第14話 お嬢さまとの遭遇


 シオンは、久しぶりに狩りに出ていた。

 今日は、冒険も兼ねていつもよりも足を伸ばし、川向こうへと行ってみることにしたのだ。

 シオンが今住んでいる廃村あたりとは植生が違うので、この辺りに住む動物も違うはずだと思う。


 シオンは、気配を絶って獣道を辿り、獲物を探す。

 もう、すっかり猟師になった気分だ。

 

 今日は、式神に頼らずに狩りをするつもりだし、獲物がウサギくらいならば、必ず仕留める自信すらある。

 卑弥呼から受け取ったものの影響は今のところ無いが、何となく体運びと言うか体術の基本の動きが身についたようにも感じていたのだ。

 毎日、早朝訓練を行ってきたシオンには、それだけはわかっていた。


 今、シオンの索敵能力は昔よりも増していたのだが、呑気なシオンはそのことに全く気がついていない。

 注意力が散漫なのが原因だろう。

 この辺りで危険なのは、多分イノシシくらいのものである。


(木に擦った跡や爪で引っ掻いた跡が見られないから、熊がいないことは今のところ間違いないな)


 明らかに前より詳しく分析できている。

 数日前のシオンなら、熊の危険回避すら考えが及ばなかったはずだ。


 獣道を進んでいると、鹿の群れが通った跡を見つけた。

 道に落ちていたフンがまだ新しい。

 シオンは音をたてないように気をつけながら先へと進む。


「見つけた!」


 冬のため山の中に食べ物が無いからなのか、シオンの胴ほどもある太い木の樹皮を剥いで食べている。

 時折、「バリッ。バキッ」と樹皮を口に咥えて木から剥ぐ音がするほど夢中だ。


 あの見えている鹿は、一頭だけでも上手く倒せば燻製や乾燥肉などの保存食も作れる大物だ。


 シオンは、肩に背負った弓矢を構え、気づかれないように少しずつ鹿に近づいていく。

 鹿は、群で行動するので、見えている数匹の他にもいるかもしれない。

 慎重に矢をつがえ、狙いを済ました時、


「お嬢さまぁ。どこですかぁー。お嬢さまぁ」


 大きな声を出して山の上からひとりの男が降りてきた。

 身につけた鎧がガチャガチャとうるさい。

 このおかげで鹿はすでに居なくなっていた。


(ああっ。何だぁ。こんなタイミングで人が現れるなんて、災難だなぁ)


 シオンは、そう思ったのだが声には出さないでいた。

 今まで人恋しかったのだが、警戒心まで失ってはいないのである。


 シオンは弓と矢を背に戻し、腰につけたナタを手に取る。

 男が何者かわからないし、危険人物かもしれないからだ。


 見知らぬ男が山の中にいる。

 それだけで不安だ。

 このような木立ちの繁る中では、剣や槍などは振り回せないので、戦うには小ぶりなナタが一番有効なのだ。


 厄介な事に、男はだんだんシオンの方へ近づいてくるのだが、シオンがいることに気がついていないようだ。

 10メートルほど先に来たので、シオンは身構えたまま手を上げて制止した。

 男もやっとこちらに気がついたようだ。


「ここで何をしているの?」

 

 シオンは男に問いかける。


「猟師か? 山を荒らしてすまないな。実は人を探しているのだ」


「こんな山の中では、 声も響かないし見つけるのは簡単ではないよ」


 シオンは親切に教えてあげた。

 だが、これは、卑弥呼から貰った知恵であるのだが、シオンは自分の知恵だと思っていた。

 実際、山の中では遠くまで声が届かない。

 だからさっきのように叫んでみても無駄なのだ。

 高い音なら響くので、口笛や指笛ならいいのであるが、たぶん落ち葉や木々に消音効果があるのだろう。

 




「魔法で空に浮かぶ訓練をしていたお嬢さまが、風に流されここまで来てしまった。その上バランスを崩してこの山のどこかへ落ちてしまわれたのだ。私はすぐに後を追ったが、困った事に山の中ではどちらへ向かえばいいのかわからなくなる。おかげで私まで迷ってしまったのだ」


「へぇー。空が飛べるの?凄いなぁ」


 シオンは、お嬢様って誰なの?と思ったが、そこはスルーした。

 こんな時は、話の腰を折らないことが重要なのである。

 遭難しているとなれば、なおさらだろう。


「いいや。大した魔法じゃない。空中に浮かぶだけだ。なかなかバランスを取るのが難しいのだが、それが魔力操作の訓練になるのだよ」


「それなら、もう一度空から確認したら?空からなら大体の落ちたところがわかるのではないのかな?」


 的確なアドバイスである。

 闇雲に山の中をうろつくよりも、はるかに効率がいいはずである。


「そうだな。気が動転して思いつかなかった。ありがとう」


 そう言うと男はヒューと空へ消えていった。

 そして数分後、空に消えた男がシオンの前に降りてきた。


「落ちたのはたぶんあちらの方向なのだが、なにぶん山に不慣れなので、同行してもらえないか?その分のお礼はするぞ」


(今さら知らないふりもできないし、ここで別れると後が気になるから仕方ないか)


 シオンは、そう思って頷いた。

 どうやらやましい人物ではなさそうだが、男の持つ剣の間合いに入らないよう注意しながら、示された方向へと進む。

 そして、男のスキを突いて式神を放ち、進行方向を広範囲で探索を行っている。

 遭難者の早期発見はそれほど重要なのだ。


 山を一つ越えたところで、シオンは目的の人物を発見した。

 遠目にもなかなか良く目立つ姿である。

 真っ赤なスカートは、冬の山の中でかなり目立っていたのだ。

 これが、木の葉の繁る季節だったらこの状態でも見つからなかったかもしれない。


 お嬢様は、逆さまに木に引っかかり、身動きが取れないらしい。

 スカートがめくれて可愛らしいお尻が丸見えだ。


(おっ。白か?女の尻は久しぶりに見たので目に焼き付けておこう)


 シオンは、久々の女の下着に興奮気味ながら声をかける。


「大丈夫ですか?」


 こんな時に意識があるのか確認するために声をかけるのは基本だ。


「ちょっと助けてくれる?引っかかっていて動けないのよ」


 大丈夫のようだ。

 可愛らしい声で頼まれたので、シオンが木の下まで近づくと、


「お願い。上を見ないで。見えちゃうから」


 とお願いされた。


「でも、見ないと木に登れないぞ!」


「じゃあ。上を見てもいいから、目をつぶって。恥ずかしいし」


 それでは同じだ。

 シオンは、お嬢様のその言葉は無視して木に登り、抱え上げるとそっと地面へと降りていく。

 抱き抱えた時に甘い匂いがして、なんだか股間がムズムズする。


「無視ですか。そうですか」


 お嬢様は、シオンが言葉を無視して助けたことでむくれていた。

 それにしても女性ってこんなに軽かったのか?

 木から下ろされると、助かったことに安堵しているようだ。


「ありがとう。助かったわ」


 まだ口調は怒っている。

 心はこもっていない謝り方だった。

 そこで、シオンの態度に怒っているにも関わらず、一応のお礼を言うところは高い教育を受けている証拠だ。

 確かにお嬢さまなのだろう。


「怪我はない?」


「ちょっと足をくじいたみたい。でも大丈夫」


 言葉と違って全く大丈夫じゃない。

 実際、痛がって歩けなかったのだ。

 シオンに対し、少し意地になっているようだが、ちょっぴり負けん気の強い娘なのだろうか。

 よく見ると顔立ちも体つきもシオン好みで、とても可愛い娘である。

 そこに、やっとさっきの男が追いついてきた。


「お嬢さまぁ。無事でしたかぁ」


 山の上から叫んでいる。

 大声出しても無駄とシオンが教えたばかりなのに、残念な男である。

 仕方なくシオンは、娘を背に担いで山を登る。

 黙って担がれた娘はやはり軽い。

 このところの食材集めで体が鍛えられたのだろうか?

 背中に時折当たる、柔らかな感触が、シオンの理性を刺激するが、何とか耐えられた。

 今晩のオカズになることは間違いない。


 シオンとお嬢さまが山を登りきると、そこで待っていた男に声をかけられる。


「お嬢さま。背負われている様子からみると歩けないのですか?この状態では貴方におまかせするしかないですねぇ。これからどちらへ向かわれますか 」


 なんだかますます残念なやつだ。

 こんなのが御付きの者だと、お嬢様も苦労するだろう。


「来た道を戻るしかないだろう?明るいうちに知っているところに出ないと遭難するぞ。それが山なのだ」


 知ったふりをして最もな事を言うシオンなのだが、しばらく前、廃村にたどり着くまでは自分も迷っていたのだ。

 人に偉そうにウンチクを垂れる立場ではない。


 シオンがところどころに目印を落としてきたお陰で、獣道を迷う事なく抜け、見覚えのある道の跡へと戻ることができた。


「これからどうしますか?俺は家に戻るけど」


「ここから家は近いのかしら。歩けないので近い方へ行きたいのですけど」


 久しぶりに聞く、女性の可愛らしい声に心が和む。


「そうですね。ここで待ちますか?お嬢さまの無事が一番です。慌てなくてもすぐに山狩が始まって見つけてくれますよ」


 男が適当な事を言っている。


「山狩とは物騒だなぁ。じゃあ俺の家に行くか?かなり汚いけど、食べ物ならあるからな」


「それならお言葉に甘えさせて頂きましょう。お嬢さま。それでいいですよね?」


「背負ってもらっている立場で申し訳ありませんが、よろしくお願いします」


 2人にそう言われて、シオンは、川を渡り廃村へと向かった。


「そういえば名前も聞いていませんでした。宜しかったら教えていただけませんか?」


 シオンの肩越しにヒソヒソと話をされる。

 やはり異性と話すのは楽しいのだが、調子に乗って素性をバラすわけにはいかない。

 どこにエトウやスズタカのスパイがいるかわからないのだ。

 ここで山の中で助けたお嬢さまに名前を聞かれたが、教えるわけにはいかない。


「実は、名前を思い出せないんだ。どこかで頭を打ったのかもしれない。あんたと同じように山の中で迷って、彷徨っているうちに廃村にたどり着いて生き延びる事ができた。そこでいろんなものを見つけてやっと暮らせるようになったんだ。今でも、どこをどうやってここまできたのかわからないんだ」


「そうなのですか?大変な目にあってきたのですね」


 シオンの話したくないことを察してくれたようだ。

 頭もいいし、気遣いができる娘である。


「そうでも無いさ。今は自由に暮らしている」


「私は、この地の領主の娘セリナです。後からついてくるのは私の専属魔術師のジュエルです。」


「だからお嬢さまと呼ばれてるのか。やっと納得できたよ」


 隣の領地の娘か。

 領主共々会ったことはないが、お転婆だと父から聞いた事がある。

 確か2つ年下だったはず。

 それに噂どおりの美形だ。

 大人になれば、かなりの美人になるだろう。

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