其の参拾
何とも言えない感覚に引き寄せられ、ガイル率いる戦士団は岩山へと到着した。
途中の柵など大半が壊され、何より数多くの死体がここで何があったのかを物語っていた。
警戒しながら進み続けると……彼らはそれを見た。
舞台上で艶やかに舞う一人の女性の姿をだ。
ただ舞台下の状況は惨たらしい。ファーズン兵であろう者たちの死体が転がっている。
大半が焼死体か、体の一部を潰された死体だ。
それを作り出したのであろう一人と一匹は、全裸の女性に手厚い介護を受け舞台を見ていた。
「ハッサン」
「おうガイル。遅かったな?」
「どうしてお前がここに居る?」
「ちょいとこの犬っころと仲良くなってな。で、一足先に嬢ちゃんの踊りを見に来たわい」
カラカラと笑う鍛冶屋の男は、至る所を怪我しているのかほぼ全身に布が巻かれていた。
隣に居る黒犬も同様に布が巻かれ、それを嫌そうに舐めながら舞台を見ていた。
「でその娘は何だ?」
「ん? おお。聞いて驚け。狼だ」
「……ボケたか」
「お前ほど耄碌して無いわっ!」
「あっ?」
戦斧を持つガイルの傍から仲間たちが静かに離れる。
巻き添えはごめんだとはっきりと理解出来た。
「信じられないだろうが、俺が助けた狼がこうして娘に化けたんだ。で、犬っころ共々傷の手当てを受けているって訳だ」
「……まあ良い。好きにしろ」
呆れながらガイルは周りに居る戦士たちに目を向ける。
だが誰もが魂を掴まれてしまったかのように舞台に目を向けて呆けていた。
「全く……嬢ちゃんの踊りをいきなり見ればああなるだろうに」
「こいつらの大半は初めて見るんだろう。仕方あるまい」
ガイルとて気を引き締めていなければ視線を外せなくなる。
それほどまで舞台上で舞う彼女の踊りは美し過ぎるのだ。
「それでハッサン」
「何だ?」
「ミキに会ったか?」
「……」
静かに頭を振る友人のようにガイルも深く息を吐いた。
自身が想像していたよりも激戦だったのだろう。岩山の左右はまだ地面から煙が立ちぼっているし、何より正面は死体の山だった。
一国のほぼ全兵力を相手に戦ったのだから……彼が死んでいてもおかしくはない。
そう思いながらもガイルは心の何処かで信じていた。自分の息子の無事をだ。
舞台上のレシアの踊りが不意に止まった。
膝に手を当て肩を大きく震わせて呼吸を整えている。
その様子にようやく呪縛から解き放たれた戦士たちが、辺りの状況を見て各々が行動を起こした。怪我人の手当てと敵兵に対してのとどめだ。
粛々と行動が成される間、舞台上のレシアは呼吸を整え顔を上げた。
「ミキっ!」
弾かれるように老人二人が視線を動かす。
岩山の隙間に引っかかった巨人の腕から解放されたミキは、友人の肩を借りて歩いて来る。
ボロボロのミキの隣で、ボロボロと涙を溢すマデイを見つめ……ガイルとハッサンは笑顔で二人の元に歩き出した。
「酷い格好だな?」
「……無理をし過ぎた」
「生きているだけでも奇跡だろう?」
「そうかもな」
苦しそうなミキの様子に、流石の二人も今ばかりは無茶はしない。
軽く青年の肩を叩いて労った。
「ミキっ!」
舞台を飛び降りて駆けて来たレシアに、彼は小さく笑うと口を開いた。
「レシアっ!」
「はいっ!」
「いつものを頼む」
「……」
相手の言葉に急停止し、レシアは胸の前で両手を上下に振るう。
ここは抱き付いてキスする場面ではとと言いたげな妻に……ミキは優しく笑った。
「今回はお前の踊りを見れなかったからな。最後に最高なのを頼むよ」
「……もう! ミキは!」
プリプリと怒りながらも笑顔で答えたレシアは、軽く息を吐いて歩き出した。
舞台とは違う方向……岩山の外に向かってだ。
「何処に行く?」
「外ですよ?」
「何故?」
「ここだと狭いじゃないですか」
笑いながら言葉を続けるレシアはとんでもないことを言い出した。
「それに"創造主"さんからご褒美を貰ったんです。だからそっちで」
「創造主? 褒美?」
「はい」
クスッと笑ってレシアは胸の前でパンと柏手を打った。
すると……激しく地面が震えだしたのだ。
「ご褒美は最高の舞台です」
それを見ていた者は口を揃えて言う。『地面が震えると突然これが土を破って出て来たのだ』と。
本来なら相手の正気を疑うだろうが、誰もがその場所に"舞台"など無かったことを知っていた。
何よりファーズン軍が築いた陣が崩れ去り、それを押し退けるように生じた真っ白な舞台なのだ。
早々に舞台の上に登ったレシアは、自分を見つめる仲間たちにお願いをする。
巫女の言葉に忠実に従う化け物たちが、舞台の周りに存在する邪魔のゴミを一気に運んで退かした。
「これなら四方どこからでも見えますよね?」
舞台上のレシアは上機嫌に辺りを見渡す。
最後の最後で最高の舞台を得た巫女は、大きく息を吸いそして吐いた。
「ミキ」
「……何だ?」
「見てて下さいね。最後まで」
「ああ」
今にも消えてしまいそうな夫の言葉を胸にしまい、レシアはゆっくりと両手を天へと掲げた。
「今日この地で失われたすべての命に自然の大いなる優しさを」
らしく無い口上を告げ、レシアは今日最後の踊りを始めた。
(C) 甲斐八雲
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