其の拾漆

「何だと?」


 手にしていたグラスを落としアマクサはその目を瞠る。

 急激に舞台の封印が弱まったのだ。このままでは正面を突破する前に封印が解けてしまう。

 巫女が再封印を施せば、自分の希望が潰えると彼は理解していた。


「面白い。だがやらせはせんよ」


 笑い椅子を蹴ってアマクサは立ち上がった。


「こうでなくては、な」




「どうしたショーグン? 仇は目の前に居るんだぞ?」

「ぐっ……ぐふっ」


 傷つけられた両腕は力無くだらりと垂れ、地面に両膝を着いた巨躯の男の前でセイジュは笑う。

 残忍にすら見えるはずの笑みがそう映らないのは、セイジュが美人であるからだ。妖艶にすら見せる笑みは、体は……相手の返り血を浴びて赤黒く色づいていた。


「教えようか? 決定的な事実と言う物を」


 剣を振るって血糊を飛ばし、セイジュは彼の前に立つ。冷ややかに見下し笑いながら。


「お前は弱く俺は強い。それだけだ」

「……そうか」


 素直に認めてショーグンは相手を見た。

 その目はとても穏やかで、セイジュは相手が諦めたのだと決めつけた。


「せめてもの情けだ。一撃で首を刎ねよう」

「……くっ……はは」

「気でも触れたか?」


 笑い出した男に、セイジュは訝しむような目を向ける。

 ショーグンは笑い止まらず目の前に立つ相手を見つめたままだ。


「まあ良い。死っ」

「こう言うことか」


 禿頭の老人の忠告を理解し、ショーグンは残る力を振り絞り……立ち上がって相手を抱きしめた。


 腱を斬られた両腕を精神力のみで動かし、強引に抱きしめその口で相手の首元に嚙り付く。

 首に激痛を感じながらもセイジュは剣を抜いて必死に相手の命を狙う。だがショーグンはどれほど突かれても決して挫けず相手を抱きしめたままだ。


「放せっ! このまま俺を抱いて逝く気かっ!」

「ああ」


 セイジュの首に噛みついたままショーグンはくぐもった声を返す。


「……やれ。ミキ」


 一点を見つめ、ショーグンはゆっくりと目を閉じる。


 対角線上に存在する簡易的な櫓の上……その場で弓を構えて矢を番える相手をショーグンは信じた。

 静かに放たれは矢が迷うことなくセイジュの背中を捉えて貫通する。自分の体に矢じりが入るのを感じながらショーグンはようやく相手の首から口を外した。


「教えよう。セイジュよ」

「……何を?」

「お前は常に一人だ。強いから一人だ。だが俺は弱いからな……仲間の手を借りる。信じられる仲間のな」


 セイジュの部下らしき男たちが慌てて剣を抜き、殺到して来るのを見つめショーグンは笑った。


「お前の負けだセイジュ。これは殺し合いであって決まりのある決闘では無い」

「……らしいな」


 真っすぐに飛んで来た矢が背中からセイジュの心臓を貫いた。

 矢の勢いは止まらずショーグンの胴体に突き刺さるが、彼はそれを感じながら大いに笑った。


「勝ったぞミキ! 俺たちの勝ちだっ!」


 殺到した男たちの剣先を全身に受け、ショーグンは笑いながら仇を抱いて絶命した。




(ショーグンさん)


 踊るレシアは見ていた。

 一人では無く仲間と共に復讐を遂げた彼の最後を。

 と、気づいたショーグンが振り返る。


『ミキに伝えてくれ』


(何をですか?)


『助かったとだけで良い』


(それで良いんですか?)


『十分だ。それとお嬢ちゃん』


(はい)


『勝てよ』


(はいっ!)


 ショーグンは笑って消えた。

 仲間の声援を受けてレシアは気力を奮い立たせて踊りに気持ちを込める。


 一粒、涙を溢しながら。




「あはは……やっぱり割に合わないわ」


 木に寄りかかりマガミは息を吐いた。

 ズルズルと表面を滑り地面に腰を落とす。


 舞台の裏手より強襲しようとした敵の前に姿を現したマガミに相手は短剣を手に殺到した。

 一人殺す間に一刺し、二刺しと受ける。全員を殺すまでにどれほどの攻撃を受けたか分からない。


 全身至る所から血を溢れさせ、マガミは力無く笑う。


「これは沢山ご褒美を貰わないと……ね」


 あははと血を噴いてマガミは目を閉じる。


「ちょっと疲れたから、あとは頑張って。出来るでしょう? ご主人様」


 もう一度笑って、マガミは地面に横たわる。地面を血で濡らしながら。




『随分と懐かしい匂いだな』


 それはゆっくりと意識を覚醒させた。


『大気の匂いか。本当に懐かしい』


 覚醒させた意識を広げ辺りを見渡す。

 随分と前に自身を封じた存在はまだ近くに居る。

 そして……それを見つけた。


『これは凄まじいな。これほどまでに精霊たちに愛されておるとは……今代の巫女か』


 意識を外に向け、彼は完全に覚醒した。


『ならば会うとしようか……巫女に』




「待って居ったぞ。閻魔よ」


 舞台の袖で巫女に手を貸し、待機していた老人は動き出した。

 手伝いはここまでと、あっさりと力を止めて僅かに見える大気の亀裂を見つめる。


「儂の宝を返して貰おうか?」


 歩み出して体に光を纏わせる。

 自身を細かく砕いて……裂けた大気の隙間から中へと飛び込んだ。


「さあ閻魔よ。御国を返して貰うぞ」


 砕いた体を元に戻した老人は辺りを見渡す。

 らしく無いほどその表情を正し、果心居士は真っすぐにそれを見た。

 恐ろしいほどの力を持った存在をだ。


『ほう。出る前にこちらに訪れる存在があるとは』


「主が閻魔か?」


『えん……? どう呼ばれておるかは知らないが、たぶんそうであろうな』


「そうか」


 老人は静かに笑った。


「ならば返して貰おうか」


『何を?』


「儂の宝を。初代の巫女を!」




(C) 甲斐八雲

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