神話異聞『黒蛇の女神』
――――黒蛇の女神
三つに裂かれた創世の神の心身は、かつてひと柱の神であった頃のように、滅びの女神ユリアネスを求めた。愛とも憎しみともつかぬその執着に突き動かされ、魔神ヴァルファラスは自らの権能を割いて三柱の女神を創り出した。
初めに生まれたのは、闇と欲の女神ネフィス。
ユリアネスの滅びを齎す恐ろしい側面を写して創り出されたが、その姿は似ても似つかぬ醜い化け物であった。
濁り黒ずんだ赤眼に、腐った海底の藻を引き摺ったような黒い髪。短い手足はずんぐりと膨れ、蒼白い肌の所々を黒い鱗に覆われていた。長い尾が重いのか、常に猫背で地に這い蹲り、毒と死臭を撒き散らす悍ましい蜥蜴。
魔神はネフィスを一目見た途端嫌悪し、その身体に火を放った。滅びの黒炎に焼かれ、のたうち回るうちにネフィスは手足を失くし、黒い蛇となって魔神の元から逃げ果せた。
魔神の炎を恐れ、闇の中に潜むネフィスは、世の美しいもの全てを憎んだ。自分がユリアネスのように美しく生まれたならば、父神の寵愛を一身に受けることができたのに。悍ましい化け物の姿では、妹女神たちのように信仰を集めることもできない。ただいたずらに、戦神の子らに蹂躙されるだけ。
嫉妬に狂ったネフィスは、人間や魔物の欲を煽って地上に混乱を招き、美しいものや高潔な魂を穢すことで溜飲を下げたが、その憎しみはより一層、濃く激しく燃え盛った。
とりわけ、最も美しき神と讃えられる太陽と光の神クリアネルに向けられた嫉妬は凄まじかった。クリアネルとネフィスの棲まう世界はあまりにもかけ離れていたため、ネフィスは彼の神の姿を見たことがなかった。見たことも逢ったこともない彼の神と比べられ嘲笑される度に、ネフィスの憎しみは募っていく。
『何としてでも、彼の神を引き摺り下ろして、穢してやらねば気が済まぬ』
ネフィスは妹の月女神ルーネを騙して月の御船を奪い、真昼の空を征く太陽神に近付いた。月が太陽の威光を隠し、地上が日蝕の闇に覆われた頃、ネフィスはその日初めてクリアネルの姿を仰ぎ見た。
空にクリアネルとネフィスを隔てるものは無く、太陽神の青く美しい眼に自分だけが映ったことにネフィスは歓喜した。その瞬間、ネフィスは決して叶うことのない愚かな恋に落ちたのだった。
以来、ネフィスはクリアネルの影となって付き纏った。信奉者のふりをして近付き、双子の弟神である月神の罪を論って空から追放した。
クリアネルが愛し、光の加護と恩寵を与えた者たちを呪い殺し、その遺体を裂いて美しい部分だけを寄せ集めて自身を飾った。つぎはぎの身体を得たネフィスは、最も美しき神に並び立つ自身を夢見て、彼の神の関心を惹くべく悪虐の限りをつくした。
ネフィスの所業は、他の神々からも忌み嫌われ、ついにクリアネルも知るところとなる。やがては世界と他の神々を巻き込んだ争いの火種となった。
――――『旧クレアノール王国領西ナワド諸島で発見された異端の聖典』より
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