第21話 ナイトの素性


「初めて食べる料理ばかりでしたが、お嬢様の言うようにとても美味しいものばかりでした。よろしかったら、他にも色々作り方を教えてもらえませんか?」


 料理長がナイトに尋ねてきた。


「悪いけどしばらくの間、この料理はここだけで食べられるものにしたいと思う。だから教えられないよ。料理に価値を付けたいからね。だけどここに移住してくる料理人には教えるつもりだ。ある程度評判が知れ渡るまではそうするつもりさ」


「それは残念です。また、帰ってから口の肥えたお嬢様たちにいろいろと言われるでしょうけど」


「その時はまたここへ来ればいいだけだろ。それに俺を手伝う事で技術は随分盗んだみたいだけどね」


「料理人は死ぬまで修行なのですよ。調理法を盗むのは当たり前です」


 ナイトはいつの間にか料理人たちとも打ち解けていた。


「ナイト。ちょっとだけいいかい?少し2人だけで話したいのだが」


 シオンが領主に呼ばれる。


「僕も話したいことがあります」


 シオンの真っ直ぐな目に力がこもっていた。

 ナイトと呼ばれているシオンと、領主は人混みを離れて話をする。




 セリナほどではないが領主にも鑑定能力はあり、シオンから感じるのは深い哀しみと自己反省、それに強い使命感だった。


「この廃村で君は我々をもてなすフリをして、かつて存在したこの村の良いところをわざと強調して見せてくれたね。何か目的があっての事だろうと思うのだが間違っているかい?それに君は娘に持たせたお土産に、紙に書いた説明書を添えたね。ここで字の読み書きができるのは限られた者だけだ。それもワザとだろう?」


「はい。やはりわかりましたか。僕は先祖の住んだこの村を再生したいのです。ここには観光資源が眠っています。僕としては、この地に住む領民の内からここに移住者を募りたいのですが、それにはここの領主の協力が必要なのです。だから興味を持ってもらえるように細工したのですよ」


「そうか。でもこの土地にいると眠るように死んでしまうかも知れない。そんな事があった土地なのだ。呪われていると噂する者もいる」


「その事については、偶然が重なった不幸な出来事だったのです。その話を聞いて思い当たる事があったので僕なりに調べた結果ですが、僕には確信があります」


「ほう、何でなのか原因を知っているのかな?」


「ここは周りの土地よりより少し窪んでいますよね。あのハゲ山で温泉とともに噴出しているのが硫黄と二酸化炭素という気体なのですが、二酸化炭素は空気よりわずかに重いのです。それが風によりここに運ばれた後、風が止んで二酸化炭素がこの村にとどまった結果、みんな眠るように息を引き取ったのです」


「すまない。君が言っている事のほとんどが理解できないのだが」




「簡単には、あのハゲ山で温泉とともに吹き出た毒がここに溜まったという事なのですよ。以前、僕の教師にそんな土地があると教わりました」


「その教師は、そういう毒などの専門なのかな?」


「いいえ。毒よりも地形の研究する教師でした。僕に地形を利用した敵への攻め方などを教える教師だったのですけどね。もともとその教師は、動物が眠るように死亡する不思議な土地の近くに暮らしていたらしいのです。その現象があまりに頻繁に起こるので、住民たちは気味悪がったそうなのですが、その教師は、逆に興味を持って調べたらしいのです」


「へえ。それで?」


「調べてみると各地に似たような場所があり、どこも火の山の近くである事と、ちょっとした窪地である事、風がない時にだけ起こる現象だと気づいたそうです。そして彼は、この現象が目に見えない気体によるものだと予想し、ついにその原因を突き止めました。その研究結果が評価されて教師としての職につく事ができたそうです。その教師は、地学を学んだ事でこの結論に至ったと言っています」


「そうか。土地の形状でそんな事が起こるのか。呪いではないのだな。でもまた同じ事が起こらないとも限らない。ここに住むのは危険ではないか?」


「あの山から二酸化炭素を運んできた風が、ちょうどこの場で止むという偶然が頻繁にあるとは思えません。それに、今はあのハゲ山との間に森ができているので、ここに前と同じ風が来ることは現在では不可能なのです。僕が調べたところ、誰も手入れしないので、山が荒れた結果なのでしょう。事件の起こる前はここからあのハゲ山まで木が無かったはずです」


「それで もし、この村が再生できたとして何か目的があるのか?」


「単なる僕の我儘なのですけどね。この村は僕の先祖が住んでいた所だから、廃村が風化してその存在自体がなくなるのは悲しい事でしょう。だから先祖への敬意と自分の気持ちの拠り所として村を残しておきたいのです」


「そうか。わかった。娘から聞いたのだが、君は名前が思い出せないそうだね。でも今の話から確信したのだが、君は本当は記憶をなくしていないのだろう?話せない理由は概ね想像がつくから言わなくていいのだけどね」


「領主様には先々素性を話そうと思っていましたが、わかってしまったのなら仕方がないですね。そうです、僕は隣の領主の息子シオンです」


「ヤッパリな。顔立ちからそうではないかと思っていた。それに字を書いたりするのは庶民ではないしな。スズタカに復讐するなら力になるぞ」


「それはまだ先の事です。もし、力を借りても今の僕では混乱を深めるばかりだと思います。それよりも僕は今、自分に力をつけねばなりません」


「それなら、俺の養子となるか。領主となれば我が兵を自由に使えるぞ。それにセリナはお前に惚れているようだ。養子となり、セリナを娶れば領民も従う。親バカかも知れないが、セリナはいい女だぞ」


「確かにいい話です。娘さんも綺麗だし賢い。でも養子になれば、僕は目立ちます。すぐに敵に素性が知れて目をつけるどころか警戒されるでしょう。そうなればできることが限られてきます。そうならないためにも今はここに潜んでいたいのです。それに今はまだ僕個人が未熟なのです。だからこの地で僕個人の能力を鍛えたいと思っています」


「君の話はわかったし、誰にも漏らすつもりもない。だが、どうやって自分を鍛える ?師匠はいないだろ。それに対人訓練ができないではないか」


「師となるものはもう見つけましたよ。この村の生き残りがいるでしょう?彼はなんらかの特殊な技術を持っていませんか?」


「何故それを?」


「ずっと領主のみ口伝されてきた事ですけど、僕の一族はこの地から始まったそうです。何らかの理由で隣の領地へと別れたらしいのですが。そして代々何か不幸な出来事が一族にあったなら、この地を訪ねるようにと伝えられてきました。だからここに住む人には、何かの力があるのだと僕は確信しています」


 ナイトはズバリと言い切った。


 ただ、卑弥呼のことは、たとえここの生き残りにでも秘密事項だ。

 それは、選ばれたものだけの特権である。

 ナイトは、この村の生き残りがいた事を聞いて、その者の協力を得るつもりだった。


「彼の特殊な能力。それがどんなものなのか知っているのか?」


「いいえ。僕に伝えられたのはこの地を頼る事だけなのです。以前は情報交換のためなのか数十年前までここを隠れ里として密かに交流していたみたいなのですが、急に交流が途絶えたと聞きました。原因は、あの不幸な出来事のせいだったのですね」


 そこに噂をしていたカズマがやってきた。


「領主さま。私も話したい事があるのですが、混ざってもよろしいですか 」


「ちょうどよかった。カズマ。お前がここに住むのは決定事項だ。彼はやはり隣の領主のひとり息子シオンだった。お前と同じ生き残りだ。だからこの村の事を知っている」


「いえ。何度も言いますが僕が知っているのは、隣の領主一族の危機に際してこの地を訪ねる事になっているだけです。他は何も」


「では温泉や料理のことは 」


「温泉は他の地にもあるので、どんなものかわかっていました。この地を見つける目印として温泉の事を覚えていただけです。料理については、隣の領地で僕が食べている物に近かったのでなんとなくわかります」


「そうなのか。では失われた情報は多いな。この村はいろいろと特殊だったからなぁ」


 ここでカズマが話に割り込んだ。

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