51 幕間の狼 Ⅲ 光明の白き炎
――――『光明の白き炎』
愛する月女神ルーネを奪われた月神セシェルの深い悲しみに、地上の草木は枯れ果てて、長い冬が訪れました。
人も動物も竜も、セシェルの悲しみが過ぎ去るのを待ち続けました。しかし一向に春は訪れず、人々は少ない食べ物を巡って争うようになりました。
住処を追われた動物たちは狩人から逃げ惑い、竜は迫り来る滅びの刻を思って涙をこぼしました。
このままでは、滅びの女神が目覚めて世界が滅びてしまいます。
世界の滅亡を防ぐため、神々はセシェルを捕らえ、空の果てにあるという生命の樹の神域へと連れて行きました。
セシェルから神の証である
世界中の森と動植物を慈しむ神としての仕事を放棄し、世界を滅びの寸前まで追い詰めるという大罪を犯したセシェルは、処刑される運命にありました。
セシェルを憐れむ者は居ませんでした。ただひと柱の神、双子の兄神クリアネルを除いては……。
『セシェルはルーネが恋しいだけです。ルーネの愛を取り戻せば、他の誰よりも善き守り神となるでしょう。絶対に殺してはいけません!』
クリアネルは、居並ぶ神々に切々とセシェルへの慈悲を訴えましたが、聞き入れてはもらえませんでした。
『ルーネ恋しさに世界に滅びを招いた魔獣を生かしてはおけぬ。弟神を庇うのならば、貴様も同罪である』
クリアネルの盟友、戦神が冷たく言い放つと、火神、雷神、風神、そして魔神さえもが賛同しました。
『月女神ルーネは翼を奪われ空に帰ることができず、無理やりセシェルの花嫁にされたのだ。相応の罰を与えねばルーネがあまりにも可哀想だ』
クリアネルの姉妹神、大地の女神グラネラがルーネを憐れむと、水女神、氷女神が啜り泣きました。
『こうなるまでルーネを受け入れなかった者たちがよく仰いますこと! ああ、なんと哀れなルーネ! 誰からも認められない嫌われ者のルーネ! ルーネも父神の元に帰りたがっていることでしょう!』
クリアネルの天敵、闇と欲の女神ネフィスが耳障りな声で愉しそうに笑い出したので、クリアネルは怒りに震えました。生きる気力を失くし項垂れたセシェルを背に庇い、クリアネルは他の神々の前に立ち塞がりました。
『セシェルを殺せば、対となる私の力は抑えられなくなります。私は朝も昼も夜も天に在り続け、この世の全てを照らし続ける。世界から夜の安らぎは消え失せ、あまねく闇は詳らかになるでしょう。たとえ、世界中の草木が枯れ果て、大地が焼け落ち、海が干上がっても容赦はしない。世界は我が光明の白き炎で焼き尽くされる。世界に八度目の滅びが訪れるでしょう』
クリアネルの怒りに満ちた滅びの預言に、神々は恐れ慄き、セシェルの処刑を断念しました。
セシェルは二度と生命の樹を枯らさないと誓い、生命の樹の神域から永久に追放されたのでした。
地上に戻ったセシェルは、夜になると月光花の咲く丘で天を征く銀の月を見守り続けました。満月の夜には、愛しいルーネを呼んで哭き続けました。いつかまたルーネが降りてくることを夢見ていたのでした。
それから、幾つもの季節が巡り、幾千の星が巡りました。セシェルは赦しを乞い、ルーネを待ち続けました。
そして、ある晴れた新月の夜に、ルーネは銀の弓を楽器に造り替えて、セシェルの待つ森に舞い降りたのでした。
――――『旧クレアノール王国領ローズデイル大公国に伝わる神話より』
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