第18話 神降臨

 神父はまだ、アリスを追い掛けていた。

 変質者として警察に逮捕されるも注意勧告だけで許されたのにだ。

 彼は敬虔な信徒である。

 よく掃除が行き届いた礼拝堂で彼は神に祈りを捧げる。

 長い祈りを終えて、彼は目を開いた。

 すると、目の前に突如として、輝きが生まれ、礼拝堂に嵐が訪れる。

 吹き荒れる風に吹き飛ばされる神父は目を細めて、輝きを見た。

 そこには人影があった。

 「か、神なのですか?」

 彼は驚きの余り、そう口にした。

 嵐は収まり、輝きが消えた。

 礼拝堂には一人の少女が立っていた。

 「これが・・・アリスの言う別の世界か」

 銀髪を腰まで垂らした美女は珍しそうに周囲を見渡した。そして、その場に倒れる神父を見下ろした。

 「お前・・・何者だ?」

 その問い掛けに神父は慌てて正座をして、答える。

 「わ、私の名前は御堂レイ康友です。この教会で神父をしております」

 「教会・・・神父・・・異世界の宗教か・・・」

 白いローブを身に纏った女は御堂の前に歩み寄る。

 「私を神なのかと問うたな?」

 女に問われ、御堂は床に顔が着くまでひれ伏す。

 「は、はい」

 「そうだ。私は神だ。お前は運が良い。神に出逢えたのだからな」

 「ははぁあああ」

 懸命にひれ伏す御堂を見下ろしながら、女は少し考えた。

 (さて・・・アリスはどこに居るのかしら?)


 学校では授業後に補講が行われていた。

 当然、出席者は期末試験で赤点を取った者達。

 アリスにとっては屈辱であった。

 彼女が普段、愚かだと感じていた面々と一緒に補講を受ける。

 この屈辱を乗り越える為には彼女はこれまでに無い以上に真剣に勉強をした。

 多分、魔法を研究していた時以上の集中力だ。

 その結果、補講後に行われた試験では見事に満点を得たのであった。

 「ふははは。私が本気になれば、こんなもんだ」

 満点の試験を手に彼女は学校を後にする。

 いつもより遅い帰宅時間の為、空は茜色に染まっていた。

 「ふむ・・・少し寂しい感じだな」

 電柱に付けられた防犯灯が灯り始める頃合い。

 アリスの世界ならば、あまり人が出歩かない時間になろうとしている。

 「こういう時間でも人々が歩き回れるのだから、電気とは便利なもんだ」

 防犯灯や家の灯りを見ながら、アリスは路地を歩く。

 「よう・・・久しいな。アリス」

 唐突に女に声を掛けられた。アリスはそちらに目をやると白いローブに身を包んだ妙齢の女と神父が立っていた。

 「誰だ・・・お前?」

 アリスは訝し気に尋ねる。それに女は腹を立てた。

 「忘れただと?アリス・・・お前はこのフィオネ=アルマダ=ラグランの名を忘れたと言うのか?」

 女に怒鳴られて、アリスは考え直す。

 「ふん・・・その名前・・・聞き覚えがあるな。確か・・・どこかの辺境で魔法の研究をしている奴だったかな?」

 「辺境と言うな。フェレステンは神の地と呼ばれるパワースポットだぞ?」

 「辺境は辺境だろ?人なんて、巡礼で訪れるぐらいの」

 「黙れ」

 そこでアリスはふと気付く。

 「お前・・・門を開いたのか?」

 「門・・・あぁ、お前が消えたと噂になったのでな。どんな魔法だったかをお前の所の魔術師から聞き出して、試してみたんだ」

 「一発で成功させるとは・・・私の魔法の実証実験に成功したわけだな。ご苦労。それで戻る方法とは考えてあるのか?」

 アリスに問われて、フィオネは怪訝そうな表情になる。

 「何を言ってるの?あんたに会えば、帰る方法が解ると思って、探したのに」

 「お前・・・バカだな。行方不明になった時点で戻る方法が無いからと言う事ぐらい解るだろ?何も対策をせずにこっちに来たのか?」

 アリスにバカにされて、フィオネは狼狽える。

 「ば、馬鹿にしないでよ。だいたい、あんただって、帰る方法を考えもしないで、よく次元の壁を越えたわね?あんたこそバカよ」

 「黙れ田舎者。私は前人未到の魔法を生み出しているのだ。稀にこういう事態に陥る事もあると言うもんだ」

 「だったら、早く元の世界に戻る方法を示しなさいよ」

 「今、考えている。それより、お前、こっちに来て、何をしているんだ?」

 「はぁ?今は神として、こいつの教会に世話になってるわ」

 フィオネは隣に控える神父を指差す。

 「神って・・・ぷぷぷ」

 アリスは思わず笑う。

 「笑うな。とりあえず、神って事にしておけば、衣食住は困らないわ」

 「まぁ・・・田舎者らしい。とりあえず、折角、この世界に来たのだろ?お前も元に還る方法を考えろ。因みに魔法は殆ど使えないからな」

 「えっ・・・そう言えば、魔力が全然、回復しないと思ったわ」 

 「この世界には魔法が存在しないらしい。事実、魔法に必要な力があまり無い。だから、還れないし・・・年も取るぞ」

 「えっ・・・?」

 フィオネは自分の顔を触る。まだ、10代後半ぐらいの美貌がそこにある。

 「老けるってこと?」

 「お前も不老不死の魔法を使っていた口だろ?すでに魔法は解けているぞ」

 「えぇええええええ!」

 驚きの余り、フィオネは卒倒しそうになる。それを慌てて、神父が支える。

 「まぁ、そういう事だ。残りの人生、楽しくやることも大事だぞ」

 そう言い残して、アリスは去って行った。

 卒倒しそうになったフィオネは何とか気を取り直す。

 「まさか・・・魔法が使えないとは・・・」

 その話を聞いていた神父はフィオネに尋ねる。

 「あの・・・あなたもあの魔女と同じなんですか?」

 そう尋ねられて、フィオネは答える。

 「当たり前だろ?この北の大魔女に何を聞いている?」

 「神・・・じゃない?」

 神父は唖然とした顔になる。それを察する事なく、フィオネは神父に命じた。

 「腹が減った。食事を用意しろっ!」

 その瞬間、神父はフィオネを蹴り飛ばした。

 「神の名を汚す魔女めっ!私を騙しおってからかに滅せよ!」

 神父に何度も足蹴にされるフィオネは「風よっ!」と唱える。すると突風が神父を軽々と吹き飛ばし、塀に叩きつけた。その間にフィオネは慌てて、逃げ出す。

 「くそぉ!アリスの奴めぇえええ」

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