第3話 伝説の靴
異世界に飛ばされた私が唯一、神様から貰ったもの。それは伝説の靴だった。
見た目は膝下までのブーツで、土にまみれた苔みたいな何とも言えない色をしている。お世辞にもお洒落とは思えなかったけど、ミイナは「レトロかわいい!」とたくさん褒めてくれた。
この靴の特徴は3つ。
ひとつめは、とても頑丈であること。
毒の沼を歩いても、刺の川を進んでも、靴には傷ひとつ残らない。呪いの沼に突っ込んだ時すら無事だった。
ふたつめは、とても歩きやすいこと。
私は他の3人に比べて体力が無くて、途中何度も心が折れた。だけど一度も、足が痛くなったことは無かった。この靴はどんな悪路でも、私を快適に導いてくれた。
そして最後、みっつめ。
それは「私たちが本当に迷っているときだけ」目的地まで連れて行ってくれること。
どんなふうに連れて行ってくれるかって、それはもう力業だ。私の意思に反して足がぴょこぴょこと、靴に導かれるように動く。道案内の方法もこれまた力業で、右足、左足、また右足という風に無理やり私を連れて行く。
たとえば、1週間道に迷い続けたとき。
たとえば、大事なお宝を見逃しているとき。
この靴は私たちが大きなものを見落としている時にだけ、進む方向を教えてくれる。だからどうにもならない事態になったら、皆は私の靴をよく見た。
「いま何待ち?」「靴待ち」みたいな会話をしたのも記憶に新しいことだ。不格好に前へと進む私の足ーーではなく靴を見て、皆は「はい靴来ました」「遅くない?」とか好き勝手なことを言いながら、後に従ってくれたものだ。
伝説の靴なんて、異世界に飛ばされる前にやってたゲームでは聞いたことがなかった。
タイシの持っていた伝説の手袋も、ミイナが来ていた伝説の踊り子服もそうだ。勇者だけがいかにもそれらしい、伝説の剣を持っていた。
靴なんてハズレじゃないか? と思った。伝説の杖を授かっていた姉弟子の方がよっぽどそれらしい。
他にもきっと伝説の盾とか、伝説の兜を持っている人はいただろう。でも結局、選ばれたのは私たちだった。
あの世界に生まれるものには、全て役割がある。
だから伝説の杖を授かった姉弟子や、見知らぬ人たち……盾とか兜を持った人には、魔王討伐とは別の役割があったんだろう。
役割を終えたものは、全て消えゆく。
だから私たちは授かったものを元の世界に持ち越せない。どれだけ気に入っていても、こればかりは世界の掟として揺らがない。
揺らがない。そのはずだった。
✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎
意識を取り戻してまず確認したのは、日付。
「2020年9月21日……ああ、やっぱ多少ずれるのか」
私があの世界に飛ばされたのは2020年の3月。感染症だの何だの騒がしい世間の流れに乗っかって、家に引きこもる生活を決めた直後のことだった。
買い込んだ大量の食材を冷蔵庫に詰め終えた途端意識が飛んだ。そして気づけば、あの世界の謁見の間に立っていた。今はその逆、謁見の間にいたはずなのにいつの間にか自宅に戻っている。
「買ったやつ全部腐ってたりして……」
厳密に数えてはいないけど、向こうでは5,6年の月日を過ごした。こちらでは半年しか経っていない、とはいえ半年前に買い込んだ食料が無事とも思えない。おそるおそる冷蔵庫を開けると不思議なことに異臭すらせず、気味が悪いほど「普通」だった。
「え、トマト無事なの? きゅうりは……嘘、新鮮だ。何で? ……まさかヨーグルトも」
きゅうりのトゲを指の腹で押しながら、4個パックのヨーグルトを取り出す。皮膚に食い込むトゲは新鮮さの証、まるで時間が経っていないような不自然さの答えを求めてヨーグルトの賞味期限を確かめれば。
「2020年10月7日……」
3月に買ったヨーグルトではあり得ない記載。まるで買ったばかりのような。
「……どういうことだろ」
冷蔵庫だけ時間が止まってた? いや、そもそもこの家全体、半年放置していたわりには綺麗すぎる。埃も積もっていない。
この家だけ、あるいは私に関係することだけ時間が止まっていたのかも。色々考えても答えは浮かばない。向こうの世界に行ってる間、こっちはどうなっていたんだろう。
「誰かに会って話した方がわかりやすいかも……え? あれ?」
出かける意思を口に出した瞬間、がたがたと足が勝手に動いた。自分の意思ではない動きに一瞬固まる。
足元を見る。
見た目は膝下までのブーツ。土にまみれた苔みたいな何とも言えない色をしていて、レトロかわいいと褒められたこともある。見ようによっては多分ハイセンスなこれは。
「なんで伝説の靴こっちに来てるの!!!」
叫ぶと同時に靴は動いた。
よく慣れた感覚だ、だから動いた靴は目的地まで止まらないことも知ってる。向こうから持ってこられないはずの靴がどうしてここにあるのか、考えるのは後にしてとりあえず携帯だけを引っつかむ。
「なになになになにどこ行くの!!」
靴は答えてくれない。これまでも一度だって行先を教えてくれたことなんか無かった。
顔をぶつける直前にドアを開ければ、久しぶりの現実世界が目に飛び込んでくる。懐かしいなと思う間もなく靴はがつがつと歩を進めて、私をどこかへ連れていこうとしていた。
風が気持ちいい。どこからか花の匂いがする。こんな強制的な散歩じゃなければもっとゆっくり味わいたかった。情緒もへったくれもない。
この方向だと駅に行く? 地下鉄の方が近いかも。携帯だけでも持ってきてよかった!
どこに向かうのかもわからないまま、靴に任せてアスファルトを蹴る。
『其方の魔法は未だ役割を果たしておらぬ。為すべきを為し、果たすべきを果たすのだ』
やたらと大きな王様の声が、遠くで響いたような気がした。
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