11

「部屋は広くて豪華で快適なんだけどさぁ……やることなくて寂しいんだけど!!」


 寄木細工の内装に、クリスタルのシャンデリアが燦然と輝き、ふっかふかの絨毯が敷き詰められた豪華絢爛なロイヤルスイートに悲痛な叫び声が響く。

 黄金の猫足のソファには、高名な彫刻家の作品かと見まごう美男子が項垂れている。最高の部屋を独り占めしておきながら、随分と我儘な感想である。


「景色を楽しもうにも、この時期は日が落ちるのが早いから、外はもう真っ暗で何も見えないし、専用の展望台で星を眺めても僕ひとりだなぁって思ったら余計に寂しくなってくるし!! 道理で、フィリアスにチケットを頼んだ時に『ひとりでいいんだな?』って二回も聞かれた筈だよ。ここしか空いてなかったから仕方ないけどさぁ……」


 高そうなつづれ織りのカバーが掛けられたクッションを抱きしめながら、ヒースは切々と訴える。

 ……まぁ、確かに白夜の夏なら夜遅くまで雄大な景色を堪能できただろう。この時期に豪華列車のロイヤルスイートを予約する人は滅多にいない。フィリアスももう一回ぐらい確認してあげれば良かったのに。


「君だけ、後の列車にすれば良かったじゃないか」


 鬱陶しそうにアルが呟くと、ヒースは大仰に嘆いてみせた。


「ほらー! 先生聞きました!? この子、すぐこういう事を言うんですよ!」


「チクるな。先生を勝手に先生って呼ぶな」


「ええー……じゃあ、お義父とうさん?」


「は?」


 急に下がったアルの声音に、父さんが激しく噎せた。私は父さんの背中を軽く叩きながら、ひっそりとため息をつく。


「大体さぁ、ベッドふたつあるんだから、アルもこっちに泊まればいいのに!」


「……よくないし、嫌だよ。何が悲しくて彼女を放って、従兄弟いとことロイヤルスイートに泊まるんだよ。馬鹿じゃないの」


「私のことはお構いなく」


「セラもそう言ってるじゃないか!」


 許可を得た! とばかりに、肩を抱くヒースの顔面にアルは無慈悲にクッションをフルスイングする。ヒースも負けじと持っていたクッションでボスッとアルの後頭部を殴る。


「こらこら、君たち。埃が立つから枕投げは後にしなさい。……君たちを見ていると、レグルスとサフィルス殿下を思い出すよ」


 乱闘に発展しそうになったところで、紅茶をすすりながらのんびりと父さんが窘める。

 父さんの口から飛び出た意外な名前に、ヒースは振りかぶったクッションをぴたりと止めた。


「先生……僕の父上をご存知なんですか?」


「うん? おや、言ってなかったかな? 私とレグルスとサフィルス殿下は同級生だ。殿下の結婚式に呼ばれてレグルスと一緒にローズデイルに行ったことがあるよ」


 レグルス・セシル伯爵と同級生だったのは知っているけれど、前クレンネル大公サフィルス殿下まで、一緒だったとは私も初耳だ。アルは知っていたのか驚いた様子は無く、ヒースのクッションを警戒しながら澄ました顔で紅茶を飲んでいた。


「二人は仲が悪かったの?」


 私が尋ねると、父さんは首を横に振り、優しく目を細めた。


「いや、良好だったよ。二人共見目麗しいから、太陽と月のようだと並び称されていたね。サフィルス殿下は二つ下の学年にいらっしゃった王太子殿下に着きっきりだったから、我々よりもそちらと過ごす方が多かったね。とても明るく社交的で、時々私たちが驚くような事をしでかす愉快な方だったから皆に好かれていたよ」


 ヒース君を見ていると思い出すよ。そう結んだ父さんの言葉に、ヒースは眩しそうに微笑んだ。


「そうですか。僕が物心ついた頃にはもう父は自力で歩くことができませんでした。元気そうな姿なんて、ほんの数回しか思い出せません。でも……父上にも、そんな時代があったのかと思うとホッとします」


 ヒースの父君、サフィルス・イーディア・クレンネル前大公殿下が“予言者の瞳”という魔眼の持ち主だったというのは有名な話だ。その予言の力でシュセイルに多くの勝利をもたらし、国王陛下の相談役として王宮で絶大な権力を振るった。


 けれど、サフィルス殿下の魔眼は使えば使う程に、その命を削る諸刃の剣だった。王位継承争い、アルディール戦役、ローズデイル大公国独立騒動と魔眼を酷使し続けて、ヒースが十三歳の時に亡くなったそうだ。


「私が知っていることはそう多くはないが、この旅の間は殿下の武勇伝を聞かせてあげよう。そうだな……リブレアスタッドに手負いの竜が落ちてきた時の話なんてどうだい? それから、レグルスの結婚の話もしないとね!」


 父さんがぽんとヒースの肩を叩いた瞬間、金色の光が弾けて、その手はバチンと弾かれた。


「父さん!」


 私が咄嗟に父さんの背中にしがみ付いたので吹き飛ばされることは無かったけれど、衝撃の余波で天井のシャンデリアがシャラシャラと揺れる。


「またか? 一体どうなってるんだ?」


 金色の光をまともに見てしまったのか、アルが目をこすりながら舌打ちする。


「また、って前にもこんなことがあったのかい?」


 父さんは未だ背中に抱き着いたままの私を振り返って問う。カクカクと頷く私を見て、眉根を寄せた。


「……ヒース、大丈夫?」


 俯いたまま自分の左手の甲を押さえるヒースに声を掛けると、彼は小さく頷いた。


「大丈夫……ありがとう。体調はすこぶる良いんだ。怖いぐらいに。でも……先生、先生は魔法の専門家じゃないけど、御印みしるしのことならよくわかりますよね?」


 顔を上げたヒースは、いつになく真剣な表情で、父さんに左手の甲を掲げて見せる。普段は隠蔽魔法で隠されているその御印は、今は淡い金色の魔力光を帯びていた。


「教えてください。この白薔薇は本物なのか、それとも偽物なのか。何故、僕は魔法が使えないのか。僕の身に何が起きているのか。これは魔法なのか……どんな小さな事でも良い。教えてください!」


 白薔薇と称するには随分と黒ずんだ灰色の薔薇に、父さんは痛ましげに顔を顰めた。


「……まずは、前回の事件について聞かせてくれるかい?」


 促されて、ヒースは先日の魔力測定で起きた事件の詳細を父さんに話すことになった。

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