13 幕間の狼 Ⅰ 特別授業
★後のシリーズに続く神話のお話です。読み飛ばして14から読んでも大丈夫です。
――――――――――――――――――――――――――――
「神話がただのおとぎ話ではないということは、君たちも薄々感じていることだろう。神話に語り継がれる物語が本当にあった出来事なのか、証明する術は無い。だが、我々
父さんはキリッとした顔で重々しく言った後で、照れ臭そうに破顔する。
「――とか、かっこつけて言ってみたけど、夕食までもう少し時間があるから、世間話のついでに私の研究の話をしようかなと思って」
ヒースが「のんびりしていって!」と許可してくれたので、私たちはそのまま父さんの講義に耳を傾けることになった。
部屋に備え付けられたレポート用紙とペンを借りて、父さんはいくつかのイラストを描き込んでいく。花、羽、魚、雪だるま、三日月、蛇……。
もうすぐ五十のおじさんが描いているとは思えない、ゆるくて可愛いイラストである。
「
「えっ……えーと、十二かな?」
「惜しい! 御印は十三あると言われている」
突然話を振られて、慌てて答えたにしては良い答えだったようだ。
父さんは描いたイラストに名前を書き込んでいく。薔薇のような花の下にクリアネル、三日月の下にルーネ……どうやらこれは御印を表しているらしい。
「御印は多少重なるところはあるけれど、身体の別の部位に現れる。白薔薇は左手の甲、月光花は左腕、月光花と蔦の三日月は右の腰から
「せ、先生? もしかして、これ怖い話ですか? 僕、そういうのはちょっと……」
急に弱気になったヒースに、父さんはニヤリと悪い笑みを浮かべた。
「ふふふ……怖いのはここからさ。じゃあ、首は何処にあるのだろう? アルファルド君?」
最初は我関せずだったアルも、興味を惹かれたのか顎に手を当てて思案する。
「男の首……? 誰の首なんです?」
「彼に名前は無いんだ。だが、こう呼ばれている。“創世神”と」
創世神? 世界を創った神様?
なんだか随分と壮大な話になってきたけれど、それはつまり御印というのは創世神の身体の一部ということになるの?
「もう少しヒントをあげよう。創世神、そう呼ばれる通り、全ての生命を創り出したお方だ」
「全ての生命……? まさか、生命の樹?」
アルの小さな呟きに父さんは頷いて、紙の一番上に広葉樹のイラストを描く。
全ての生命は神界にある生命の樹の実からできている。死んだ魂は目に見えぬ生命の樹の根に吸い上げられて、幹を通るうちに浄化され、新たな命の実となって地上に落ちる。そう伝えられている。
「多くのものが対で存在するように、創世神にも対になる存在があった。彼女の名はよく知られているね。……滅びの女神ユリアネス。創世神の妻にして、創世神を殺した女神だ」
広葉樹の下に黒い花を描き込み、更にその下に女神の名を書き記す。インクが滲んで不気味な形に広がり、すぐに彼女の名前は読めなくなった。
まるで、書き残してはならない名前のように。
「創世神はこの世界を失敗作として、ユリアネスに滅ぼすよう命じたが、彼女はそれを拒んだ。二柱の神々による世界の命運をかけた壮絶な夫婦喧嘩は、創世神の死をもって決着した。ユリアネスは夫の首を刎ねて、残る身体を真っ二つに切り裂いた。善なる心身は空を駆け、戦神となった。そして邪なる心身は地を這い、魔神となった」
広葉樹から二本の線が伸び、一方には戦神、もう一方に魔神と記される。
「創世神の首から零れた血から、太陽と月の兄弟神、大地と海の姉妹神が生まれた。彼ら四柱の神々はユリアネスの子といわれている」
滲んだ黒い花から伸びた線は白薔薇と月光花、宝石と魚を繋ぐ。
「彼らの誕生を見届けた後、対になる存在を失ったユリアネスは生命の樹の下に夫の首を隠し、その隣で長い眠りについた。世が乱れ世界の終末が迫るその時まで彼女は眠り続ける。――そして、ここからは君たちもよく知る神話だ」
戦神の下に更に線が引かれて、火と雷と羽を繋ぐ。対して、魔神の下から伸びた線は、蛇と雪だるまと三日月を繋いだ。
「この通り、
私は炎の御印を持つフィリアスに、手を弾かれた時のことを思い出していた。
それにしても、戦神と火神を崇めるシュセイルに私たちリーネ父娘が住んでいるのは皮肉に思える。
「あの、御印は全部で十三あると仰ってましたが、数が足りませんよ? それに……これは羽? 翼のことですか? 翼は戦神の御印では?」
「良い質問だ! ヒース君!」
突然大きくなった声に気圧されて、ヒースは頬を引きつらせた。……引かれてるぞ父さん。
「戦神と魔神も御印を持っている。二つ足せば全部で十三になるだろう?」
創世神の血から生まれた、白薔薇、月光花、宝石、魚。
戦神と彼から生まれた、炎、雷、羽。
魔神と彼から生まれた、蛇、雪、月。
そして、創世神から生まれた、黒い花。全部で十三だ。
「魔神の御印の形状は、どの文献にも残されていない。魔族が持っているらしいとしか分かっていないんだ。対して、戦神の御印が歴史に登場するのは、約千年前のエリオスからだ。彼の持つ“翼”が戦神の御印と認められた理由はひとつ。戦神の権能のひとつである“蒼炎”を操ることができたからだ」
御印が本物だと認めさせたいなら、大魔法をみせるのが手っ取り早いと言っていたのは、エリオスが実証済みだったのか。
「先生の言い方では、先生は王権の正統性を疑っているように聞こえます。シュセイルの王は戦神の御印を受け継いだ者。戦神の御印ではないなら……最悪、不敬罪で捕まりますよ?」
セシル家は千年前から王家に仕える名家。家族になるかもしれない人が不敬罪で捕まるなんて、面倒なことになったと言いたげなアルに、父さんはいたずらっぽい笑みを隠さない。
「ふふ、それは困る! だが、王家が戦神の末裔だということについては疑っていないよ。“光の神殿最高位神官儀礼書”には、『魔神との戦いに備えて、風神は戦神に風の権能を返上した』と書かれている。風神は戦神に還ったんだ。シュセイルに生まれる子供が風か火属性なのも、戦神が風の権能を取り戻したからだよ」
漠然と、戦神は火と風を操ると覚えていたけれど、そういうことだったのかと得心した。ただ、大きな疑問が残る。
「戦神自身の御印はどこへいってしまったの? 翼と同化したの?」
私の疑問に、父さんは微笑ましげに頷いた。
「戦神の御印とは、神話の終わりに戦神が失ったもの。戦の神に相応しい戦いの象徴。建国王エリオスの時代から歴代の王が探し求めた神器。――私のような不敬な説を唱える研究者が、王宮の書庫に出入りを許されているのは、それを探すためだ」
ふと、父さんは顔を上げて飲み終わったティーカップを私に差し出した。よくわからないまま、受け取って矯めつ眇めつ眺めてみる。アルとヒースも私の手元を覗き込んで、おそらく同時に思い至った。
ティーカップに描かれているのは、剣を咥えた銀竜の紋章。銀竜は銀髪が多い王家を表す。シュセイルの王は、剣を取り最前線で戦う戦神の末裔。つまり……。
「“剣”こそが戦神の証。神剣の探求が戦神の一族に課せられた命題なのだよ」
遠くない未来、この日のことを思い出すだろうという予感があった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます