第16話 魔術師
「こっ、これは何という食べ物ですか?全部不思議な食べ物。この白くてホカホカしたつぶつぶ。茶色い飲み物。カリカリだけどカラの気にならないエビ。どうしたらこんなに美味しくなるの?」
セリナが、興奮しながら出された料理に興味を示している。
「お嬢さまは、料理をするのかい?どれが気に入ったの?味噌 揚げ物は初めてか?」
お嬢様が、料理に興味を示したのが嬉しくて、ついつい矢継ぎ早に質問するシオン。
「私もいつか伴侶となる方を喜ばせるために料理を習っています。でも、私にはあなたが何を言っているのかわからないわ。味噌?揚げ物?どこか異国の言葉なのですか?」
「塩も味噌も米もこの廃村で見つけた調味料だよ。それに、調理に使った揚げ物の椿油、それもここの土地にあった植物から作ったものだ。だから異国のものじゃないよ」
「お嬢さま。これはまぎれもない和食という完成された料理です。この廃村には、30年ほど前まで倭人と呼ばれる人たちが住んでいました。義理と人情を大切にする独特の文化を持った人々だったのです。私は魔法の修行中に一度だけここに来たことがあるのですが、この食べ物はその時食べて、感動したものと似ているのです。それをなぜこの者が作れるのかはわかりませんが」
シオンとお嬢様の話に割り込んできた魔術師は思う。
この少年、若く見えるが、本当は一体何歳なのだろう?
この少年の知識量は只者ではないと、言葉や仕草の端々に感じるのだ。
「ここの人たちは 、どこに行ったのですか?そして、なぜ廃村になったのですか?」
「それはいい質問ですね、お嬢さま。それが、私も聞いた話なのですけど、不思議なんですよ。ある日、突然村人全員が眠ったまま死んでしまったらしいのです。倭人は、呪術という特別な術を使うので、それで失敗したのではないかと魔術師の中では言われています。私も修行中、それを目的としてここに来たのですが、呪術に関しては教えてもらえませんでした。理由は知りませんが、ここの文化を広めることに抵抗があったようです。村のいたるところにある石碑に刻まれている文字が呪術に関連している事までは、私にもわかっているのですが」
セリナの問に、魔術師が答える。
「それならば、カズマが詳しいのでは?」
「あの生き残りですか?彼はその時まだ幼かったし、古武術以外は知らないと思いますよ。今でも料理すらできないですし」
倭人の村人たちが死んだ時、1人だけ助かった者がいたらしい。
彼がお使いで他の町を訪れ、翌日村へ戻った時に村人全員の死亡を知ったそうだ。
このカズマの知らせで、村を訪れた役人によると、不思議な事に村人全員に死につながるような外傷もなく、苦しんだようすも見られなかったとのことだったそうだ。
それはまるで眠っているようだったとの事。
このような状況ならば、呪いや祟りと恐れられるのは何ら不思議ではない。
それからは、祟りを恐れ、誰もこの村へ行くことがなかったらしい。
その荒れた村に住み着いたシオン。
これも何かの『えにし』であろうか。
「おしゃべりは、ほどほどにな。味が落ちるから熱いうちに食べた方がいいぞ」
「確かにそうだね」
魔術師ジュエルがご飯を頬張る。
「ウッ」
ご飯をガッと口に掻き込んで、喉に詰まらせ、慌てて味噌汁をすする魔術師。
どこまでも残念な人である。
楽しかった食事も終わり、いよいよ2人が帰ることとなった。
ここから近い町へ行き、馬で帰るらしい。
魔術師が言うには、近くの町までは、歩いて1時間ほどの距離だし危険な獣や盗賊もいないので安全だという。
帰りのために、セリナを背負ったので、ここに来るまで着ていたジュエルの重い鎧は脱いだままだ。
鎧はジュエルが後日取りに来るとの事である。
シオンとしては、おっさんに会いたいとは思わないのだが、こればかりは仕方がない。
「名前がないと会話にも不自由しますね。仕方がない、今から貴方をナイトと呼びますね。私を助けてくれた意味と夜の意味があります。本当の名前が思い出せるまでそう呼ばせてください」
セリナが別れ際にシオンの呼び名を決めた。
「ナイトか。まあ、それでいいか」
名の由来は知らないが、シオンも納得する。
「じゃあ、ナイトで決まりね」
「では、ナイト。改めて聞きますけど、貴方私の所で働かない?」
「えっ。ここでは素性を知らない者を雇うのか?」
「お嬢さま。助けてもらった恩があるとはいえ、それはやりすぎかと」
ジュエルもさすがに止める。
「私ね。実は鑑定師なの。悪いけど貴方を鑑定させてもらったのよ。乙女が危険な人物におぶさるのは危ないでしょ」
勝手に鑑定したことを、悪びれることもなく明らかにするセリナ。
ジュエルの補足説明によると、セリナは最年少の国家鑑定士であり、なかなかのやり手らしい。
「ああ、あの時か。引っかかっていた木から降ろしたけど、歩けないから担いだんだったね」
国家鑑定師は、この国では数人しかいない。
この年齢で鑑定士を取り仕切る立場となるのはかなりのものだ。
シオンが知らないところを見ると、セリナが国家鑑定師となったのは最近なのだと思う。
セリナの申し出を受けてここの領主に仕えるなら、今の敵の状況もわかるし新たな展開が見えてくるかもしれない。
「私たちの前で隠しているようですが、貴方には、武術と魔術、それに智力の能力があります。それもズバ抜けて。それに悪意もない。そんな方であれば、私のそばに置いときたくなるのも当然でしょう?」
「お嬢さま。国家鑑定師の件について役職以外にはご内密にと言われていたでしょう?」
「ジュエルは黙っていて!私が素性を話すのもこの人を信用しての事です。お互いの秘密があるのでは心は通じません」
セリナの気迫に魔術師は黙ってる。
「ありがとう。信用してくれて。でも、今は無理だ。僕はもっと力をつけなければならないからね」
「それなら私の所に来るのが絶対にいいと思う。私が父に頼むから武術や魔法なら教えてもらえるはずよ。ここにいるジュエルは、魔法使いとして国内では有名なの」
あの残念な人、実は凄いらしい。
「確かに、僕を認めてくれたセリナの申し出は確かにありがたいし、君の看破能力も凄いと思うよ。でも、僕は誰かに何かを習うべき位置にいない。直感で、今はここに居なければならない時期だとそう感じるんだ。だから僕はここで暮らす」
「そう。でも、ここは私の領地よ。決めるのは私」
シオンの目が一瞬だけ鋭くなる。
その瞬間、セリナはゾワッとした。
まるで空気が、一瞬で凍ったのかと思うほどだ。
ジュエルも戦闘態勢をとるが、腰が抜けかけてへっぴり腰である。
「この人を怒らせてはならない」
それがこの時に2人が感じた事だ。
おそらく、名の知れたジュエルでも全く敵わない。
それほどの威圧だった。
だが、すぐにシオンの威圧はなくなった。
「お嬢さまでも横暴はダメだよ。僕は君を傷つけたくない」
「わかったわ。でも助けてくれたお礼はさせてね。何か欲しい物があるの?」
「砂糖があればいいなと思う。領主でもなかなか手に入らない物だろうけどね」
「甘味用に購入した物が家にあったはずよ。少しでよければ、分けてあげられると思うわ」
「期待せずに待っておくよ」
そうしてセリナとの別れとなった。
帰り道、セリナにジュエルが尋ねる。
「お嬢さま。なぜあの者にこだわったのですか?」
「あの人。珍しい覇者の相を持っているの。それって聞いた事はあるけど、見たことはないでしょ?伝説レベルなのよ。私、初めて見たわ」
セリナは、魔術師の質問に隠すことなくそう答えたのである。
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