第10話 生活の安定と神様と
先祖が、異界の人とは、シオンにとって驚愕の事実だったのだが、今は死に絶えてシオンの知る中では、生き残りは自分だけである。
この里の人がどこかで生きていれば良いのだが・・・。
自称神の言う話では、色々と発展していた元の異界にどうやっても帰れないらしい。
それに、神託で、『ここの子孫に災いが起きる』とあったそうだ。
確かに、神託どおりに災いは起きているのだが、この自称神は知らないことである。
自称神と別に本物の神が居るので、話もややこしくなるのだ
「異界から一緒にここへやってきた指導者が寿命により亡くなったので、神の知識を人々に与えられる者が僕だけになってしまった。ここに来た者たちの中で、神託は2人しか聞けなかったんだ」
「それって、修業が必要なの?」
「いいや。産まれながらのものだよ。はるか先祖から失ったもののひとつだろうね。僕たちとこの地の現地人との間にできた子どもに期待したが、全くダメだった。もう、僕が死んだら、人々は原始的な生活にならざるを得ない。だから僕は、この里の守り神になるために、この身を捧げるしかなかったのだよ」
「えっ?子孫である僕たちのために生贄に?」
それならば、自称神でも納得できる。
崇めなければならないほどの立派な行為である。
「もう数え切れないくらいに時を過ごしているので、自分の名前も忘れたよ。神となった僕と話せるのは神主か巫女くらいで、僕は里からの相談があるたびに神、主や巫女に神託として解決方法を教えていた」
「でもこの里は壊滅したよ。もう誰も残っていない」
「いや。君がいるじゃないか。僕と波長が合うから君に神託ができる。いや方向が一方的な神託でなく、普通に話せるのだから、僕が君と話をすれば詳細に伝わるだろう。僕と話せる事自体が異常だけど、これは助かる」
「それは、今までのように、ここに祈りに来いという事なの?」
「そう。だけどあの欠けた岩を何とか接着するか、替わりになる岩でも用意できるかな?あれが外れると、僕はまた物質界に出てこれなくなるからね。それに、僕が不安定なのも欠けた岩のせいだ。こうして真面目に話すのだけでも、とてもキツイ。本当は、今みたいに厳格に話をしていたいのに、岩が欠けたあの文字の亀裂のせいで、僕が真面目に話すのには、もの凄く力を削がれる。」
「僕は、それでも構わないけど。君が出てこなくても、今までと一緒だし、はっきり言うとめんどうくさいし」
「かっ、神様に向かって暴言を吐くなぁ?。今から君の血筋に関わる重要な話をしようとしたのに」
「またまたぁ。冗談だろ」
「真面目な話だ。そのために僕がいる。いや、実際はいないけどね」
「ほら。どっちなんだよ。そこが面倒だろ。自覚しろよ」
「はいはい。わかりましたよ。どうせ面倒な性格ですよ。だから君にとって、神の威厳もないのだろうけど」
「ああー。いじける所もめんどくさい。もう、好きにしてくれ」
「わかりました。では、真面目にかつ簡単に説明しましょう・・・・・・なんて言うとでも思うかい?」
「もう。全く、どうやったら話ができるの?」
「いいや。君のほうこそどう話したら聞いてくれるの?」
「それはいいから。さっさと残りを話せー」
それでやっと話ができた。
少し話を聞くだけなのに、ものすごく疲れたのは何のせいだろう。
自称神の話は、結局『早くラタカナへ行け』という事だった。
聞けば、ラタカナはこの里の党首のみに入ることが許された場所らしい。
党首となる者が、この里に着いたら、そこに行く事が先祖の言い伝えの内容だったようなのだが、ここから離れた領地で代を重ねるうちに、この里に行く事のみに省略、変容してしまったようだ。
(あの神は、集落を守るとともに、この地へ戻ってきた党首をラタカンへ導くのが使命だったらしいからな)
そのラタカナへの入り口は、あのハゲ山の向こう側にある洞窟との事だ。
それに、自称神は、自分で神と言う割には実体がないので、物質に対して何もできないらしい。
本来ならば、何かしらの力が使えるはずなのだが、どうもマトモに機能してないし、記憶も所々抜け落ちているばかりか、時々自分自身が、意思に反して誤作動すると言っていた。
シオンは、ここでの生活が気に入っていたので、今すぐラタカナへ向かおうとはしなかった。
今は何よりも、生活を安定させるのが第1なのである。
何も用意せず突き進むと、ロクな結果にならないのは、今まで生きてきて、シオンが学んだ事である。
この時は、自給自足できるようになり、そのうちに力をつけてから、準備を整え、自称神の教えてくれたラタカナに向かえば良いのだろうと思っていた。
思いつくままにいろんな作業を行っていると、時間が経つのも早いものである。
季節は次々に変わり、また寒い冬が訪れようとしていた。
シオンは、地面に落ちて乾燥しているヤブツバキの実(種)を集め、臼で細かく砕く。
これを煮れば、油が水面に浮かぶので、油をすくい取ればいいのだが、この状態だと油に不純物が混じっているので、布で濾して保存する。
椿が群生していた事もあって、たくさんの椿の実を集めることができた。
油にすると徐々に酸化するので、使う分量だけ砕いて油を絞ることにする。
ついに、待ちに待った食用油の完成だ。
バリエーションのなくなった食生活に、ついに焼き物や煮物生活に揚げ物が加わったのである。
今晩は、川で獲ったテナガエビの唐揚げだ。
深めのフライパンに椿油を入れて、洗ったテナガエビを素揚げする。
味付けは塩をパラパラと振って終わりだ。
コレが酒と非常に合う。
口に放り込み、カリッと噛み潰す時に広がるエビの香りと甘さ。
それをクッと酒で喉の奥へと流し込む。
「かあーっ。美味い」
ここに住み着いて、もう1年が経とうとしている。
9月生まれのシオンも、もう13歳になる。
世間的にはまだ子どもなのだが、最近は毎晩の晩酌がたまらない。
(そんな歳になったのかなぁ。自分で言うのも何だが、自力で生活できるよう随分と頑張ったもの)
と、ひとりごちる。
ここでの一人暮らしにも慣れたものだ。
(あ~あ。足りないとすれば女っけだなぁ)
まだ経験は無いのだが、たまにはあの柔らかそうな体を抱きしめてみたい。
あのドキドキする感覚を失くして久しいのだ。
(毎日水浴びしているのだが、伸びた髭と髪をそろそろ切ろうか?髪は後ろで束ねているのだが、ハッキリいって邪魔だ。伸び始めたポヤポヤの髭にも食べ物がくっ付くので鎌で剃ろう。こうなると、石鹸も欲しいなぁ)
そう思いながらシオンは立ち上がる。
生活に慣れてくると、不満も出てくるものだ
今までは汚れを落とすために木灰や砂を使って体を洗うのだが、どうも今一つだった。
手製の槍を持つ今の姿は、原始人そのものだ。
そこで屋敷の古書に石鹸の作り方が書いてあった事を思い出す。
一番簡単な方法ならここで作れそうだ。
石鹸を作る材料のあてはあるので、近いうちに作ろうと思う。
翌日の朝はやくから材料となる油を採るために山に入る。
この辺りに漆の木があったはずだ。
冬の始めのこの時期、漆の実が地面に落ちているか木にぶら下がっているはずである。
そして、その材料として山の中、そこかしこに落ちている漆の実を拾う。
漆はブドウの房のような形にたくさんの実を付ける。
漆の実は、種の周りの皮に油があるのだ。
皮膚の弱い者は漆の樹液などでかぶれるのだが、自分は大丈夫だった。
この実を砕き潰して蒸した後、圧搾機で油を絞る。
圧搾機は農具とともに民家跡で見つけたものだ。
漆の木に掻いた跡があったので、この村で漆塗りが行われていたのかもしれない。
漆の樹液は、接着剤としても使われるので限定はできないのだが。
話が飛んだが、漆の実を絞った茶色の液体をそのまま置いていると油分の塊になる。
これを弱火にかけて溶かし、溜めた水に垂らす。
水の上で天ぷらの衣の様になった油を集め、また火にかけて水に垂らす。
この作業を繰り返して不純物が取り除かれる。
できた油は木蝋だ。
ちなみに草の繊維を編んだ紐を中心にした竹筒にこの油を流し込めばロウソクができる。
この木蝋を火にかけて溶かし、水に大量に溶かした木灰の上澄み液を少しずつ加えていく。
溶けた木蝋が固まり始めたら火から降ろし、型に流し込む。
冷えて固まった物が石鹸だ。
今回は、木灰の上澄み液にヨモギをすり潰して加えたので石鹸もほんのりとヨモギの香りがする。
あまりに楽しかったので、もう1種類作った石鹸は、柑橘畑の柑橘の葉をすり潰して加えたものだ。
こちらは、柚の様な香りの石鹸となった。
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