其の弐拾玖

 覚悟を決めたイマームとワハラたちの前でもそれが起きた。

 横合いからファーズンの兵たちに襲いかかる所属不明の男たち。その様子から戦い馴れした……強いて言えば戦士だと言うことがはっきりと分かる。


 各々が自分に合った武器を手に暴れる様子に、ファーズン兵たちは戦列を崩され一気に瓦解した。


「お前らはミキの仲間か?」


 片足を引き摺り歩いて来る老人にイマームは笑う。

 この戦場と言う場所に相応しい返り血塗れの老人の獰猛な笑みに、千人斬りの将軍ですら興奮を覚える。


「左様です。我々はアフリズム王国所属の者です」

「……そうか」


 変なやる気を放つ上司を部下たちに押さえつけるよう命じ、ワハラが老人の前に立った。

 どこかその気配が懐かしく思える相手に……ワハラは『失礼ながら』と前置きし、老人に自己紹介をする。


「自分はワハラと申します。貴方は?」

「俺はガイルだ。あの馬鹿を闘技場で育てた因果でここまで来たお人好しよ」


 振るった戦斧が逃げ遅れ襲いかかって来たファーズン兵の首を飛ばす。

 とても老人とは思えない恐ろしいほどの一撃だ。


「ここに居る者たちは?」

「東部の戦士団よ。あの馬鹿の呼び声に反応して揃いも揃って駆けて来た大馬鹿共達よ」


 豪快に笑いガイルと名乗った老人は戦斧を地面へと降ろす。


「で、遠くからやって来た俺たちを出迎えない馬鹿はどこに居る?」

「私たちも探している……出会えたら幸運と動き回ってはいたのですが」


 実際は上司の暴走でミキの存在などすっかり忘れて敵兵を斬りまくっていた。

 ワハラとしてはどうにか紡ぎ出した返答だったが、相手はその言葉を飲み込んでくれた。


「ならばあの馬鹿を探しに行くとするか」

「自分たちは」

「ああ。休むのなら東に向かえ」

「東?」

「俺たちの大将がそこに居るはずだ」

「……分かりました」


 ぎゃあぎゃあと騒いでいる上司をそのまま引き摺らせ、ワハラたちは東部の戦士団が作った躯の道を抜けて東へと向かい移動を始める。

 それを見送ったガイルは……また戦斧を肩に担いだ。


「あの馬鹿がっ! 死んでたら俺がとどめを刺してやるからなっ!」


 冗談にならない表情でそんなことを言う現場指揮官に……周りに居る戦士たちはギュッと身の締まる思いで居たのだった。




「大丈夫ですか?」

「正直……今にも倒れそうだ」


 相手の顔を汚す返り血を拭ったラーニャは、血の気の無い顔を見て全身を震わせた。

 慌てて確認をすると、どうやら背中の血は汚れでは無く出血であることを知る。


「誰かっ! 布を! 綺麗な布を早く!」


 上げた悲鳴に周りの仲間たちが反応する。

 とにかく布を集めてくるので、その中から出来るだけ綺麗な物を手に取った。


「脱げますか?」

「……」


 緊張の糸が切れたのか、ミキからの返事が無い。

 様子を見るとどこか寝ぼけているような……焦点の合わない視線で俯いていた。


「リシャーラ。ちょっとだけ我慢してね」

「あ~」


 近くに居る仲間の背に娘を置くと、ラーニャは急いで彼の上半身を覆う服を脱がせる。

 服の下には革製の服を着こんでいたらしく、その服の留め具を外して上半身を晒させた。


 背中に大きな傷が幾重にも走り、弱々しく出血が続いている。

 手にした布でその傷を拭い、新しい物で覆い締め付けて血止めをする。


「大丈夫ですか?」

「……」


 幾分か焦点が合ったようにも見えるが、それでもまだミキの状態は思わしくない。

 急ぎ辺りを見ると、ファーズン兵を千切っては投げていた一つ目の巨人がノシノシと歩いて来る。


「お願い。ミキさんを安全な場所に」


 声に出して願うと、巨人はミキとラーニャをその腕で掬い取って持ちあげる。


「キィー」


 猿に似た仲間が器用に巨人の腕を昇って来て、ラーニャの腕の中に娘を戻してくれた。


「お願い。早く」

「……待て」

「ミキさん?」


 弱々しくもはっきりとした拒絶に巨人の足は動かない。

 その一つ目で腕の中の重傷者を見つめる。


「レシアの元に。頼む」

「……」


 当然と言えば当然の言葉に、ラーニャは自然と笑ってしまった。


「お願い。彼女の元に」

「……オッ」


 喉を震わせたような声が響いた。

 初めて聞いた巨人の声に、周りの仲間たちがその目を向けて来る。


「オッ……オッ!」


 巨人の声に暴れていた仲間たちが全て集まる。

 そして彼らは向かい歩き出す。

 行く先など最初から分かっているかのように……ただ真っ直ぐと岩山に向かって。




「怪我人はこちらに」

「……ありがとうございます」


 どうにか東へ向かい突き進んで来たワハラたちを出迎えてくれたのは、鎧姿の女性だった。


 あれほどの荒れ狂う猛者たちを引き連れて来た『大将』だから、いかつい男性を想像していたアフリズムの兵たちは……優しく出迎えてくれた見目麗しい女性に大半の者が落ちた。

 今にも求婚を申し込みそうな部下ばかたちを尻目に、ワハラは気を取り直し言葉を続ける。

 相手は東部の戦士団を取りまとめやって来た貴族の令嬢であると言うことが分かった。


「失礼ながらワハラ様」

「何か?」

「貴方もミキに困らされた、おひとりですか?」

「困らされた……そう言う風に考えるのなら、きっと一番困らさせられた人間でしょうね」

「あら? 一番を名乗るのですか?」

「ええ。たぶんあれも認めるはずですよ」


 やれやれと頭を掻いてワハラはその視線を岩山へと向ける。

 ファーズン兵を退けた戦士団と化け物たちが、揃ってそちらに向かっているのだ。


「どうやらレシアさんはあそこに居るようですね」

「ええ」

「……エスコートをお願いしても?」


 クスリと笑う女性に、ワハラは渋面となった。

 部下たちの殺意染みた視線が恐ろしくなったのだ。


 それを知って声をかけて来たラインフィーラと名乗る女性も、ある意味ミキの知り合いなのだろうと納得した。


「でしたらっ」

「でしたら自分が案内しましょう。お嬢様」

「……お願いします」


 食べ物を胃に納め、部下を殴り飛ばしラインフィーラの手を取ったイマームは、恭しく彼女と共に歩きだした。


「ミキにも苦労させられているが……あれにも苦労させられて……俺の人生って何なんだろうな?」


 深く深くため息をついたワハラは、どうにか立ち上がると先行する二人を追って歩き出した。




(C) 甲斐八雲

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