Ⅱ 車窓の狼
8
冬期休暇初日の正門前は、乗合馬車を待つ生徒たちが列をなしていた。馬車といっても、この時期のシュセイルでは車ではなく屋根付きのソリを使うのが主流だ。そして、ソリを引くのも馬ではなく竜である。
ソリの下部にあるブレードに風の魔石が練り込まれていて、雪に沈まないようにできている。街は龍穴の上に在るので、街々を繋ぐ街道が魔力の通り道、龍脈になっている。街道を行けば、魔石の魔力が切れることはない。
フィリアスの指輪のような高級な魔石じゃなくても魔力は充分間に合うし、六人乗りなら竜一頭で引くことができるので、冬期の手軽な移動手段になっている。
私たちオクシタニア方面に向かう四人は、今日の夕方に王立学院駅を出発する特別急行列車に乗る。列車の発車時刻に確実に間に合うようにと、早朝から行列に並んだ甲斐あって、さほど待つことなくソリに乗り込むことができた。
私たちが乗ったのも、シュセイルに古くから生息している雪羊竜が引くソリだった。
雪羊竜は灰色のもこもこの被毛で顔から尻尾まで覆われた草食竜で、春になると羊のように毛刈りをすることで有名である。刈り取った毛から作られる毛織物はとても暖かく、農閑期の重要な産業となっている。
遠くから見ると巨大なモップが歩いているように見えるので、初めてシュセイルの冬を経験する人は驚くだろう。寒さに強く力持ちで、とても大人しい竜種だ。
街に着いたらモフらせてもらおうと心に決めた私は、御者さんの隣の席に陣取り、走るたびにふよふよと風に揺れる竜の耳を見つめていた。……なるべく背後のやりとりから目を背けて。
「なんでヒースまで一緒なんだよ……」
「そりゃあ、もちろん! 君らを邪魔するためさ!」
努めて意識を遠くに飛ばそうとしていたけれど、嫌でも不穏なやりとりが聞こえてくる。なんだか前にも同じようなことがあったような?
となれば、この後のアルファルドの反応も大体予想がつく。騒ぎ出す前に嫌々振り返って彼の袖を掴めば、やんわりと大事そうに手を握られた。
「止めないでセラ。今日という今日こそ、コイツを埋めてくる」
「御者さんにご迷惑がかかるからやめようね」
「……チッ、命拾いしたな」
春に解凍されて出てきても困るし。という余計な一言を飲み込んだのは褒められるべきだと思う。
「わぁ……悪い顔。セラー! 今のアルの顔見た!?」
「やめろ! 触んな! セラに話しかけるな!」
頼むからこっちに話を振らないで、勝手に喧嘩していてほしい。
「はぁ~……仲いいわねアンタたち」
ドタバタ暴れている二人をジトッとした半眼で睨みながらアンジェリカが口を挟むと、アルは盛大に顔を引き攣らせた。ああー……ここでアンの参戦はキツイ……。
「このやりとりの何処を見てそう思うんですかね?」
「あらぁ、人間嫌いのアルファルド君には嫌味なんてわからないかしら~? もっと人付きあいをお勉強なさったら~?」
「僕が人付き合いを覚えたとしても、アンジェリカさんのご実家とは今後もお付き合いすることは無いと思いますので、成果をお見せできなくて残念ですね」
「こっちから願い下げよ!」
「まぁまぁ、二人ともその辺で。あ、そういえば、エリーにクッキー貰ったけど食べる?」
「「食べる」」
オクシタニアに着く前に私の胃に穴が開かないことを祈る。
***
リブレアスタッドは“本の街”の名の通り、古くから学院生のための街として栄えた。シュセイル横断鉄道の駅名が王立学院駅なのも、それが理由である。シュセイル王国のほぼ中央に位置するため、街道が通り鉄道が敷かれてからは交通の要所として更に発展した。
学院の冬期休暇が始まるこの時期が最大のかき入れ時で、街中の商店が大々的に売り出しをする。そのため、特売を目当てにやってきた旅行者や、帰省する学院生たちで賑わい、お祭りのようになるらしい。
そんなわけで、私はアンの買い物に付きあうことになった。やたら顔の良い男二人は悪目立ちするので喫茶店に置いてきた。夏の事件の時にお世話になった縁で、今ではすっかり喫茶店“星のとまり木”の常連になっている。
市場で家族へのお土産を買って、高級ブティック街で服やら帽子を買い込んで、いつの間にか私もアンも両手に大量の紙袋を抱えていた。そろそろお昼になろうかという時間だったので、ショウウィンドウをちらちらと横目に見ながら、待ち合わせの喫茶店に向かう。
「たくさん持たせちゃってごめんね。安かったからいっぱい買っちゃった。セラも何かお買い物したいものがあったら、遠慮無く言ってね!」
申し訳なさそうにアンが眉尻を下げるので、私はこのぐらいなんでもないと首を振る。騎士になったら貴婦人のエスコートもするし、いい練習になると私から荷物持ちを申し出たのだった。
「大丈夫だよ。私もお会計待っている間に、お菓子をたくさん買ったよ! 列車の中で食べようと思ってね!」
そう言って、大量のお菓子が入った紙袋を見せると、アンは安心したように笑顔を見せた。ケーキ屋さんで今の時期限定のイチゴのお菓子が売っていたから、たくさん買っちゃった。皆で食べればすぐなくなるだろうと思っていたけど……そうか、今回は四人なんだ。
「……この次は皆で一緒に来られるといいね」
こんなことを言ったら、退屈だって言っているみたいじゃないかと、口に出してしまってから少し後悔したけれど、アンは気にした様子は無く満面の笑みで頷いた。
「そうね! セラたちにばかりイチャつかせられないわ! たぶん皆、夏の闘技大会に出るだろうから、ライルも呼んで二次会しましょうね!」
「うん! 楽しみにしているよ!」
アンの恋人ライルは、『ディーンとの決着がつくまでは馴れ合うつもりはねえ!』と、また編入を断ったそうで、半年後に行われる全国闘技大会に向けて鍛錬に励んでいるそうだ。前よりも頻繁に手紙をくれるようになったと、アンが喜んでいた。
その
第五騎士団所属のヴェイグ兄さんも彼らに付いて首都に行くそうで、『今年の冬休みは帰れない。両親によろしく』と手紙とお土産を預かっている。
一緒にオクシタニアに行って、卒業後に住む物件を見て回った方がいいのでは? と伯爵から招待されていたラヴィアとレナリスは、今回は学院に残ることになった。
レナリスの腕は、リハビリでだいぶ動くようになったが、寒さで酷く痛み、長い移動に耐えられそうにないとのことだ。
ラヴィアも、『レニが心配だし、今後の処遇については伯爵様に委ねているので、お任せします』と言っていた。静かな学院で二人でゆっくり過ごすのも悪くないと笑っていたので、私たちも強く誘うことはしなかった。
――冬休みが終ったら、私たちは学院の最終学年となる。
騎士を目指す者、家業や領地を継ぐ者、結婚する者、進学する者……皆それぞれの将来に向けて動き出している。卒業後は皆バラバラになってしまうだろう。
特に王族の二人は、本来なら言葉を交わすことも無い雲の上の人たちだ。近衛騎士団にでも入らない限り、二度と会えないかもしれない。
学院に入って、狼の獣人のままの私を受け入れてくれる友人にやっと出逢えた。皆には夢を叶えて欲しいけれど、少し寂しいと思う私は我儘だろうか? まだ一年あるというのに、今からこんなことを考えるなんて。
ぱらぱらと降り始めた雪が赤い煉瓦の歩道を白く覆っていく。マフラーの中にひっそりと吐いた吐息は白く、モノトーンの世界に溶けて消えた。
賑わう街の中心部から少し離れて街の東方面にしばらく歩くと、街角に佇む喫茶店の看板が見えた。
営業中と書かれた星型のランプが暖かなオレンジ色の光を灯して、寒さに凍える客を店内に誘う。結露で曇った窓からは店内の様子はわからないが、あの二人は大人しくしているんだろうか?
扉につけられたベルがちりんと鳴って、カウンターの向こうで新聞を読んでいたマスターが顔を上げる。
「いらっしゃい。……待ち合わせかな?」
マスターは私の顔を見て、カウンター席の客に問う。
マホガニーのカウンターに杖の持ち手を引っかけて、高椅子に腰かけるのは、上品なツイードジャケットを着こなした黒髪の紳士。読んでいた本をぱたんと閉じて、こちらを見る瞳がいたずらっぽく微笑んだ。
「久しぶりだね、セラ。元気そうで何よりだ」
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