ざまぁ勇者は過去に戻ってやり直す

あさがおの雫

短編版

ざまあ勇者のやりなおし


「どうしてこんなことに……」



 俺は、王城の地下にある薄暗くジメジメした牢屋で、体育座りをしながらつぶやいた。



「いや、分かっていたんだ。だけどそれが認められなくて……」



 そうして俺は、昔の事を思い出していた。






 15歳の成人の儀式で『力の勇者』の称号を得た俺は、1年の修業の末、国王に勇者認定を受け、聖剣アスカロンに認められて所持することになり、その功で勇者パーティを組むことになった。


 リーダーは勿論『力の勇者』の俺。


 凄まじい剣技を持つ『技の剣聖』ミーリア。


 5種属性の魔法を操る『五色の賢者』メリル。


 耐久力で前線を支える『盾の聖騎士』シータ。


 回復サポート魔法に長ける『癒しの聖女』レティ。


 そして、レティの幼馴染で役立たずと思っていた『調教師』のジーク


 俺の居た国で、同年代の優秀な面々が集まったパーティだった。


 ただ、ジークに関しては、レティの要望でパーティに入った為に、お荷物としか思えなかった。

 実際、当時は弱かったしな。パーティに居た頃は、1人では低ランクの魔物を倒すのもやっとって感じだった。

 調教師としての能力は、動物をテイムして偵察したり、荷物持ちにする位で、強い魔物はテイムできない様だった。

 個人の強さも、『調教師』としての力もギルドの冒険者以下の彼がこのパーティに必要とは思わなかった。

 そして何より、レティの気持ちがジークに向いているのが気に入らなかった。




 勇者パーティの仕事は、ギルドの冒険者では歯が立たない魔獣退治や、ダンジョン踏破が主で国が依頼してくる。

 俺達は次々と依頼をこなしていき、俺は有頂天になっていった。俺なら何でもできると慢心していたな。


 依頼をこなしていく内に強い魔物や複雑なダンジョンで、ジークは戦闘の邪魔になり怪我する事も多く、レティ以外のパーティメンバーに不満が溜まっていった。


 そして、パーティ結成から2年後、とうとう不満が爆発した。


 たしか、高難度ダンジョンを攻略に向かう前日、最寄りの町で



「ジーク。今日限りでパーティを抜けて貰う」



 俺はジークにそう宣言した。ジークは信じられないような顔をしながら



「そんな! 今まで頑張って来たじゃないか。それなのに追放だなんて」



「明日から行く高難度ダンジョンに付いて行くのは無理だと判断した。そしてこれからはもっと難易度の高い依頼も受けなければならない。パーティ内で死人が出ては困るんだよ」



 最近はジークの回復でレティに負担がかかっていたし、居なくなると負担が減ると思っていたなぁ

 それに、最近は、レティがジークを回復しているときに見せる、心配を通り越して辛そうな顔をレティにさせるジークに怒りを覚えていたのもある。ゆえに



「そんな。なあレティ。僕はパーティを抜けたくないんだ。ずっと一緒に居ようって約束したじゃないか」



 そんなジークの問いに



「ジーク。ごめんなさい…… もう、あなたを回復するたびに、いつか死ぬんじゃないかって不安で仕方ないの」



 と言っていたっけ。今にして思えば、レティはこの時にジークと一緒に抜けてしまえば、あそこまで苦悩する事にはならなかったのにな。

 今はジークと一緒に幸せに暮らしているのだろうな。いや、ジークの所はハーレム状態だったから別の苦悩をしているかもしれないな。


 ジークは、レティの発言を聞いているうちに顔を青くして絶望したような顔になっていった。



「レティ…… わかった。今日でパーティ抜けるよ。今までありがとう」



 そう言って、立ち去ろうとするジークに、金貨が数枚入った袋を投げ渡す。



「餞別だ。持っていけ」



 ジークは、咄嗟に袋をつかみ取り、悔しそうな顔をしながら一瞬躊躇した後、懐に袋を入れてこの場から去って行った。

 その時の、レティやメリルの表情も見やしないで、俺は素直に役立たずが居なくなると喜んでいた。




 そして、ジークが居なくなって、能天気な事にレティを落とせる可能性が上がったと、喜びながら挑戦した高難度ダンジョン踏破は、物の見事に失敗した。

 まあ今ならわかる。ジークが居なくなって、辛うじて有った斥候能力が無くなった為だ。

 対処は斥候能力の有る人物をパーティに入れれば良いだけだが、当時の俺はバカだった。

 パーティの戦闘能力が足りないと思い込み、戦闘職ばかりパーティに入れていた。ホント、バカだな俺。

 その後、討伐依頼はそれなりに成功していたが、ダンジョン踏破は失敗続きで、俺のパーティの評価は下がっていった。



 パーティの評価が下がるにつれ、俺は荒れて行った。言動は乱雑になり、些細な事で怒る様になった。

 他のメンバーにも、好きだったレティにすら八つ当たりした記憶がある。



 そして、とうとう、ダンジョン攻略中にシータが膝に矢を受けてしまい、その怪我が悪化して戦闘が出来なくなり、パーティから抜けることになった。

 風の噂で彼女は今、王都でパン屋をしていると聞いたなぁ。料理下手だったのに頑張ったのかな。


 そのころからか、冒険者ギルドの特級冒険者、調教師ジークの噂を聞き始めたのは。

 曰く。吸血鬼と龍人をテイムした。どこどこの高難度ダンジョンを踏破した。災害指定の魔物を1パーティで討伐した。などだ。


 当時は、そんな噂を聞いても、他人だろうと思っていた。ジークなんてありきたりな名前だしな。

 だが、そんな期待は、王都で行われた武闘大会で粉砕された。

 通常枠で出場していたジークは、次々と対戦相手を負かしていき、俺はジークと本戦の三回戦で対戦することになった。

 対戦前に散々ジークを馬鹿にした挙句、結果は惨敗。碌に良い所も見せられず俺は気絶して負けてしまった。

 俺はそれに納得できず、ジークにインチキだズルだと罵詈雑言をかけたなぁ

 いや、あれは初見殺しだ。見えない衝撃波で吹っ飛ばされるとかわけわからん。

 結局ジークはそのまま優勝していたな。どうやら、追放した後に新しい能力を得たらしい。


 この一件で、俺はさらに荒れて、ジークに対する敵愾心で一杯になっていた。

 だからだろう。レティはジークの元に行き、ミーリアは俺に愛想をつかしてパーティから抜けてしまった。

 恋していたレティが抜けるときは、かなり往生際が悪かったからなぁ。あれじゃ見限られて当然か。


 だが。メリルだけは、こんな俺に付いてきてくれていた。


 荒れに荒れ、ジークに対して殺意迄覚えていた俺のパーティに入るのは、ごろつきの様な奴らばかりになった。

 その内街にいられなくなり野盗の様な生活の中、メリルがごろつきどもに何をされていたか理性を失っていた俺には知る由もなかった。

 メリルには、どれだけ謝っても足りないだろう。あいつもとっととミーリアの様に愛想つかせて去ればよかったんだ。ちくしょう。



 そして、ジークは、実績を重ね王国最強パーティとして新たに勇者認定されていた。

 

 野盗と化した俺は、そんなジークを妬んで襲撃しあっさりと返り討ちに会い捕まってしまった。

 ここまで落ちても、聖剣アスカロンは俺に力を貸してくれていた。全くこの聖剣も人を見る目が無いな。

 俺は捕まったが、メリルに聖剣アスカロンを預けて逃がすことは出来た。それが最善か分からないが、もう俺に関わらずに生きて欲しい。まあ、それも明日までか。








 翌日、王都の中央広場に俺は連れ出された。これから俺は偽勇者として、そして勇者ジークを襲った野盗として公開処刑される。

 中央広場が一望できる位置にギロチン台、それを取り囲むように民衆が俺を罵倒する声が聞こえる。


「これより、偽の勇者アリエスの処刑を行う……」


 なにやら、俺の罪状を言っている様だが、勇者認定したのは国王なのに偽認定するとか。

 結局、聖剣アスカロンが無ければ、俺は勇者じゃないってことか。

 まあ、捕まって牢屋に入れられて3か月程も経つ。入れられた当初は頭に血が上っていてジークの悪口や怨嗟の声を上げていた気がする。

 だが、何時だったか急に頭がスーっと冷えた感じがして、冷静になったら自分を客観的に見れるようになった。

 それから今日まで過去を振り返り自問自答の毎日だった。思い出すたびに自分の愚かさを理解してツッコミを入れて反省していた。

 本当に、何故、あそこ迄敵対心が膨れたのか分からない。


 そんなことを考えているうちに、俺はギロチン台に固定されていた。後は刃が落ちて俺の慢心と傲慢と嫉妬に満ちていた人生は終わりだ。

 そして、俺は俺の最後を見ている民衆を見渡す。憎悪と狂乱の合わさった目が俺を見ている。

 俺の目は有る所で止まった。変装しているが分かるあれはメリルだ!

 背に白い布を巻いた剣を背負っている。大きさから聖剣アスカロンに違いない。

 そして何を思ったのか俺の方に両手をかざし、魔法を発動させようとしている。魔方陣の輝きから攻撃魔法だろう。

 都市での許可の無い攻撃魔法発動は重罪だ、魔法陣に気が付いた民衆がパニックになり我先にと逃げていく。


 馬鹿やめろ! 俺を助けるために逃がしたんじゃない!


 魔法で口を封じられているのが口惜しい。隣で執行官らしい男から「早く執行しろ」と怒鳴っている。


 ゴーっと言う重い物が落ちる音と共に見たのは、剣先を胸から生やし、血を吐きながら魔法を発動するメリルの姿だった。



------



 『偽の勇者』アリエスと『闇の魔女』メリルが処刑され晒首にされてから半年が過ぎたころ、王国に魔王が攻め込んできた。

 勇者ジークが迎撃に向かうものの、魔王の闇の衣が破れずに敗北する。そのまま王国は、魔王に滅ぼされてしまう。

 首都の王城は魔王城となり数十年もの間、王国と周辺国は魔王の支配下に置かれていた。

 後に、闇の衣を消失させ魔王を倒し勝鬨をあげている勇者の右手には聖剣アスカロンが握られていた。




------



 俺は、気が付いたら真っ暗な空間に浮かんでいる? 手足の感覚どころか、視覚や嗅覚も無い。恐らく五感全ての感覚がなさそうだ。

 意識がはっきりしてくると、ここは死後の世界なのかと思い至った。

 ここからさらに地獄に落とされるのか。または、永遠にここに留まるのかは分からないが、俺の人生は後悔しかないなぁ。



「……エ ……ス」


 

 それにしても、メリルの奴、最後まで俺なんかの為に…… あれだと、多分一緒に死んだだろうな。

 俺のこと好きだったのかな? ジークに負けるまではレティしか目に入らなかった。

 そして、負けてからはジークの事ばかりで、メリルと話した記憶が殆ど無い。



「……リ ……エス」


 

 ホント俺はバカだった。死んでから気が付くなんて。とにかく、メリルには申し訳が無いし、自分の不甲斐なさが悲しい。

 目から涙が出る感覚がする。泣いたのは何時ぶりだろうか。



「……ごめん。ごめんな、メリル」



「アリ…… っつ! え? なに?」



 そして俺は気が付く、自分が涙を流していることに。そうすると、五感が戻って来た。閉じた瞼から光を感じるし、手足の感覚もある、どうやら、ふかふかのベットで寝ている様だ。

 地獄にしては、良いベット使っているなぁ。でもまだ眠いもう少し寝させてもらおう。

 ……と思ったが、俺の近くに人の気配がする。重たい瞼を開いて確認すると、そこには、顔を真っ赤にして口を手で押さえている天使メリルが居た。



「うん? ここは天国か? 天使が居る」



 天使メリルは、更に顔を赤くさせて



「て、天使って何!? 天国って何!? 寝ぼけてないで起きて!」



 天使はよく見るとメリルだった。顔立ちはあの時より若く見える?

 え…… メリルが居る? 目の前に? 死んだはずのメリルが?



「メリル!」



 俺は、衝動的に立ち上がり、呆気に取られているメリルを抱きしめた。

 メリルの体温を感じる。生きているのか?



「ちょ! い、いきなりなにを」



 喋ってる。生きてるよ! 俺は嬉しいやら悲しいやら感情が分からなくなり、泣きながら謝っていた。



「メリル! ごめん、ごめん、もう間違えないから」



「う? え? ど、どうしたのアリエス、ちょっとおかしいよ?」



 やっぱりここは天国だ! もう放さない。ずっとここでメリルと一緒に居たい。

 メリルと暫く抱いていると、最初はあった抵抗も今は抵抗はなく潤んだ目で俺を見ている。



「う~。 ア、アリエス私で良いの?」



「うん。メリルじゃ無きゃヤダ」



 思わず幼児言葉っぽくなってしまった。

 メリルは「そっか」と言って、つま先立ちになり上あごをあげ、目を瞑っている。

 あれ? これってキスの体勢? しちゃっていいの? いや天使メリルにキスって恐れ多いよ?


 とその時、勢いよく扉が開いて



「アリエ~ス! 何時になったら降りてくるのよ! 早くいかないとダンジョン行けなくなるじゃ…… な、い?」



 シータが俺達を見て、口を開けたまま固まっていた。

 そして目を開けたメリルが、ギギギと扉の方を見てシータを確認すると



「ああああああああ~!!!」



 パッシーンと小気味よい音が響き渡り、俺の左頬に痛みが走った。

 そして、口を開けている固まっていたシータの肩を前後に揺さぶって



「シータ! 貴方は何も見なかったの! そう言うことにしておいてぇぇ」



「メリル! 落ち着ついてよ! 分かったから揺らさないで!」



 痛っ! あれ? 痛い? 天国じゃない?? はっ。俺は叩かれたことで冷静さを取り戻したようだ。

 冷静になった頭でメリルとシータを見る。うん。メリル可愛い。じゃなくて。二人とも若く感じる。

 俺が死んだのは28の時だから、彼女達は10代後半に見える。うん? まだ夢の中か?

 変だおかしい、第一二人が一緒に居ること自体がおかしい。シータはパン屋をしているはずだ。




 見られたことに焦っているメリルをなんとかなだめて、一階に降りると食堂になっていて、テーブルの一角にミーリアとレティが居た。だが、ジークは居ない。



「遅かったわね。今日から高難度ダンジョン行くんでしょ? 足手まとい切ったからって張り切ってたじゃない…… なに? その手形?」



 ミーリアのセリフを以前の記憶に照らし合わせると、おそらくジークを追放した翌日なのだろう。

 ということは、このままダンジョンに行っても失敗することは明らかか。罠で乙る。 

 手形はご褒美です。


 さて困った、このまま行っても失敗する。かと言ってすぐに斥候役が入ってくれるわけもなく。

 冒険者ギルドで、冒険者を雇うか……。


 いやそれ以前に、この状況を理解しないとまずいか、恐らくだが過去に戻っている。

 しかし、何のためにこんなことをしたのか分からない。

 誰が過去に戻したかは、多分、以前のメリルが放った最後の魔法だろうか。

 魔法を発動する前に何か言ってたが、民衆の声が大きく聞こえなかった。読唇術も出来ないのでお手上げだ。

 仕方ない、分らないなら今の問題を解決することに尽力しよう。

 後は、前回の分も含めて一杯メリルを可愛がろう。甘やかそう。あ、でも俺なんかが可愛がっても良いのか?

 あ、しまった。さっき思いっきり抱いてしまった。ああ、謝ったほうがいいのかな……



「ちょっと、さっきから聞いてるの? アリエス大丈夫か?」



 あ、聞いてなかった。

 

 

「あ、すまない。考え事をしていた。もう一度頼む」



「本当大丈夫? まあいいわ。私達で話していたんだけど、今日は出発するの遅れたしダンジョン踏破は明日からにしない?」



 ミーリアが提案してきた。うん。出発を延ばすのは賛成だけど。問題は人員だよなぁ。今日空いたなら冒険者ギルドで探すのもありだな。



「分かった。出発は明日で構わないが。即席でいいからメンバーを加えたいと思う」



「え? 戦闘は私達で充分じゃ? 新しく入れる必要あるかな」



 俺の提案にシータが必要ないと言う。俺も前回はそう思ってたな。懐かしい。後、メリルがずっと赤い顔して俯いてて可愛い。



「ああ、俺も必要ないと思っていたが。一晩考えたら足りない役割があったのを思い出した」



「なにかあった?」



「斥候だよ斥候。ジークが拙かったが小動物使って索敵や罠感知してただろ。あれは俺達には出来ないからな。今から冒険者ギルドにでも行って出来る人を雇おう」



「斥候って必要なのかしら? それにそれならジークに戻ってもらうのも良いのでは」



 ミーリアがそう言いうが、ジークにはもう関わりたくないのが本音だ。だが、俺が否定するより早く



「ジークは駄目だよぉ。もう危ないの見ていられないの」



 レティが即否定していた。

 まあ、レティはジークの元に行きたいだろう。けど、ジークはいずれ強くなるから聖女の変わりが見つかるまでは外すわけにはいかないか。



「ああ、そうだな。ジークには悪いが、これからのダンジョンには付いて来られないだろう」



「うん。だから、私達だけで行こうよ」



「いや、斥候役を入れるのは確定事項だ。俺達でやれればいいが、今は斥候の経験なくて無理だからな」



 なぜか否定的なレティを除き、他の三人の賛成を得たので、冒険者ギルドに向かうことにした。





 冒険者ギルドに偶然か、前回はジークのところに居たエルフの弓使い、エミリアが居たのでダンジョン踏破手伝いの依頼をしたら、了承を貰えたので翌日出発する。


 前回は罠に苦しんだこのダンジョン。エミリアの罠感知と罠解除で危なげなく進むことができた。

 今までのジークに比べて、個の力も索敵能力も上、更に弓使いなので常に後衛で弓で支援してもらえるし、後方警戒もバッチリと文句ない仕事をしてくれた。

 おかげで俺達は、全力で戦うことが出来、無事以前失敗したダンジョンの踏破に成功した。


 思ったより相性が良かったので、エミリアに正式にパーティに入って欲しいと拝み倒したら了承してもらえたので助かった。

 了承した時のエミリアは、俺を見る目が潤んでいて顔が赤かったような気がしたが気のせいだろう。


 

 エミリアが加入したお陰で、討伐任務もダンジョン踏破も順調に成功することが出来た。前回はなぜ失敗したのか分からない位だ。

 そして、時が経つにつれ、レティが不機嫌になる事が多くなってきた。おそらくジークに会いたいのだろう。

 運よく、猫人族の見習い聖女のサラが、仲間になりたそうにこっちを見ていたので、彼女をパーティに加えてレティをパーティから外した。

 レティは不満そうにしていたが、ジークを探しに行くと言って去っていった。

 サラは、4歳年下で俺の事をお兄ちゃんと呼んで慕ってくれる。こんな俺でも慕ってくれるなら相応しい行動を心がけよう。だが嫁はメリルだ。



 そして、俺が前回の体験の中で注意していた、シータの離脱したダンジョン踏破の依頼が来た。

 心配していたが前回とは安定度が全然違う。前回、シータが怪我した時には、既にレティの魔力が枯渇していて回復魔法が遅れ、時間が立ちすぎて怪我が完全に治らなかった。

 それに問題の弓は何処から来るのか覚えていたので、俺が防いだし、もし怪我をしてもサラの魔力は十分だったし問題なかっただろう。

 だが、彼女のパン屋の夢を潰してしまったのかもしれない。怪我無く引退したら、シータは騎士団か近衛に就きそうだからなぁ。



 武道大会は正直ジークと戦いたくなかったし、俺の素の力で挑んでみたくなったから、武器は聖剣アスカロンではなく店売りの剣で出場した。

 結果。何とか本戦には出場できたが一回戦負けだった。まあ他の勇者も出場していてこの成績なら上等だろうか。

 大会後ジークから「なんで、ざまあしないんだよ!」と言われた。言葉の意味が分からないので、「それぞれの道で頑張ろう」激励したら怒られた。

 まあ。これから彼と交わることは、ほとんど無いだろう。


 それから俺は、ジークに敵愾心を持つこともなく、色々な依頼や事件をこなしていった。大変だったが仲間と一緒ならばそれもまた楽しいと思えた。

 それに、以前の俺の経験も役に立った。手遅れだった事件や依頼も以前の記憶で助けたり解決することが出来た。

 以前の記憶で死体で対面した人に感謝したりされると申し訳なくなる。前は助けられなくてごめんと。

 多分、仲間にも慕われていると思いたい。朝起きると隣でエミリアが寝ていたり、サラが頭を撫でられたそうにしていたりしているから大丈夫だろう?


 結局俺は、順調に『力の勇者』パーティの名声を上げながら、運命の俺の殺された日を迎えた。

 迎えた。迎えたんだよ。怖かったんだよ。死んじゃうかもって。

 何もなかったよ。その日は休日にしていて何気ない日常の一日だった。メリルは変わらず天使だった。


 これで俺が過去に戻った理由が分からなくなった。しかし、その理由を知る日が来る。


 俺が死んだ日以後も変わらず依頼をこなしていく日々。


 だが、半年後、魔王が王国に侵略し始めた。魔物の群れが王都目指して進んでいる。

 王都でおこなわれた作戦会議では、魔王には『最強の勇者』ジークのパーティが当たり、他の勇者は魔物の群れに対処する。


 俺のパーティは順調に魔物を狩り群れの数を減らしていた。だが、暫くすると、ジークパーティ敗退の報が入る。

 転移魔法で王都迄退却したらしいが全員重傷だそうだ。回復次第もう一度魔王と戦うらしいが、闇の衣というスキルによりダメージが与えられないらしい。

 絶望的な報告に諦めたくなる。それでも今まで魔物から守って来た王国だ。依頼で仲良くなった人も居れば、なじみの店の店員もいる。

 

 震える足に鞭打って、俺達は魔物を倒しながら魔王へと向かう。

 魔王の元に向かうと既に回復したジークパーティが戦っていた。

 やはり、闇の衣を突破することが出来ず防戦一方の様だ。


 俺達は無駄かもしれないが、ジークパーティの援護に向かおうとすると、聖剣アスカロンが光りだし、魔王の闇の衣を消し去ってしまった。


 唖然とする俺と魔王。そして、俺は知った。メリルが命を賭けて俺を過去に送り込んだ意味を。

 俺は聖剣アスカロンを構え戦いに参加したんだ。

 魔王は強く、ジークと協力しても戦いは長時間に及んだが、俺の聖剣で止めを刺すことが出来た。


 魔王討伐の戦勝パーティーを楽しむ仲間たちを見ている。皆楽しそうに笑っている。

 俺は、それがうれしくて、微笑みながらワインを口にしている。

 だが俺の役目はここで終わりだ、以前の記憶を持つ俺は消え、本来の俺が目を覚ますだろう。


 本来の俺は、メリルを愛してくれるだろうか。あれだけメリルは天使だと言っておけば大丈夫だろう。

 エミリアとサラは、本来の俺に任せるよ。魔王討伐の功績で俺は爵位を貰えることになっているから、後二人位側室に入れても大丈夫だろう。

 俺のパーティはこれで解散になるだろうから、皆自分の仕事を見つけてくれると良いな。

 ……段々眠くなって来たな。俺は以前のメリルに会いたいと思いながら側に有った椅子に座って瞼を閉じた。






























 て思っていたのが馬鹿らしいわ!

 うたたねしていたらしい。目が覚めたらメリルに膝枕されてたよ。思わずプロポーズしてしまった。

 目を見開いて驚いた表情から、はにかんだ最高の笑顔で「はい」と言われた時は死ぬかと思った。いや、尊死したよ。


 結局、本当の俺は出てこないまま月日は過ぎた。

 準男爵だと思っていたが、なぜか男爵の爵位を賜った俺は、メリルと結婚した。彼女は元々貴族令嬢だったから問題なかった。これが平民だったら第一夫人は難しかったらしい。

 エミリアとサラは俺の屋敷にいるが、まだ結婚はしていない。俺がメリルラブ過ぎて二人に悪いと思うからだ。

 でも二人は諦めてくれない。俺の方が折れそうだ。いずれ第二第三夫人になってしまうかもしれない。


 シータは、聖騎士を断って、パン屋をしたいそうだ。パーティに居た時からパンの修行していたからなぁ。以前は出来なかったから独立したら食べに行こう。今から楽しみだ。


 ミーリアは王国の近衛に就職したそうだ。元々騎士の出だったし当然だろう。たまに王城で出会うことがある。相変わらず真面目でそのせいで婚期を逃しそうだと嘆いていた。


 ジークも男爵を賜っている。どうもパーティメンバー全員と結婚したらしい。その中にレティも入っている様だ。

 また、ジークとは魔王戦の時に和解している。あの強さだ、本気で協力しなければこっちが負けていたよ。その点だけは魔王に感謝だな。

 あとは、王都のジーク男爵の邸宅と俺の邸宅が隣同士になったことだ。敷地は広いから問題ないと思ったが、たまに夜、音が響いてくる時がある。竜人の娘は声がでかい。





 俺とメリルは結婚式を終えてから数日後、邸宅の庭を二人で散策している。

 メリルが強請った目的地の人目に付かない小さな庭園につくとメリルは俺の方に振り向いて



「ねぇ アリエス。今幸せ?」



 俺は、ふと以前のメリルを思い出すが



「ああ、メリルと一緒になれて幸せだよ」



「そっか。なら、以前の私の分まで幸せになろうね」



 その言葉に俺は、メリルを抱き寄せ、長い長い口付けを交わす。


 すまん。第二第三夫人は当分先になりそうだ。

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