天狼は銀月の夜に哭く

Ⅴ 花籠の狼

24『月夜の追跡者』

 月明かりが煌々と照らす十六夜いざよいの夜。前方、家屋の上を跳ねて逃げる獲物を追いかけ、私は地上をひた走る。


 既に私以外に奴に追い縋るものはいないが、まだ追われていると自覚しているのか、男は油断無く遮蔽物の多い場所を狙って着地する。獲物に追いつくには思考を読まねばならない。


 えびらから矢を一本引き抜いて、いつでも撃てるよう機会を窺う。逃げる獲物と呼吸を合わせて、飛ぶ。走る。跳ねる。また走る。

 私は夜の底を舐めるように低く身を屈め、奴の死角を保って追いかける。


 そろそろ街の外壁に辿り着く頃だ。だが外壁を乗り越えて逃げるとなれば、ほんの数秒でも無防備な隙が生じる。

 奴は大きく飛ぶだろう。そこが狙い目だ。


 果たして、月を背に影が宙を舞ったその刹那、私の弓が細く啼いた。空を切り裂き真っ直ぐに放たれた銀の矢は、獲物を捕らえ地上に繋ぎ止めた。私は急いで落ちた場所に向かい、その光景に我が目を疑った。


「……外した? いや、致命傷を避けたのか?」


 私の弓は必ず獣を射抜く。

 獲物が狼男と分かった時点で生かすつもりは無かった。心臓を狙った筈だが……。

 血溜まりの中、憎しみに燃える瞳で私を睨むその男は、背中に矢が刺さったまま、腰に差した細身の長剣を引き抜いた。

 私は再度弓矢を引き照準を合わせる。


「動くな。次は眉間を射抜く」


 だが、男はすぐに武器を捨てた。

 夜闇の中、金色に光る眼を満月のように丸く見開いて、まるで幽霊でも見たかのように私を凝視する。


「……え、……か?」


 男は何事か呟いた途端その場に崩れ落ちた。ごほごほと血を吐き咳込みながら、ずるずると腕の力だけで身体を引きずる。月明かりの下、ぼろぼろの身体は赤黒い泥濘の中で踠き、私に向かって手を伸ばす。慈悲や救いを求めるというには、随分とギラついた眼で。


「貴様、死にたいらしいな? 私は警告したぞ」


 私は弓をその場に放り、剣を抜いて構える。


「……ルー……ネ……」


 指先が私の靴に触れると、男はぱたりと意識を手放した。ねっとりと纏わりつくような嫌な笑みを残して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る