18 閑話 Ⅰ 餞別(ヒース視点)
ヒースのルームメイトであり、親友でもある彼は、この冬のヒースのオクシタニア行きを快く思っていないようだった。事あるごとに「本当に行くのか? 大丈夫か?」と問うては、ヒースの決心を揺さぶる。
最初は、ディーンが心配してくれるなんて! と、少し嬉しく思っていたヒースだが、それが出発直前まで続けば、流石にうんざりしてくる。
「寂しいなら、寂しいって言いなよ」
ヒースがそう言えば、ディーンはそこはかとなく嫌そうに「寂しくはない。清々する」だなんて憎まれ口を叩く。
絶対、寂しいって言わせてやる! と息巻いたのは一瞬だった。
ディーンに対抗して『脳筋王子に振り回されなくて清々するわー』と言ってやりたいところだが、思い返してみれば、彼と知り合ってから、一ヶ月以上離れるのは初めてかもしれない。
多少の憎まれ口は、僕の海よりも広い心で許してあげようと決めたのだった。
「僕がいなくて寂しいだろうけど、君たちも冬休みを楽しんでね!」
第五騎士団の護衛で、夜のうちに出発する彼らを正門まで見送りに出て、『寂しいだろう? 寂しいって言っていいんだぞ?』の意を多分に込めて送る言葉としたヒースに、ディーンはこれ見よがしに長く大きなため息をついた。
反論を諦めて、上着のポケットから何やら取り出し、無造作に放る。
「受け取れ」
そう言ってディーンが投げた輪状の何かは、街灯をキラリと反射してヒースの手の中に収まった。
「なぁに、これ?」
受け取った物を街灯の下で確認すると、緑の宝石がはめ込まれた金の腕輪だった。
「
「サイズぴったりなんだよなぁ……」
指先からくぐらせる時は少しきついかな? と思ったものの、手首まで入れば、測って作ったんじゃないかというぐらいにぴったりだった。このぐらいの方が簡単に抜けないから丁度良い。それに、シンプルなデザインは、ヒースの好みにも合致した。
「ありがとう! 大事にするよ!」
「別に大事にしなくていい。使うべきだと思ったら使えよ。……ったく、お前は思いつきで行動し過ぎなんだよ! 魔石はなるべく良いものを選んだけど、どの程度の威力があるか検証してねえから分からん。あんまり期待すんなよ。せめて、あと二日猶予があれば……」
「まさか、それで何回も本当に行くのか? って聞いてたの?」
「うるせえな」
本当に素直じゃないな君はー。と苦笑いで応じたけれど、不器用な優しさが嬉しかった。
「俺の方は当てにならねえよ。真打ちはフィリアスの方だ」
ディーンは寒そうに大きな背中を丸めて上着のポケットに手を突っ込む。顎で校舎の方を示すと、丁度フィリアスがエルミーナと一緒に現れた。
フィリアスは片手に抱えていた双剣をヒースに手渡した。学年末試験が終わった日に、磨いてやるから貸せと半ば無理やり強奪されたものだったが、宣言通り研磨してくれたらしい。
「ついでに魔法剣が使えるように加工しておいた。二回だけ火の魔法が使える。ディーンの腕輪と組み合わせてもいいし、使い方は任せる。魔法剣の使い方はセリアルカも知っているから、よく聞いて覚えるように」
いつもと同じ、にこりともしない真顔でつらつらと説明されて、ヒースは開いた口が塞がらなかった。
ついでとは。と問うより先に「ありがとう?」とお礼の言葉が出た。語尾に疑問符が付いていたが。
マレク先生が学院長に報告すると言っていたので、遅かれ早かれ二人の耳にも測定機破壊事件が伝わるだろうと踏んだヒースは、その日のうちに二人に事情を話していた。
大いに興味を持ったのはフィリアスで、『属性が分かったということは、魔力があるということか? 魔力があるなら魔石が使える筈だ』とアンジェリカのブレスレットを参考に、ヒースにも使える魔道具を考案しようと目を輝かせていた。
火と鍛冶の神の血が騒いだらしい。試験が終わったばかりで、ちょうど手が空いていたというのも幸いしたのかもしれない。
「ねぇ、どうしたの? 君たち異様に優しくない? なんかおかしなものでも食べた? 別に今生の別れってわけじゃないよね!?」
ディーンとフィリアス、今度は二人揃って長く大きなため息をついた。ヒースの無礼なもの言いが問題というわけではなさそうだ。
「……オクシタニアは
「つまり、お前らに何かあったとしても、俺たちが簡単に手を出せない場所だってことだ。……だから、何度も聞いたろ? 本当に行くのかって」
「そういうの……もっと早く言おうよ」
まぁ、詳しく聞かないで決めた自分も悪いけど。とヒースは心の中で付け足す。
自分以上に無謀なディーンに心配されているのも、魔法の危険性をよく知るフィリアスがヒースに魔法剣を持たせたことも、普段の彼らからすれば考えられない事だ。
全ては行き先がオクシタニアだからということだろうか。そんなにも危険な場所に、自分は無策で乗り込もうとしているのかと今更ながら不安が過ぎる。
「ヒース……」
黙って考え込んでしまったヒースを心配してか、エルミーナが遠慮がちに声をかける。
「セラとアンをお願いね。特にセラは……心配だわ」
「任せて。そのために僕は行くのだから」
ヒースがいつも通りの柔和な笑顔を見せれば、エルミーナも眉尻を下げて困ったように笑う。両手に抱えていた紙袋に目線を落として、そっと差し出した。
「貴方も気を付けてね。危ない事は駄目よ。あとこれ、クッキーが入っているの。みんなで食べてね」
「うん。ありがとう!」
集結した第五騎士団が隊列を組み、三人を乗せた竜ソリを囲うように展開する。音も無く静かに門を出て行く彼らに、ヒースも黙って手を振る。
学院を包む森の向こうに隊列が消える寸前、殿を行く黒騎士が振り返り、一度だけ手を振り返した。光沢の無い黒の鎧兜で顔は判別できなかったが、おそらく従兄弟のヴェイグだろう。
二人の王子と婚約者を護衛するのは、シュセイル王国最強の呼び声高い、闇を纏う獣人の騎士団。――だが、彼らとて、万能ではない。
心配なのはお互い様だとヒースは思う。
彼らが行く先もまた世界の果て。陰謀渦巻く、千年王国の伏魔殿なのだから。
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