其の拾陸

「怪我人ばかり送って来るな」


 負傷兵の手当てをしている医師は嘆き続ける。

 火傷に矢傷と……少数だという敵を侮り驕った結果が見て取れる。


 やっつけ仕事で傷を見て回る彼は、新しい負傷兵へ辿り着いた。

 矢傷を受けたらしい彼は若く。蹲っていた。


「矢を受けたか?」

「いいえ」

「何だと?」


 顔を上げた若者が笑う。

 その手には剣が握られていた。


「アマクサは何処に居る?」


 ニヤリと笑い若者……ミキは敵の居所を調べていた。




「前線は地獄らしいぞ?」

「馬鹿みたいに朝まで酒を飲んで騒いでいるからだ」


 笑う後詰の後方部隊の兵たちは、自身たちも朝まで酒を飲んでいた事実を棚上げする。

 指示があれば三千の兵がいつでも動く準備を整えているが、その大半が寝ぼけ眼を擦っている。

 百にも満たないと言われていた敵を心底侮っているからだ。


「そろそろ俺たちも出向くか?」

「ああ。指示はまだか?」


 笑い兵たちは何となく視線を正面へと向けた。

 このままでは手柄が無くなりそうだが……それもまた仕方ないと諦めた。


「ん? 何の音だ?」

「早馬か?」


 馬が地を蹴る音に兵たちは視線を巡らせる。

 早馬にしては……数が多い。その数は五百くらいか?

 真っ直ぐ駆けて来る騎馬の群れに、兵たちはようやく気付いた。


「敵だ! 敵襲だっ!」


 真っすぐ突っ込んで来た騎馬がファーズンの後方に襲いかかった。


「あ~っはは! 間に合ったぞ! ワハラ!」

「無茶苦茶だぞアンタはっ!」


 部下たち全員の気持ちを代弁し、吠える副官にアフリズムのの千人斬り……イマームは大いに笑う。


「さあ戦いだ! 全員千人は斬り殺せっ! うわっはは~!」


 馬から飛び降り南部最強の男は、疲れた体に鞭を打って敵兵を刈り始めた。




 木札が割れ矢が届くようになる。

 それでも足の動きを速め、矢を掻い潜りショーグンは先を急ぐ。


 至る場所で地面が抉れ土くれが転がっているが、ショーグンはそれを視界に納め理解していた。

 あり得ないほどの巨躯の死骸。初めて目にする大型の化け物の躯だ。

 その巨体の上に腰かけ座っている者と目が合った。


「遅かったなショーグン」

「セイジュか」

「ああ。待っていた」


 死体から飛び降りてセイジュは剣を抜く。


「武蔵の子を待って居たが……お前が先に来るか」

「悪いか?」

「いいや。遅いか早いかなだけだ」


 剣を構えてセイジュは笑う。


「さあ殺し合おう。お前の仇はここに居るぞ?」

「ああ」


 手斧を掴みショーグンも笑う。


「復讐を遂げさせて貰う」




「敵は何処に居るんだっ!」


 デンシチが放った部下たちは自身を襲う者の正体を理解していなかった。


 不意に不自然な影が現れては仲間たちを狩る。

 ある者は全身の骨を砕かれ、ある者は首をねじ切られている。

 死体の数が増える度に仲間の数が減って行く。


「全員集まれ!」


 残った序列上位の男が吠える。

 急ぎ集結した仲間たちに彼は簡単な指示を下す。


「全員で一気に行くぞ! 離れるな!」

「「はっ!」」


 集団となり一気に動く。

 流石にそれはマガミの望む展開では無かった。

 狩りを得意とする狼だが、本来は集団で敵を襲う。その立場が逆なのだ。


(ご褒美は沢山貰わないと割に合わないわね)


 薄く笑ってマガミは集団の前に姿を現した。


「女か!」

「ええ」


 笑ってマガミは牙を剥く。


「狩られて死になさい」




「本当に厄介だな」


 ミキは新たに入手した弓を掴んで走っていた。

 誰にどれほど聞いてもアマクサの居場所が分からない。

 陣内の何処かに居るはずだが、似たような配置で誤魔化し姿を隠している。


「高みの見物の邪魔はさせないと言いたげだな」


 苦笑しミキは走った。


「だったら炙りだしてやるか。まずは敵の駒を奪う」


 方向転換し、ミキは向かう場所を変えた。




 罠だらけの正面の敵地を抜けたファーズン兵たちは、真っすぐと岩山の奥を目指す。

 敵にはもう多くの兵が残っていないはずだ。だからこそファーズン兵たちは焦り駆ける。


 手柄を求めて我先にと駆ける兵たちは、それを見つけて一瞬だけ足を止めかける。

 しかし抜け駆けるように兵が走り、慌てて追って追随する。


 その行為は……蛮勇でしか無かった。


 長剣を抜き放った男はそれを棒の如くに振るう。

 子供がまるで剣術を真似て振るうかのように軽々と剣を振って敵の首を飛ばす。


「これより先に進めると思うな」


 改めて敵を睨み、長剣を構えた男……クベーはファーズン兵の前に立ちはだかる。


「我が名は宮田覚兵衛。我が主の命により何人たりとてここを通すことは無い」


 剣を振るい正面を睨む。


「死にたい者から来るが良い」


 ミキが信頼を置く絶対の壁に……遂に敵兵が辿り着いた。




「コココ。時間が足らないのう」


 果心居士はそれを睨み見ていた。舞台の上で舞い続けるレシアをだ。


 本当に恐ろしいほどの才能を見せてつけている巫女の舞に辺りの封印が綻びだしている。

 このまま時間を掛ければ確実に封印は解けて封じられている存在が顔を出す。

 それでは間に合わない。


「カカカ。御国よ……儂も随分とお人好しになったものよ」


 立ち上がり彼は舞台へと向かう。

 付近を警戒する若い狼の個体が顔を向けて来るが、老人は構わずに歩く。


「どうやらお主とは会うだけになりそうだが……それでも良かろう?」


 ゆっくりと自身の力の全てを解き放ち、老人は笑みを浮かべ続ける。


「ククク。天草よ? 虫けらと思っている者たちの一撃はとても痛いぞ?」




(C) 甲斐八雲

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