第19話 領主の宿泊
シオンの説明した衛生環境の大切さは、誰にも理解されていないようだった。
そのことを気にするでもなく、シオンによって平らな広場に無造作に置かれていくテーブルと椅子。
「それからそこの君たち、早速だけど、君たちはこのイノシシを部位に分けて解体しておいてくれ。料理人ならできるよね。出来なければ解体できる人に頼んでくれ。水場はこの建物の中にある。建物は自由に使っていいよ。そうだなぁ。解体は今から1時間でお願いするよ。それから、血は臭みが出るから綺麗に洗って落とすよう頼むね」
「はい、わかりました」
一通りのことを、流れるように指示するシオン。
これでは、人を使い慣れていることが、バレバレであるし、隠すつもりもないらしい。
「君はここと、ここに火を起こしてくれ。あっ、強火で頼むね」
「はい、頑張ります」
料理人たちの返事に反応することも無く、ナイトは準備してあるカマドを示す。
大きさは違うが、どちらにも鍋がかかっている。
「君と君は、建物内に収穫した野菜があるから、よく洗って一口大に切りそろえてイノシシの肉と一緒に大きな方の鍋に入れてくれ。あっ。イノシシの肉も薄切りの一口大に頼む」
「わかりました」
ナイトの気迫に押され、キビキビと動く料理人たち。
まるでナイト料理長の弟子みたいだ。
何故なのか?本当の料理長自らが率先してナイトの言う事を聞いている。
「はいっ、そこの手持ち無沙汰にしている兵士の方々。君たちは、ご飯が炊き上がったらそこのテーブルへ運んで。それから野営の準備としてテント設営を行うんだ。場所は、あの辺かな」
ナイトがテントの設営場所まで指示をした。
「わっ。私は何をすればいいの?」
「ちょっと待って。セリナは風呂から上がってからだな。その頃にはご飯が炊き上がっいるだろうし、おにぎりを作ってもらう。だからしばらく待機だ」
「残念。その時は側で教えてね」
「へへー」と笑うセリナ。
セリナは、ナイトの側に居たいのがバレバレだ。
「君は、揚げ物は得意かい?」
近くにいた料理人を捕まえて、ナイトが尋ねる。
「揚げ物とはなんでしょうか?」
「ごめん。悪かった。揚げ物を知らないのかー。この鍋に水の代わりにツバキ油が入っているから、この油で煮るような感じなんだよ」
「わかりました。和食の知識はありませんが、やってみます」
揚げ物を料理人が知らないことに驚きもせず、淡々と調理を進めるナイト。
その技をなんとか自分のものにしようと、手の空いた料理人は、ナイトの側に次々に群がる。
そして、ナイトが、近くの料理人に指示を与えると、何やらメモするものまで現れていた。
領主の連れてきた料理人たちは、シオンから和食の作りからを習おうと思っていたようだ。
ただ、シオンの生活していた領地の料理と卑弥呼様たちの料理の知恵、そこに自己流が加わったものなので、本物の和食とはいい難い。
「油は、水より温度が高いから気をつけて。この木の棒を油に入れて、小さな泡がたくさんシュルシュルと出始めたらエビを殻ごと入れる。その時油が跳ねるから火傷しないように。あとで一度やってみるからそれまでここで待っていて」
「あっ。そこっ。野菜を煮た鍋のお湯は換えなくていい。野菜はよく洗ってあるし、お湯の中に旨味が出ているから、そのまま使うんだ」
この辺りでは、野菜の茹で汁は一度捨てるので、せっかくの旨味が無くなるのだ。
「君っ。この鳥肉に、この粉をまんべんなくまぶして揉み込んでおいて」
この粉には、昨日石臼で挽いたばかりの小麦粉に塩が混ぜてある。
胡椒があれば最高なのだが、変わりにカラカラになるまで乾かした山椒の実をすりつぶしたものを少々加えたものである。
これを肉に揉み込んだら味が染みるまでしばらく置くのがコツだ。
「油がシュルシュルとなりましたー。エビを入れていいですか?」
温度が上がったらしい。
「ああ。頼むっ」
料理人は、すぐに鍋にエビを投入する。
「ジュワー、シュワシュワ」
油が跳ねるとともに香ばしい香りが辺りに漂う。
料理人たちは、初めて嗅ぐが、いい香りであることに間違いはない。
「エビの泡が小さくなって少なければ中まで火が通っているから、この竹ザルですくって皿に盛り、全体に軽く塩を振っておいて」
「はい。わかりました」
「それと君っ。揚げるエビが無くなったら、この鳥肉を同じように揚げる事。わかった?」
「はいっ。泡が小さくなるまでですね」
「そう。今度は、肉の周りがコンガリと茶色になるから揚げ上がりがわかりやすいぞ。肉には味が付いているから追加で塩は振るなよ」
「はい。分かっています」
「じゃあ。ここは君に任せる」
「こちらの鍋、もう、イノシシの肉煮えてます」
「一旦、火を止めて、かき混ぜながら味噌を少しずつ溶かして」
「味噌って見た目のグロいこれですか?」
「そう。豆と麦を発酵させたものだ。見た目は悪いが、旨味が強いし、味もいい。だが、味噌を入れすぎて味が濃くなりすぎないように味見しながら頼む」
「わかりました」
「みんな。頼んだぞ。僕はこれから領主様たちの相手をするが、わからないことがあったら遠慮なく聞いてくれ」
「さあっ。領主様と手の空いた他の人たちはこちらへ付いてきてください」
テントを立て終えた兵士たちが案内されたのは、隣の建物。
建物自体は、かなり痛んでいるが、素人仕事ながらところどころ補修されてなんとか体裁を整えている。
これならたぶん雨風は防げるだろうが、あまりにも心もとない。
そして、手の空いている者たちがナイトに案内されたのは隣の建物。
「せっかくこの村に来たのだから、裸の付き合いをしましょう。特段の重要な事以外はお互い隠し事は無しだ。さあ、服を脱いで外にある温泉を堪能してくれ。あっ、女性は隣部屋だ。ハイッ。そこにある布の山がタオル。石鹸で泡立てたこの布で体を洗うんだ。ちゃんと温泉に入る前に石鹸で体を洗って入るのだよ。それに、この竹筒に髪を洗うシャンプーが入っている。シャンプーで髪を洗った後に、こちらのリボン付きの竹筒に入っているリンスを髪に塗り込んでお湯で流す事。これをしないと髪がゴワゴワして気持ち悪いぞ。わかった?」
話したかったことを一気に伝えたのだが、誰からも質問はなかった。
ただ、領主と家来が一緒に湯浴みなどあり得ないのでまごついている。
「せっかくの勧めだ。温泉なるものを堪能しよう。今日は特別と思って共に湯浴みだ。なあに、戦場ならば当然の事だから遠慮するな」
領主の許可に家来も安堵する。
この村までそれほど遠くないのだが、それでも馬の巻き上げる砂塵や埃で汚れていたのだ。
「温泉から上がって着替えのない者は、貫頭衣を使ってくれ。ここに置いてある」
セリナと別れてからナイトが準備していたのだろう。
建物の修理からタオルや貫頭衣まで。
ナイトはどれほど働いたのだろうか。
実際はナイト、いやシオンが式神たちを使っているのだからそれほど負担ではない。
シオンも式神に簡単な作業をさせることくらいは出来るように成長しているのである。
男と女が分かれて脱衣所に向かい、服を脱いで露天風呂へ入る。
女風呂はちゃんと目隠しの塀で囲ってあるので、ここもナイトが事前に作業したのだろう。
「うわっ。凄っ。髪の毛泡だらけだぁ」
「この、『スポンジ』というものに石鹸をつけるとクリーミーな泡になるわ」
「ああー。いい香り。このシャンプーのせいね」
「はあっー。このお湯。気持ちいいなぁ」
セリナと侍女たちは隣のお風呂でうるさいくらいに賑やかだった。
男湯では、体を洗い終わった領主が先にお湯に浸かる。
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