第18話 忘れられた村
領主の一人娘セリナは、年頃なのに全く異性に興味を示さない。
そんな大事に育てた娘を両親は心配していた。
その娘が、今日は帰ってくるなり
「ナイトが・・・。ナイトの・・・手料理。また、食べたいなぁ。いつ会えるかなぁ」
とそればかり言っている。
母はこのことを嬉しく思っていた。
本人は気がついていないようだが、出会った少年に料理を振る舞われ、胃袋を掴まれたようだ。
その出会いの話も、娘が陥った危機を少年が助けるという、まるで恋愛小説のようにドラマチックなものだった。
これは、若干話を盛ったセリナによるところが大きい。
そこにタイミングよく、焼き魚が持ち込まれる。
ナイトからのお土産である干物を料理人が焼いてくれたものである。
「そう、コレコレ。美味しいでしょ。味付けは塩だけなのに、ナイトって凄いのよ」
セリナは、実際には、一度しかシオンに会っていないのに、まるで恋人か親友のように自慢するのだ。
本人は気がついていないようだが。
余談だが、セリナ専属魔術師のジュエルは、もっと酷い状態だった。
「あああー。ポテチ食べたい。あのカリッとした食感。思い出すぅー。早く鎧を取りに行くかなぁ」
と言いながら、ニヘラッと笑ってヨダレを垂らす。
あの時に食べた料理を思い出しているらしい。
置いてきた鎧を取りに行っても、シオンが料理を振る舞ってくれるとは限らないのに・・・・妄想とは怖いものである。
魔術師として時折我に帰るのだが、今は全く使いものにならないのだ。
娘たちのこの状態を見て、両親は早めに会いに行く事に決めた。
娘がナイトと呼ぶ者を、自分の目で確認する為だった。
領主は迷っていた。
娘を助けてもらったお礼にと、遥々この忘れ去られていた村へと足を運んだのである。
今、目の前にいるのは、国家鑑定士である娘が惚れ込むほどの少年。
娘の人物鑑定によると、覇者の相を持つらしいが、本当に彼は覇王となるべき人物なのだろうか?
でも、娘や魔術師の話では穏やかな人柄らしいし、調理技術も素晴らしいと聞いている。
この廃村に住み着いたらしいが、一体何者なのだろうか。
確かに娘セリナの言う通り、お土産にもらった干物の味は絶品だった。
庶民の口に入るほどの特に珍しくもない魚なのだが、脂ののり具合とその味が素晴らしい。
それほど塩加減が絶妙なのだ。
それに、自前で紙を作る技術と知識。
その貴重な紙を、惜しげもなく魚を包むために使う度量。
セリナと同じくらいの年齢なのに、作物を育て、石鹸などを作れる技術、文字をかけるほど教育を受けた者であるが、名を名乗れない何かがある。
セリナの鑑定情報では武術と魔術の能力があり、その上に料理の腕はピカイチである上に、覇者の素質があるらしい。
どこかの名のある錬金術師なのだろうか?
それならば、若返りの秘術を持っているかもしれないし、隠匿生活するのも理解できる。
シオンの前に、お礼の名目でまた最果ての村へとやって来たお嬢さま。
今度は、父母と一緒の団体客だ。
「おおっ。砂糖が来たー。そろそろ来る頃だと思っていたんだ」
領主の前に現れたシオンは、珍しい格好である。
どうやら自作の衣服らしい。
貫頭衣を着て、草履を履いた、挨拶よりも前に思った事を口にする少年。
相手が領主とわかっているはずなのに遠慮がないが、それを嫌にも感じさせない魅力がある。
そして、少年の目の奥に深い悲しみを宿しているにもかかわらず、そのキラキラした目は、純粋さを物語っている。
油断するとその瞳の中に吸い込まれてしまいそうな気がするほど魅力的だ。
この瞳を見つめると、誰もが魅了されてしまうだろう。
領主の鑑定では、その程度しかわからなかった。
忘れ去られていた村は、確かに荒れてはいたが、自然に戻ったわけではないようだ。
恐らく、この少年が復旧作業をしたためだろう。
それでも村1つを、1人で賄うなどとんでもないことである。
領主として、この地を訪れたのは、もう何十年も前のことだった。
何かのついでにちょっとだけ立ち寄っただけなので、あまり記憶もないが、不思議な事件で村人全員が居なくなった報告は覚えていた。
この村に人の住む気配はないが、道の草は刈り払われ、壊れた家も、ところどころ修復された跡がある。
畑は一部が柵で囲われて、いろいろな作物が飢えられているし、ヤギの放牧もしているようだ。
素人技だが、それが逆に趣も出している。
領主は、ここを見て、以外にも住みやすそうだと感じていた。
「いいタイミングで現れたのが、団体客でちょうど良かった。これをどうしようかと思っていたところなんだよ」
シオンが指し示したのは、巨大なイノシシと普通の大きさのイノシシ。
一頭は巨大で、これ程までの大きさはなかなか見る機会がない。
それぞれが血抜きを済ませ、内臓を抜かれ、皮を剥がれた姿で小屋の軒下に2つ吊り下げられていた。
シオンとしては、一匹で十分だったのだが、罠に捕まった一匹を守ろうと、もう一匹がシオンに襲いかかってきたので、それも倒したらしい。
「死んだのが一昨日だから、今がちょうど食べ頃だな。朝堀りのタケノコもあるし」
(そうですか。無視ですか)
せっかくやってきたのに、シオンに相手にしてもらえないセリナがひねくれている。
セリナの中に初めて芽生えた、本人が自覚すらしていない淡い乙女心。
セリナとしては、シオンに大歓迎してもらいたかったようだが、シオンは全くそんな素振りさえ見せなかった。
セリナ玉砕である。
「ありがとう。先日は娘を助けていただいたそうだね」
領主がニッと笑い手をシオンに差し出す。
そこにガシッと手を握り握手する男の子。
「ナイトと呼ばれています。歓迎しますよ。ようこそ、僕の村へ」
この様子から、シオンが領主を気に入ったのだと感じる周りの人たち。
「ほほほ。あらまあ、元気のいい事。セリナがお世話になったそうですね。それにお土産をありがとう。凄く綺麗になるので石鹸はとても良かったわ」
セリナの母が頭を下げる。
領主の妻が、領民に頭を下げる事など滅多にないだろう。
「あんなもので良かったなら、まだ差し上げますよ。今日はこの村を楽しんでください」
ナイトは領主一族に対して全く遠慮がない。
そればかりか対等な立場で言葉をつなぐ。
「こっ。この、この前はありがとう」
緊張したのか、顔を真っ赤にしてナイトに挨拶するセリナ。
「おうっ。セリナお嬢さま。待っていたよ」
シオンに待っていたと言われ、途端にご機嫌になるセリナ。
そして、それに気がつかない鈍い少年シオン。
「それと、これはお礼の砂糖です」
高価なはずの砂糖が2袋ナイトへ渡される。
「おおっ。こんなにたくさん。いいのかい?早速使わせてもらうよ。これで料理が美味しくなるぞー」
ナイトは大喜びだ。
「ところで領主さま。今日はこの村に泊まっていくだろ。料理人を連れてきているなら手伝って欲しいのだけど」
「泊まれと言われてもな。食事は構わないが」
「お父様。せっかくですからここに泊まれませんか ?」
「セリナに言われてもなあ。家来も居るしどうしようか?」
「領主様。失礼ながら、我々はテントで野営でも構いません」
護衛の隊長らしき人物が答える。
セリナに配慮したらしい。
確かに一泊する予定だが、ここに泊まらず、近くの町への宿泊のつもりでいた領主たち。
領主は、ナイトに言われるままに、連れてきた料理人たちに手伝うよう指示をした。
「みんな、初めに手を綺麗に洗ってくれ。建物内に石鹸があるからよく泡立てて洗う事。食べ物を扱うには、衛生環境が大切なんだ。わかった ?」
大所帯なので、建物の外で食べるらしいのはわかったようだが、料理人は誰一人、衛生環境の重要性を理解していないはずだ。
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