第8話 温泉が手に入った


 懐かしい調味料を見つけた事で食事に対する欲が出てきた。

 今のところ、焼くか煮るか蒸すかの選択しかない。

 食用油があれば、唐揚げも最高なのだが。

 欲を言えば、本物の醤油も欲しいところだ。


 ここに来てまだ2日だが、野生化して自生した唐辛子も見つけたし、ヤブツバキの群生地も見つけた。


 乾燥部屋である地下室には何も使われていない麻袋もいくつか棚にあったので、鎌刃で一部切り取って簡易な着物にした。

 貫頭衣というやつだ。

 多少ゴワゴワするが、腰回りを紐で縛れば一応は着物として成り立つ。





「卵と肉が食べたいなぁ」


 ここで暮らして1週間。

 食の充実と共に贅沢も思い出した。


 一度味わった事のある贅沢は忘れないものだ。

 畑跡にイノシシの足跡があったので、肉を得るために足くくりわなでも作ろうか

 それにはロープが必要だ。

 これも作らなければならない。





 そして贅沢といえば、甘味である。

 この時は塩と共に砂糖が保管されているとは気づかなかった。

 砂糖が高級品であるとの認識から、あの少し茶色いザラザラした粉を岩塩だと思い込んでいたのだ。


 甘味を得るために山に入り、木に巻きついているツタを剥がし、10cm程にカットして、端を咥えて息を吹き込むと、樹液が染み出す。

 夏から秋にツタが蓄えた甘味を含んだ樹液である。

 寒くなった頃に行う作業だ。

 時期を過ぎれば甘味が薄くなる。


 できるだけ太いツタが効率が良い。

 この「みせん」と呼ばれる樹液を集めて煮詰め、「あまづら」と呼ばれる甘味料を作るのだ。


 甘味を確保する作業は、ツタが栄養を溜め込んだ冬の今しかできない作業だ。

 出来上がったものは密閉して大事に保管する。

 拠点となる離れとその建物の周りを片付けながら、時間があると甘味作りの作業に没頭する。

 住処周りの整理は、陽当たりと風通しを良くし、健康にも効果的なのだ。





 離れ周りの片付けが終わり、邸宅と思った建物跡にあった池の掃除をしようと池に入ると暖かい。


「もしかすると 」


 疑問に思いながら、池の水の入り口を探すと案の定ゴミが詰まっていた。

 苦労してゴミを取り除くと、勢いよく水が湧き出す。


 流れ出るに連れて水は徐々に熱を帯びてきた。


「やっぱり。温泉だ」


 この大きな建物は領主の家ではなく浴場施設だったらしい。

 ここから見えるハゲ山に蒸気が立ち上っているので、「もしかしたら」と思ったのだ。


 池が露天風呂だった事で、疑惑は確信となった。

 ここが求めてやって来た隠れ里だったのだ。

 残念な事に誰もいなかったのだが。


 とりあえずは、温泉を堪能しよう。

 そう思えば、掃除をするのに気合が入る。

 瞬く間に池の中と辺り一面が綺麗になった。


 蓋を見つけて池の水を抜き、完全にお湯が溜まれば露天の温泉に浸かれる。

 泉質は同じだが、和風と洋風の2種類の形が違う露天風呂である。


 以前は、男湯と女湯に分かれていたのかもしれない。

 それとも、身分によって分けていたのか。

 非常に楽しみだが、お湯が満たされるのになかなかの時間がかかる。

 お湯が溜まるまで数時間かかった。

 体を砂で軽く洗い、お湯で流して露天風呂に浸かる。


「あー。気持ちいい、天国だぁ」


 若干のヌメリのあるお湯に浸かっていると、体の芯からホカホカしてくる。

 こんなに満たされた所なのに、ここの人たちはなんで誰もいないのだろう。

 村の様子から争って廃村になったようにも思えない。



温泉が手に入った。

ここで湧き出す温泉は、それほど高温ではないのだが、あのハゲ山までの道を見つければ、地獄蒸しもできるかもしれない。


卵が手に入れば、温泉卵も夢ではないだろう。

考えるだけで、ヨダレが出でくる。

こうなると、やはり肉と卵だ。

何としても手に入れるしかない。


とりあえず肉を得るために、割った竹を束ねて丈夫な弓を作り真っ直ぐな竹を選んで矢も作ったのだが、弦が無いので今のところは使えない。

植物繊維が必要だ。


今のところ、獲物を狩る武器となる物は作った槍と民家で見つけたナタしかないのだ。

植物繊維を取るために、村はずれに蔓延っていたクズの蔓を集めに行った。


鍋で煮て柔らかくしたクズの蔓を茅の葉で包み込み、軽くお湯で湿らせて日の当たる場所に置いてある。

蔓を腐らせて繊維を取る作業中だ。

一緒に収穫したクズの根の芋のように太い部分は、表面を洗ってスライスし、天日干ししてある。


クズの根を掘り起こすのは、かなりの重労働なのだが、食料のために頑張った。

これを煮て飲めば葛根湯だし、細かく砕いて何度も水を取り替えながら水にさらした沈殿物はくず粉になるのだ。

そしてくず粉には色々な使い方ができる。


繊維を取り出すには、そろそろいい頃合いだろう。

茅に付いている腐敗菌で腐りかけた蔓を取り出し、時には川の石で叩き潰し、川の水で洗いながら繊維を取り出していく。

できた繊維を乾かして、両手で揉むように擦り付け、紐を編む。

紐を何本も合わせて同じように揉めば丈夫なロープになるのだ。

ちなみにこの繊維を縦横に編み込めば布も作れる。

僕の頭の中には、糸を編み込む道具の構造もあるので時間さえあればいつでも作れるのだ。


クズの根から採れるくず粉は、作業の割に採れる量が少ない。

だからこそ少し苦味のあるくず粉は貴重品なのだ。

くず粉を取り出す作業は大変なので、何とか芋を見つけて、デンプンから片栗粉を作りたいところだ。


山に自生する百合の根からもデンプンは採れるが、それは秋の味覚として楽しみたい。

気がつけば、ここで生活を始めて、あっという間にふた月が過ぎていた。


当初の計画では、保存食を持って隠れ里探しに旅立つつもりだったのだが、温泉と調味料などを見つけ、ここが目的の隠れ里だった事に気がついてしまった。


ここを気に入ったばかりにすっかり居着いてしまったのである。

この地を離れると、今の生活ができなくなるからだ。

ここならば、落ち着いて武術と魔術の研究も行えるし、訓練で疲れた体を癒す温泉もある。


実際に獣を狩っている事で、僕自身の使える魔術についてかなりの自信がついている。

基本的には、魔術で身体能力を上げて一撃で獣を狩るパターンが多い。


火魔法は、森に火がついたり獲物が焦げてしまうので使わなくなった。

風魔法で切りつける方法もあるのだが、致命傷の威力が伴わないときは、獣の返り討ちに合うのでかえって危ない。


それでもまだまだ自分に実力が足りないと自覚している。

復讐だけが目的ではないが、帰りを待つ領民のために誰よりも強くなりたいと思うがなかなか捗らないのだ。


それに1人では何をするにも厳しすぎる。


苦しい時の神頼みではないが、ここの住民が残した神社に時々お参りしている。

僕のいた領地では古い物は何にでも神が宿るとされ、いつも神へ感謝する事が当たり前だった。


ここも同じらしく、畑や小道には所々に小さな石に彫られたお地蔵様があり、生活を見守ってくれていたらしい。


この里のすこし小高い丘の上に自然石を組んだ祠があった。

小さいながらも祭壇らしきものがあり、それを囲むように大きな一枚岩が円状に何枚も立てられている。


僕はここをこの里の神社としてお参りを欠かさないのだ。

すぐに不安が押し寄せる心の安定のために、僕の中でこの神社が支えとなってくれている。


今日は、ハゲ山で狩をして辺りをを調べてみよう。

そう決めて朝から準備していた。

シオンは、いつものように槍と弓矢、腰にナタを差して湯気のたなびくハゲ山へと向かった。



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