には、お前がなんとかしようと暗躍していた事はわかっていたのだよ。時に運命とは苦しみを与えるものだ。お前はその分、彼の力になれば良いのではないか?」
「宜しいのですか?」
「我が祖先は、覇者に返せないほどの恩があるのだよ。祖先から覇者は転生してまた現れると言い伝えられてきた。だからこそ彼の望むように助けたいのだ。その事を知っているセリナが雇うと言ったらしいが、彼に断られたそうだ。彼はここを離れるつもりはないらしい。何か本能的にここが自分の場所だと認識しているのだろう。だが、彼は自分が覇者である事を知らない。だからカズマが彼の力になってくれ」
「わかりました。それならば私もここで暮らします」
「ああ、頼んだ」
風呂を堪能し、外へ出るとまだ食事の準備中だった。
料理人たちは、ナイトの指示により忙しく働いている。
どこにあったのかわからないのだが、見たこともない大きさの大鍋が広場の真ん中に置かれ、グツグツとイノシシが煮込まれている横では、揚げ上がったエビや鳥肉の唐揚げが山のように積まれている。
護衛の兵士は、宿泊用のテント設営がまだ終わっていない。
風呂から上がった侍女たち女性には、ナイトに教えられたおにぎりを作る事と出来上がった料理の盛り付けの仕事が与えられた。
それはまるでナイトの家来のようであり、初めて会ったとは思えない様子だ。
「やはり人出があると違うなぁ。もう出来たよ」
壺をいくつも準備しているナイトも満足げだ。
「じゃあ。始めようか。酒の飲める者は、ここに来てコップに自分で注いでくれ。酒の飲めない者はコチラに置いてある野イチゴのジュースだ。ただ、量が少ないから無くなったら井戸水だけどな」
準備が終わったようだ。
「この村に来てくれてありがとう。それでは、食べ物に感謝してありがたくいただこう。いただきます」
みんな、手を合わせて
「いただきます」
とナイトの真似をして食事が始まった。
「ホウッ。美味い」
「ハアーッ。これは良いっ」
広場のあちこちでウットリと惚ける者たち。
「ねっ。ねっ。言ったとおりでしょ。ナイトは凄いんだから」
セリナが自分の事のように自慢している。
「ああー。美味しい。これは凄いな。外はカリッとして中から肉汁がジュワーと出てくる」
料理長、唐揚げは初めてなのか ?
揚げ物は確かに珍しいかも。
(隣り合った領地なのに食文化は違うものだな)
よく炙られた魚の干物を肴に酒を飲む者。
新鮮な野菜にかけられたツバキ油に塩を溶かしたドレッシングごと頬張る侍女。
エビの揚げ物をガツガツと口にする兵士。
塩味の唐揚げも大人気だ。
意外に評判がいいのが、塩握り。
セリナがナイトに教わって頑張った力作である。
簡単に作れるのに、これほど高評価だとはセリナは思いもしなかった。
「お嬢さま。これは素晴らしく美味しいです」
口々におにぎりを褒められてセリナはご満悦。
誰もが美味しい食事に幸せそうだ。
そして、メインとなるのがイノシシ鍋。
「ハウッ。熱っ。うまっ」
鍋の味噌が効いている。
臭み消しの生姜と共に煮込んだ里芋と白菜がイノシシ肉の旨みを何倍にも引き上げている。
ネギがあるともっと良かったのだが。
「ハアーッ。温まる。温泉にも驚いたが、これもいいな」
領主も満足そうだ。
「あなたっ。食べ物も美味しいけど、コレを触ってみて。サラサラよ。ねぇ、惚れ直した 」
自慢の髪がツヤツヤになり、いい香りがするのを自慢したい奥様。
「ねっ。ねっ。私のナイトは凄いでしょ」
いつのまにかシオンが自分の物だと言い張るセリナ。
この夜、見捨てられていた村に一時的な活気が戻っていた。
そしてきらめく星空の下、この村が一時的であれ生き返っている事を涙して喜ぶカズマがいた。
そして最後に配られた食べ物は、物は豆を煮た茶色い汁物。
白いまん丸なものが2つ入っている。
「あー。甘い。私わかった。ナイト、これは砂糖を使ったのね」
セリナたちに大好評。
やはり甘味は女性が喜ぶ。
「そう。季節的に果物が取れないからね。代わりに小まめを煮たのだけれど、ツタの汁から作る甘味では甘さが足りなかったから砂糖を持ってきてくれて助かったよ。少しの塩と砂糖を足してあるから美味しいだろ?中の白いのは米の粉を練って丸めた団子だ」
「初めて食べる味だが、食後に甘いものもいいな。砂糖はお菓子に使うものと思っていたのだが、こうして料理にも使えるのか」
領主も気に入ったみたいだ。
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