Ⅷ 訣別の狼
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大人びた少年だと思った。受け答えもしっかりしているし、言葉の裏を読むことができる。とても娘のセリアルカと同じ六歳とは思えなかった。
気後れすることなく、真っ直ぐにエリオットの眼を見つめるエメラルドの瞳は、この森の心臓のよう。深く吸い込まれそうな神秘を湛えて美しい。
だが、その瞳には最初からエリオットに対する激しい嫉妬と怒りが渦巻いていた。
『セラを僕の
まさか二度目の対面でそんなことを言われるとは思わず、エリオットは笑って誤魔化した。目の前のこの子が
彼らの執着を甘く見て、まともに取り合わなかった。彼らの前で愛娘を抱きしめて、家に帰る相談をした。彼らからセリアルカとの繋がりを取り上げるつもりなど無かった。だが、結果的に先に傷付けたのはエリオットの方だったのだろう。
その報いを受けるのは、当然の帰結だったのかもしれない。
城を飛び出し森に駆けて行く緑の閃光を見送り、エリオットは沈痛に眉根を寄せた。サロンの窓から森の上空を見上げれば、緑の
ヒース君は上手くやったようだと安堵の息をつく。
「森と金月の神セシェルよ。あの日君と約束した通り、私はこの森にセリアルカを連れてきたよ」
窓を大きく開放すると、強い風が部屋に吹き込んでテーブルに置きっぱなしの楽譜がパラパラと宙を舞った。これだけ風が通るならば、城中に眠りの魔法が行き渡ることだろう。
チューニングして立て掛けておいたギターを手に、エリオットは振り返る。指示を待つハティの姿に重なるように、金色の狼の幻影がエリオットを見つめていた。
「だが、それはこんな仕打ちを許すためでは断じてない。君がどれほど悲しもうと、私はもう君の声に耳を貸さない。……娘を、返してもらうぞ」
エリオットは椅子に腰掛けて足を組んだ膝の上にギターを乗せた。右脚の
月女神は地上に降りる際、銀の魔弓を楽器に作り変えたと云う。神殿の壁画には弓の代わりに竪琴や胡弓を弾く姿で描かれることもある。月女神が爪弾くのならば、銀色の弦楽器でなくてはならない。
よろしく。と一度、ギターのネックを撫でてエリオットは弦を弾いた。
風が悲哀に満ちた切ない音色を運び、森は息を潜めて耳を澄ませていた。雨垂れのように音の粒が降り頻っては、草葉の上を滑るように弾ける。
――あの夜も、冷たい雨が降っていたのだった。
遠い過去から、幼いセリアルカの泣きじゃくる声が聞こえる。月神に見限られ、加護を失い泣き崩れるアルファルドの慟哭が聞こえる。
エリオットは悲しみに胸を掻き毟るように六弦を震わせる。その調べは聞く者の胸の琴線をも震わせて、美しくも悲しい夢の中へと誘う。
「宵の空漕ぎ出づる銀の御舟
星の大海をゆらりゆらり漂う
愛し金色の獣のもとへ
星屑の波間を越え征こう
月明かりのヴェールに銀花の冠
星読みの鏡に銀の胡弓
月落ちる森に舞い降りし女神
星空を憐れみ謡うは郷愁」
低く掠れた声で歌うのは月女神の子守唄。幼いセリアルカを抱いて歌っていた女性の姿が眼に浮かんで、エリオットの歌声をより一層軋ませた。
「三日月の岸辺に寄するさざ波
二度と戻れぬ旅路なれど
巡り逢う二つの月影さやけし
今一度の逢瀬を」
この命尽きて、生命の樹の下でもう一度あの
願いを乗せた物哀しい調べは、満ち潮のように森の底を満たしていった。
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