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目の前で何が起きたのか、ヒースは理解が追い付かなかった。自分には
「うわぁ!? ごめん! 力の加減がわからなくて!」
一体どんな加工をしたらこんなことになるのか。魔改造にも程がある。勝利条件にはヒース自身はもちろん、アルファルドの生存も含まれている。フィリアスの“ついで”は絶対に信用してはいけないとヒースは心に刻んだ。
「他人の心配なんて、随分と余裕じゃないか」
炎が残した黒煙に紛れて距離を詰めたアルファルドは、躊躇なく黒刀を一閃した。首を狙ったその
「ちょ……馬鹿のひとつ覚えみたいに首から上ばかり狙わないでくれる!? 僕の顔に傷が残ったら、世界の損失だよ!?」
「うるさい口から黙らせる。当然だろう?」
ヒースは適度に煽りながらもアルファルドの猛攻を冷静にいなしていく。ヒースの魔法剣を警戒しているのか、アルファルドは風の刃を使わない。攻勢に転じるなら、動きが鈍っている今が好機。
ヒースは縦横無尽に飛んでくる刃を躱し、時には受け止め、空を舞う羽根のように軽やかに翻弄する。攻撃の隙を縫い、怒れる蜂の如く繰り出す刺突は、徐々に精度を上げてアルファルドの剣速を捉え始めていた。
魔法が使えないヒースには剣技しかない。他の人間が魔法の練習に励む時間の全てを、ヒースは剣技に注ぎ込んできた。良い師に恵まれたことも幸いしたのだろう。その才は夏を待つ
多少体力が落ちているとはいえ、月神アルファルドと互角に戦えている現状は、ヒースにとって大きな自信となった。
ぶつかり合う剣戟は、もっと疾く、もっと高く、もっと激しくと要求する手拍子のよう。高揚する心が剣舞に乗って鋭さを増す。
アルファルドの猛攻を捌ききり、回転と共に剣を振り抜いたその時、またしてもヒースの意図しないタイミングで魔法剣が炎を噴いた。
「うわわっ!? またか!」
「チッ……このノーコン野郎が!」
「ひどぉーい! さっき謝ったの取り消すからな!!」
ヒースの剣は、しなる鞭のように炎の尾を引く。激しい炎熱を纏う剣舞に、迂闊に近付けないアルファルドは目に見えて苛立ち始めた。――成功だ。と、ヒースはほくそ笑む。
「くっそ、フィリアスめ! 余計なことを!」
アルファルドも剣技体術には並々ならぬ自信を持っている。魔法が使えないヒースを相手に、過剰な魔法を使ってねじ伏せることは獣人のプライドが許さない。上手く刺激すれば、剣での戦いに持ち込めることは予想していた。
体力も魔法も、おそらく剣技も経験も、
だというのに、アルファルドはヒースに決定的な一撃を加えることができず、警戒と焦りの深みにハマりつつある。
多少の誤算はあったが、ここまでなんとか凌ぐことができた。だが、それもそう長くは保たないとヒースは理解している。
「……フィリアスだけじゃない。僕の剣にはみんなの思いが乗っている!」
もう何度目か、黒刀と斬り結んだ剣は最初の勢いを無くし、剣身に炎を纏うのみ。もう炎を飛ばすことはできないだろう。剣に魔力を吸い取られ続けて、柄を握るヒースの手に痺れが出始めていた。
指先から体内の水分が抜けていくような感覚。初めて経験する魔力切れに、自分も相当に頭に血が昇っていたようだとヒースは自嘲する。
「君も聞いてただろう? セラは君をパートナーとして認めようとしていた。君と一緒に学院に帰りたいって言ってたじゃないか!」
「黙れ! お前が
激昂するアルファルドの黒刀に緑の光が疾る。
「……ッ! 誘惑? 笑わせるなよ! 僕は助けを求める月女神の声に応えた。本来なら、君が一番親身に彼女の声に耳を傾けるべきだったのに! セラと向き合うことから逃げているのは君の方だ!」
ぎりっと奥歯を噛み締めて、アルファルドは力任せに踏み込んだ。ついに弾き飛ばされたヒースの着地を待たず、追撃を加えんと頭上に刀を振り上げる。光沢の無い黒い刀身が幾千の風の刃を纏って緑に光る。
「お前に、
「この、わからずや! ……火神よ、もう一度力を貸してくれ!」
黒刀が振り下ろされる刹那、ヒースは長剣に残る全ての火の魔法を解放した。巨大な魔力の衝突に閃光が弾けて、酷い耳鳴りと共に全身を衝撃が襲う。迫り来る死を迎え撃つように突き出した長剣は、最後に一度、強く光って砕けた。
大地は裂けて舞い上がり、花も草木も巻き込んで、凄まじい炎と風が吹き荒れた。
爆風に吹き飛ばされた大地を花が覆っていく。荒れ果てた大地が蘇る光景は美しいはずなのに、機械的に粛々と覆い隠していく花々に生命の気配は感じられず、ヒースには不気味に思えた。
ただそのように創られた存在。
神々が創った神話をただなぞるためだけに生まれるのだとしたら、自分たちと何が違うというのか。
折れた剣先がザクリと大地に突き刺さる音がやけに大きく響いた。痺れた指先から剣の
今までの人生の中で、これほど傷だらけになったことが有っただろうかと、ヒースは自身の有様を見て自嘲する。魔法無しの学生同士の決闘ならいざ知らず、魔法を使う相手に真っ向から挑んだことは無かった。
硬いやすりで撫でられたかのように浅く鋭い傷が全身を引き裂いている。失血量が多いのか眼は霞み、極彩色の花畑が滲む。
だが、膝は着いても頭を下げるのだけは御免だと、ヒースは根性で顔を上げる。
「一体何がしたかったんだ? 付け焼き刃の火魔法では僕に勝てないと分かっていただろう?」
満身創痍で肩を震わせて笑うヒースに、アルファルドは不快そうに顔を顰めた。
「……何がおかしい?」
「戦いに負けて勝負に勝ったって言うのかな? ふふ……」
刀の鋒を向けられてもヒースは動じない。挑戦的にアルファルドを見つめるサファイアの瞳は、希望の光を失ってはいなかった。
ヒースは上着の内ポケットから懐中時計を取り出して、アルファルドの足元に投げつけた。
「降月祭おめでとう。新たな
懐中時計の蓋が開いて、オルゴールの音が鳴り響く。戦いの衝撃で壊れたのか、神の庭に相応しくない不協和音で狂ったように歌い続ける。
時刻は午後一時三十分。ヒースが神域に来てから、ちょうど一時間が経過していた。
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