第9話 自称神様との遭遇


 ハゲ山までは、それほど遠くなかったのだが、そこにたどり着くまで、窪んだ谷間の緩い勾配を小川に沿って登ることになる。

 ハゲ山を上へと登るにつれて、だんだんと足元が暖かくなってきた。

 シオンの思った通り、地熱があるようだ。


 そのまま緩やかな坂を登り続けると、ハゲ山の中腹に温泉の汲み取り口としての湯だまりが見つかった。


 明らかに人工的に温泉のお湯が流れる川を堰き止めて作った湯だまりだ。

 すぐ側にもボゴボコと溢れた気泡とともに湧き出す源泉があり、湯だまりへ流れ込んでいる。

 確実に熱湯なので、もし足を滑らせてこの流れに落ちたら、ただ事では済まないだろう。


 流れてくるゴミ避け用に作られたと思われる複数の湯だまりを通過した後、ここから地下を通って、あの露天風呂にお湯が引かれているらしい。

 流れる川と堰き止められて溜まっているお湯は、モクモクと湯気が立ちのぼり、近くにいるだけでもかなり熱い。


(こんなに暑いと、そう長くは、ここにいられないな)


 そんなことを思いながら、周りを見渡すと、温泉が湧き出しているのは、ここより少し山を登った所にも数カ所ある。

 そこから流れ出たお湯が温泉の川として流れ出しているのだ。

 地面の中からは、温泉だけでなく気体も噴き出していた。

 その噴き出し口の周りに黄色い結晶があるので、それは硫黄のはずだ。

 この硫黄を採取して保管しておけば、後に色々と利用できそうである。





 ここから振り返ると眼下に森を挟んであの村が見える。

 緩やかな登山だったのだがかなり高く登ったらしい。

 足の裏熱さと対象的に吹き抜ける風が気持ちいい。

 この辺りは、風を遮る植物が全くないので風が強いのだ。


 この廃村での生活は意外にも自分に合っていた。

 人恋しい事を我慢する制限付きであるが。

 ここは、何より食べ物が美味いし、廃村に残された物資が何かと役に立っている。


「さて、今日はエレンのエサを刈らなきゃだな」


 独り言を呟いて草集めに赴く。

 エレンは廃村の近くをうろついていたヤギだ。

 すぐに逃げるので、なかなか捕まらないヤギの群れの1匹だった。

 それが、何故だかイノシシ用の足くくり罠にかかっていたのだ。

 初めは食べるつもりだったのだが、お腹が大きい事に気がついて飼うことにした。


 そして数週間後にメスの子ヤギが産まれて「エレンの子」と名付けた。

 もちろん捕まえたヤギの名がエレンだ。

 名付けられた子ヤギにとっては、残念な名前だろうが気にしない。

 一頭は残念なことに生まれてすぐに死んだので有り難く食卓へ上ってもらった。

 二頭生まれて、一頭が死産である。

 子を産んだヤギからは乳が出るようになったので、それからは食卓にヤギの乳が加わった。



 ヤギの乳は、1匹育てるには充分以上に出ている。

 それを1匹と1人で飲むから、少ししか必要ないのに大量に余るのだ。


 残った乳を捨てるのはもったいないと思い、熱めに1時間近く加熱して殺菌し、チーズにするために食品保存の地下室に持ち込み作業した。

 ヤギのチーズを作るには、乳酸菌の多いこの部屋で作業する事と子ヤギの第4胃袋が必要だ。


 死んだ子ヤギの胃袋で作った水筒に保管生乳を入れておくと、翌日には水分と分離している。

 上澄みの水分を取り除き、水分を抜くために穴を開けた入れ物に移して塩を振る。


 できたチーズはこの地下室に保存している。

 これがまた美味い。

 作るのに時間をかける価値のある一品だ。

 毎日地下室に行き、薄い塩水でチーズの表面を洗って乾かすことでカビを防いでいる。

 風味のためにわざとカビをつける方法もあるらしいが、大切な食物にどんなカビが付くのか自信がなかったので挑戦はしなかった。




 数日ぶりに神社へお参りして帰ろうとした時、周りに立っている一枚岩の一部分が欠けている事に気がついた。

 今まで気にすることもなかったが、その岩の周りの草を刈ってみると裏側に欠けた岩の破片があった。

 近くで見ると、その欠けた岩には何やら記号らしきものが彫り込んであったのだ。


(ここは昔、何やら重要な施設だったのかもしれない)


 そう考えて落ちていた岩の破片を持ち上げて欠けた場所へ乗せてみた。

 ふと、後ろに気配を感じて振り向く。


「ハアーッ。やっと生き返ったぁ。でも魂だけだけどね」


 訳の分からぬ事をブツブツと呟く男がそこにいる。

 まだ若々しく整った顔立ちに長い髭を蓄え見たことのないダボっとした服装の男だ。


 身なりだけでなく洗練された身のこなしと何となく気品の漂う様子から、生きているならそれなりに高い教育を受けた者だと感じられた。

 自ら存在を魂だと呟いていたのだから霊体なのだろう。

 少し透明なのだが危険な感じはしない。


「力が随分と削がれているが、この社から離れなければ動けないわけではないか」


 男は、まだ独り言を呟いている。


「お前 誰 何者 何でここに現れた 」


 シオンがしびれを切らして語りかけた。


「ほうほう。昼間なのに僕が見えるのかな こりゃ驚いた。それに普通に話ができるとは嬉しいねぇ。ああ、運命よありがとう、もう死んでもいい。あっ、そうか 僕は死んでいるのだった」


 人見知りもせずにフワァと顔の側に寄ってくる。

 シオンが霊体という存在に初めて出会ったのだから、少しは遠慮して緊迫感を高めて欲しいところだ。


「僕を見て驚かないのかい つまらないなぁ」


「そんなこと言われても。一人芝居をやっている姿を見てなんと返事していいか分からないだろ。それにお前誰だよ 」


「時々会っていたじゃないか。何を今更言ってるの バカなの 」


「いや。初めて会うのだが。お前こそバカだろ」


「あっ。そうか。これのせいか。これならば上手くいかなくて当然だ。すまん。そう言う事で今までの会話は忘れてくれ」


 男は側の岩を一旦見つめた後、シオンに向き直った。

 岩が欠けた事に何か意味があるらしい。


「はあっ 何がそう言う事でだよ。全く意味がわからないし、今さら謝っても遅いよ。それになんでそんなにフレンドリーなんだよ」


「いやぁ。こうやって人と話せるのも久しぶりだなぁ。なんか感慨深いなぁ」


 男は空を見上げて自分の世界へ浸り始めたので慌てて引き留める。

 まだシオンに何にも情報が無いのだ。


「誤魔化すなっ!ホラッ。帰ってこい。遠くを見つめて別世界へ旅立つな!」


「初めまして。じゃ無かったな。君は、僕がどれだけ頑張って夢に出でいたのかわからないし、それを覚えもいてないのか 夢の中では普通に話していたし、僕のお告げに返事してただろ 」


「ああ。全く覚えてない。と言うか知らない」


「はあ っ 今までの僕の努力は何だったんだー。だからか。だから未だにラタカナへ向かわないのか。返せ。僕のあの血の滲むような努力を返せぇ 。ああ もうダメだぁ」


それからヘナヘナと地面に膝をつき、うなだれて片手で悔しそうに地を叩き始めた。


「うなだれているところ悪いのだが、そろそろ状況を説明してくれないかな 」


「うん、そうだね。また最初から初めればいいか」


 立ち直りも早いようである。



「僕はこの里を護るために、ここの祠に封じられていたんだ。ずっと昔、僕らは違う世界からここに来てしまった。ここと環境は似ているが、生活レベルが違うんだ。嘘のような本当の話さ」


そう言って、自称神様は、寂しそうに遠くを見つめた。



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