5
少しの希望と多くの諦めを持って、彼は毎年その場に立つ。
けれど、属性を表す筈の水晶玉は小指の爪ほどの光も宿さず、魔力量を示すガラスの筒は残酷なまでに無色透明で、彼に魔力は無いと断言する。
今代の白薔薇も偽物だと囁く雑音を振り切るように、故郷に帰って家族と静かな冬を過ごす。それが、彼の冬だった。
「これ、光って……ど、どうしよう?」
皆が茫然と水晶玉を見つめていた。灯りを消して暗くなった教室内で、水晶玉はヒースの手の中で確かに金色と赤色の光を宿していた。
「スタン、私には金と赤に見えるわ」
「私にも同じように見えます。光を表す金色と、火を表す赤色。……彼の白薔薇の
サヴィナ先生とマレク先生は何かを示し合わせるように頷いた。ヒースはすっかり狼狽して、今にも水晶玉を取り落としそうだ。
「せ、先生? 僕はどうすればいいんですか? 魔力量は?」
「ああ、そうでした。水晶玉を元の場所に戻してちょうだい。そのままじっとしていてね」
言われたとおりに、ヒースは震える手で水晶玉を元の台座に戻した。ヒースが筒の中央に立つと、先程と同様にサヴィナ先生がガラスの表面に触れる。水晶玉に宿った光は極僅かなものだったので、誰もが油断していた。
突如、ヒースの足元から勢いよく金と赤の光が立ち昇り、天井を貫いた。分厚いガラスの筒に金色のひびが入り、内側からガシャーンと大きな音をたてて弾け飛ぶ。
破片が散る瞬間、アルが私を、マレク先生がサヴィナ先生を風の盾に庇い、爆風が教室内を駆け抜けた。
「……皆、怪我は無い?」
ヒースはガラスがはじけ飛んだその場に座り込んで、不安げに辺りを見回す。全員の無事を確かめて、安堵したように膝を抱えて俯いた。
今の爆発で教室のカーテンと窓が吹き飛んでしまい、騒ぎを聞きつけた人たちが廊下に集まってきたのか、ドアの向こうにバタバタと複数の足音が聞こえる。
「このことは、学院長に報告します。君たちは、今見たことは決して口外しないように。いいですね?」
マレク先生の言葉に、私たちはただ頷いて、急いで割れた窓から外に出た。
とりあえず、午後の実技試験に備えて昼食をとることになったけれど、その間ヒースはずっと上の空で、自分の左手の甲を見つめていた。
***
砂を噛むような気まずい昼食が終わると、待ちわびた実技試験だ。
運動着のまま訓練場に行き、普段の訓練や自主練で使っている小闘技場に向かう。ここは、以前ヒースと決闘した闘技場でもある。各々準備運動の後、まずは体術の試験を受ける。
正直、先程の事件の衝撃が大き過ぎて、ほとんど内容は覚えてない。試験は試験官の前で二人一組になり、いくつかの格闘術の型を披露してあっさりと終了した。特に問題無くパスして更衣室に向かう。防具を装備したら、今度は隣の大闘技場で剣技の試験だ。
普段の訓練では身体の動きを確認しやすいように革製の軽い装備だが、試験の時だけは鋼鉄製の鎧で、兜や具足までしっかりと装備する。当然、ひとりでは着られない。
「よーし、後ろしっかり留めたよー」
「ありがとうマヤ。君の方も確認しようか?」
「うん。よろしくー」
最近よく話をするようになった、騎士科のマヤはユキヒョウの獣人だ。私が毎月満月の日になると具合悪そうにしているのを見て、もしかして獣人ではないかと声を掛けてきたのだ。
ネコ科は群れずに単独行動を好むと聞くし、ひとりの男を奪い合うと聞いていたから警戒していたけれど、私が狼だと知った途端態度が軟化したので驚いた。私がネコ科だったらこんな風に話をしたり手伝ったりしてくれなかったかもしれない……。
そんなマヤの手を借りて準備を整え、戦場となる大闘技場に入った。試合用とはいえ白銀の鎧兜に身を包んだ生徒が一堂に会する様は壮麗だ。私が無事に騎士になったら、こんな光景も見慣れるのだろうかと思うと、気持ちが奮い立つ。
試験が行われる大闘技場は四分割されて、それぞれの会場に審判をする教官が三人ついている。普段の訓練の成績順に呼ばれ、青か赤の腕章を渡される。
私が呼ばれたのは入口から手前の会場だった。受け取った青の腕章を巻きながら前の組の試合が終わるのを眺めていた。
気持ちを切り替えなくてはいけないと思いながらも、ちょっと手持ち無沙汰になると思考は先程の事件に引き寄せられてしまう。
さっきのアレは一体何だったのだろう?
太陽と光の神クリアネルの
ヒースもアルも気付いていて、黙っているのだろう。
去年までと何が違うのか。去年は無くて、今年は在るもの。――私の存在だ。
『どうせ機材のトラブルでしょ。期待はしてないよ』
そう言ってヒースは笑うけれど、その声にはいつもの明るさはなかった。賢い二人のことだから、気付かない筈がない。きっと、気付いていながら私に過剰な期待と重責を掛けないように口を噤んでいるのだ。
だって、期待するに決まっているじゃないか。千年の憂いに、ほんの一瞬晴れ間が見えてしまったのだから。分厚い雪雲の向こうに見える太陽に憧れないでいられるだろうか。
唐突にドスッと兜が重みを増して、何事かと振り返れば見知った二人の姿があった。試合が終わったのか兜を外して小脇に抱え、胴鎧の留め金を緩めている。
「よ! 何暗い顔してんだよ」
ぐりぐりと兜の上から頭を撫でられて思考がガラガラと揺れる。こんなことをするのは父さんの他にひとりしかいない。
「あーもう! 仔犬扱いするなー!」
手を払おうと彼の腕を持ち上げようとするけど、大きな掌でしっかりと兜を掴まれていてなかなか剥がせない。傍から見たらじゃれつく仔犬の頭を父犬が抑えているような感じだろうか。周囲から笑い声が聞こえる。
「放してやれ。ディーン」
笑いを噛み殺しながらフィリアスがディーンを窘める。赤銅色の髪に空色の瞳のフィリアスと、銀髪に空色の瞳と褐色の肌のディーンが異母兄弟であることは、ごく一部の親しい人しか知らない。普段は全然似てないなと思うけれど、こんな風に笑っていると目元がそっくりで、やっぱり兄弟なんだなぁと思う。
「なんだよ、緊張してんのか? 試験でそれじゃあ先が思いやられるな」
「違う! 脳筋の誰かさんと違って、私にも悩みはあるんですー!」
「お前にだけは脳筋って言われたくないけどな」
「どういう意味だそれはー!」
「安心しろ。騎士科は大概脳筋だ」
この中で一番冷静と思われるフィリアスがそう
「顔が強張っているぞ。もっと肩の力を抜け。成績は勝敗だけでは決まらない。剣技の基礎ができているか、常に攻めの姿勢でいるか、戦況を見極め対策を練ることができるか、なんていうのも細かく採点されている。あまり勝ち負けに拘り過ぎないことだ」
「いつも通りにやれば大丈夫だ。追試になったら鍛錬に付き合ってやるよ」
「追試とか縁起でもないから……」
ディーンはともかく、今日はフィリアスが随分と優しい。私はそんなに酷い顔をしているのだろうか? グローブをはめた手で頬を揉み解していると、フィリアスは少し屈んで声を潜めた。
「試合が終わったら、君も早く見に行った方がいい」
「え……?」
ぽんと私の肩を叩いて、フィリアスは一早く闘技場を後にした。
呆気に取られる視界の端に、一番奥の会場で試合を終えたヒースの姿を捉えた。ディーンが気付いて手を振って呼ぶと、ヒースも笑顔で応じる。その笑顔に、先程の憂いは見えなかった。
「頑張れよ。また後でな」
またボスッと私の頭に手を置いてから、ディーンとヒースも闘技場を出ていく。また後でなって、何があるって言うのだろう?
前の試合が終わり、ついに私の番が来ても疑問は晴れなかった。
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