其の拾捌
「大将」
「何だ?」
「ちいとばかりアカン気がして来たんですけど?」
「そうだな」
流石に敵陣のど真ん中で暴れていれば四方を囲われる。
飛んで来る矢などは足元に転がっている死体を再利用して盾にすれば凌げるが、相手も少しは学ぶことを思い出したらしく……ズラリと槍を構えて囲って来たのだ。
「大将」
「どうした?」
「ここはあれです。こう先陣を切って……やってくれません?」
「無理だな。お前が行け」
「俺っちはそう言う役どころじゃないんで」
馬鹿を言いつつも視線を巡らせ退路を探す。
どうにも難しく……最終手段として、足元に転がっている死体を再利用し、相手に投げつけて血路を開くかと二人は同時に思いついていた。
ただ問題はどう考えても死体を抱えている間に相手に攻撃されてしまう。
「なあゴンよ」
「大将……そっから先は言わんでください。悪い予感がします」
「お前がそこの死体を」
相手の言葉を無視してミツは続けようとしたが、自分たちを包囲している敵たちの一画が慌てだした。
咄嗟にゴンと肩を寄せ直ぐにでも逃げられるように構えると、襲撃を受けたらしい敵兵の一角が崩れ……全身に返り血を浴びた男が飛び出して来た。
「何だ! どうした!」
握った剣を嬉しそうに振り、ファーズン兵とミツたちを見比べた男……イマームは鷹揚に頷いた。
「ワハラ~! どうやらミキの仲間が困っているらしい。やはりこっちの道で正解だっただろう!」
楽しげに吠えて踊りかかって来る槍兵の首を飛ばす。そんなイマームの後を追って走って来た部下たちは、自分たちと向き合う格好となった敵兵を見てうんざりした。
「もうアンタ一人で勝手に死んでくれ!」
「何だ? 敵が多くて楽しくなって来たか? 心配するな! 俺もだ!」
笑いながらファーズン兵に斬りかかるイマームの存在は正直脅威だ。
その動きや容赦なく人の急所を狙う剣捌きに……ミツは自身の中に居座る何かが激しく反応するのを感じた。
「大将?」
「……何だ?」
「ミキさんの味方らしいですから襲っちゃアカンですよ?」
「……そんな馬鹿なことなどしない」
ゴンに先手を打たれたミツは剣気を抑えた。
今の状態ではろくに戦うことも出来ないと判断したのだ。
すると転がるように一人の男がミツたちの前にやって来た。
「アンタらはミキの仲間か?」
この手の交渉でミツが口を開かないと知っているゴンが代わりに応える。
「そんな所ですわ。俺っちがゴンで、こっちが大将がミツって言います」
「……まあ良い。随分と酷い様子だがどうする? ついて来るか?」
「あ~。もう十分暴れたんで引っ込んで休ませて貰いますわ」
「そうか。なら俺たちが来た方向に行けば多少人は居ないはずだ」
「ならそっちに行って後は様子を見て逃げますわ」
「ああ。死ぬなよ」
ワハラはまた暴走し敵兵を追いかけ走り出した上司に気づいた。
「済まん。あれを追うので失礼する」
「はいな。御気をつけて」
「ああ。それと言葉の訛りは統一してくれ。聞いてて疲れる」
笑いゴンの肩を叩いたワハラは急いで相手を追った。
その背を見送り……ゴンはチラリとミツを見た。
「あの兄さん。同郷みたいですけどどうします? 追います?」
「否。ここで引く。十分に暴れたし……それに貰えるものは貰って行く」
「ですね。まっ縁があればまた逢えるでしょ」
駆け抜けたイマームたちのお陰で敵の包囲陣に大きな穴が生じている。
ミツは先に走りだし、突然のことで呆然としている敵兵の首を飛ばして一気に逃げだした。
「大将。とりあえず獲物は?」
「決まっている」
ミツはニヤリと笑う。
「酒と女と財宝だ」
「傾奇者いうか賊ですな」
カラカラと笑い、ゴンも手にする武器で敵兵の頭を潰して回った。
(ミキの知り合いなら、ああいうのが居てもおかしく無いのか)
上司を追うワハラは先ほどのことを思い出して笑っていた。
自分と同じ場所からこの地に来た者が他にも居る。だったら王の許可を得て大陸中に捜索の手を広げるのも悪くない。新しい何かが生じるかもしれないからだ。
(だったら今はここを生きて残ることが大切か)
新しい目標を定め、ワハラは全力で前を行く
「少しは止まれ! 他が付いて来れないぞ!」
「ああ? だったら迎えに戻るぞ!」
急旋回してイマームは来た道を戻りだす。
それを見てワハラは心底怒り吠えた。
「自由過ぎるだろう!」
放った矢が相手の背中を、たぶん心臓を捉えたのを見つめ……ミキは弓を放り投げた。
果心居士が『弓を持て』と言っていたのは、これの為だったのだろうと理解出来た。
視線で……ショーグンがその復讐を終えるのを確認し、ミキは急いで櫓から降りた。
ブスブスと飛んで来た矢が突き刺さるのを見て慌てて逃げ出す。ただその姿は一瞬だが確認出来た。
セイジュであろう女性が討たれた時、慌てて走って行く兵の姿とその方角をだ。
指示を出す者を失い慌てて上位の者へと走り出したか、それとも臆病風に吹かれたか……賭けではあるがミキはそれに乗ることにした。
どっちにしても自分のやることは何一つとして変わらない。
味方を信じ、妻を信じ……そして邪魔をし続けることだ。
命を賭して。
(C) 甲斐八雲
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