其の参拾壱
舞台中央で舞うレシアを囲うように、その場に辿り着いた者たちが目を向ける。
勝ち戦に酒を飲み出す者。陽気に笑う者。どうにか生き残った者。軽い怪我を負った者。大怪我を負った者。息も絶え絶えな者。今にも死してしまいそうな者……多く人々が各々の目を彼女へと向ける。
天性の才能を持つ……自然に愛され過ぎてしまったシャーマンの巫女を、だ。
レシア自身、身に付けている四聖獣たちから貰った宝具の力を借りていても……疲労困憊で十分に体を動かすのは困難だと理解している。それでも全力を見せつけるべく震える体に鞭を打つ。
夫が望んだから……全力を。最高を。
だからこそ見せなければいけない。彼の願いを叶える為にも。
手足を大きく動かし舞う巫女の踊りに……辺りの空気がひんやりとしてきた。
鎮魂の舞。
踊りで魂となった者たちを誘い自然へと還す神聖な踊りだ。
そして今日の彼女は全力であり、心がこもり過ぎているほどだった。
故に奇跡を起こす。そう奇跡だ。
後に巫女の全力の舞を見た者は口を揃えてこう言う。
『死んだ者に会った。もう会えないと思っていた人等に』
少しでも気を抜けばそのまま眠ってしまいそうなミキは、不意に呼ばれた気がして肩越しに背後を見た。
「……遅かったな? もう始まっているぞ」
背後に立つ者たちに声をかけて、彼はゆっくりと座っていた地面から腰を起した。
目の前に居るのは……ホルム。マリル。アムートとカムート。カロンとディック。ショーグン。そして果心居士と寄り添う女性だ。よくよく見ればそれぞれがそれぞれ誰かしらと一緒に居る。
「みんな……家族に会えたか?」
「ああ」
返事を寄こしたのはやはりと言うべきか、果心居士だった。
「ミキよ」
「何だ?」
「……足を止めよ」
禿頭の老人の声に、ミキは自分が歩き彼らの元に向かっている事実を知った。
「足が勝手に動くな」
「自覚が無いか」
やれやれと肩を竦めて老人が息を吐く。
「ならば歩くが良い。妻に負け、情けなく精進の道から外れることが出来るのならな」
根性でミキは足を止めた。
唯一にして絶対的に負けたくない存在……誰でも無い。それがレシアなだけだ。
故にミキは足を止める。大人しく負けを認めることなど出来ない相手だからだ。
「それで良い。それでこそ武蔵の……違うな。三木之助と言うべきだろう?」
果心居士の言葉に皆が釣られて笑顔を見せる。
誰もが家族や愛しい人と共に一緒に居て……悔いなど感じさせない良い笑顔をしていた。
「三木之助か」
言われて恥ずかしそうに頭を掻いたミキもその顔に笑みを浮かべる。
「みんな……悪かったな。こんな馬鹿げた騒ぎに巻き込んで」
深々と頭を下げミキは言葉を続けた。
「みんなには感謝することしか出来ない。だから誓うよ。これからはみんなの為にレシアに踊らせる日を作るってな。それで許してくれ」
笑顔の仲間たちからやんややんやと言葉が飛んで来るが、どれもが棘の無い優しい言葉だった。
本当に良い仲間に囲まれたのだと実感し、顔を上げたミキは……たった一人残っている少女と目が合った。
奇跡を体現し続けた少女は、そっと右腕を伸ばしミキの背後を指さした。
「迎えに行ってあげて……ようやく来たみたいだから」
笑って少女もその姿を消した。
ゆっくりと振り返ったミキは自分の目でそれを見た。
舞台中央のレシアを中心に、まるで蛍火が舞うかのように柔らかな光が乱舞しているのを。
それが何であるのか……シャーマンで無いミキにだって理解出来る。
一つ一つの光が天へと昇り還って行くのだから。
幻想的な光景に、夢の世界から戻って来た者たちが改めて舞台に見入る。
全力で舞い続けたレシアの踊りが終わろうとしていた。
そっと両膝を着いて体を逸らし両腕を天へと伸ばす。
立ち昇って行く光に逆行して……ゆっくりと舞い降りて来た弱々しい光をその手に受けたレシアは、そっと胸元に運んで呟いた。
『初めまして』と。
余りにも幻想的過ぎた光景に誰もが動けなくなっていた。
それでも唯一足を動かす者がいた。ミキだ。
真っすぐ舞台へ向かい歩き、そして彼は一段高い舞台に登り妻の元へとやって来た。
「……お疲れ様」
「はい」
そっと顔を上げた妻は……いつもとは違い何処か控えめな表情を浮かべていた。
「らしく無いな。どうした?」
「……疲れました」
「そうだな。ずっとだったからな」
「はい」
ミキとしては相手に対して『ずっと踊っていたから』という気持ちの言葉だった。しかし妻は違った。
「本当にずっとずっと……遠すぎです」
「遠い?」
「はい」
柔らかく笑う妻の表情に……ミキは過去を重ねた。
「ゆっくり歩いていればいつか追いつくかと思ってましたけど」
「……幸か?」
「はい。三木之助様」
微笑む妻は夫に向かい手を伸ばす。反射的に掴んだ彼は、自分の方へ彼女を呼び込んだ。
立ち上がり柔らかく抱き付いて来た"妻"に、流石ミキですら言葉を失っていた。
「ようやく貴方の元に来れました」
「……そうか」
「はい」
満面の笑みを浮かべて妻は夫に抱き付いた。
「でもとても疲れました」
「そうか」
「はい」
優しく抱き締め返し、ミキは彼女を柔らかく包む。
「……貴方にはもう相応しい人が居るみたいですね」
「済まない」
「良いんです。でも……私も貴方のことをお慕いしているのですよ」
「……済まない」
「ダメです」
クスクスと笑い妻が少女のような笑みを見せる。
「だから今度も貴方を愛して、そして困らせます」
「困らせる?」
「はい」
そっと腕を動かし妻は自分のお腹に手を当てた。
「しばらくはここで休んで……次に会う時は覚悟して下さいね。"お父様"」
「……分かった。存分に甘えると良い」
「はい」
咲き誇る花のような笑顔を浮かべ、妻が背伸びをして首に抱き付いて来る。
迎え入れたミキは……自身の唇に柔らかな感触を得た。
外野の騒ぐ声を無視して二人の時を過ごすと、ゆっくりと"レシア"が離れた。
「ミキ」
「何だ?」
「女の子です。名前はお任せしますね」
「決まっている。"サチ"だ」
二人で笑い合い、そしてまた口づけをした。
幸ある名前を娘に名付けて。
(C) 甲斐八雲
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