其の捌

「お爺ちゃん」

「どうしたカロン?」

「うん。ミキさんは何て?」

「ああ。勝手に死ぬなと言ってたぞ」

「そう」


 駆け寄って来た少女は立ち去る青年の背中を見つめ、ギュッと胸の前で手を握った。

 今朝から胸が苦しくてたまらない。いつもなら七色の鳥たちが胸を突いてくれるのに、今日はそれも無い。だからこそ気づいていた。カロンは……今日は何があっても自分の終わりの日なのだと。


「お爺ちゃん」

「何だ?」

「……約束だよ」


 少女は笑顔を浮かべて老人を見た。


「わたしは絶対にお爺ちゃんより先に死なないから」

「……そうか。なら長生きせんとな」


 苦笑しディックは少女の頭を撫でる。


「ならあの二人に受けた恩を返すとするか。カロン」

「はい」




 七色の球体が集まり、不可思議な光景を作り出していた。

 ワラワラと蠢く七色は、見てて不快な気分にさせる。

 それでも彼らは集まり話し合っていた。


「コケコケ」

「コケケ?」

「コッコケ」

「コケ~」

「コケッコ~」

「「コケコッコー!」」


 何かが決まったらしい。




 マリルは自分に覆い被さって力尽きている男を蹴り飛ばし、相手の腹の下から這い出た。

 自分の周りにいた男たちは、全員その顔を紫色にして燃え尽きている。実験は成功した。


「お酒に入れた毒の方も多少仕事をしてくれれば良いんだけど」


 薄っすらと笑い彼女は着ている物を脱ぎ捨てると、体を拭いて適当に着替えを求める。

 泡を噴いて絶命している娼婦の服が着れそうだったからそれを脱がして身に纏う。


「さてと……私もやるべきことをしないとね」


 歩き出しマリルはその場から離れた。

 自分に残されている時間も、そう長く無いからだ。




「このワインは?」

「はい。昨日届けられた北部からの品であります」

「そうか」


 ワイングラスを受け取り日にかざして色を見たアマクサは、それを運んで来た給仕に投げつけた。


「毒酒を主人に勧めるとは」

「まさか……そんなことは」


 慌てる給仕に、警護の兵たちが腰の剣に手を当てて近づく。


「遅効性の毒だろう。即効性では気づかれるからな」

「……」


 自身も毒見でワインを口にしている給仕は蒼ざめた。

 アマクサはその様子に笑い……護衛に命じる。


「連れて行け。尻より穂先をねじ込み串刺しにして殺せ」

「はっ」

「お許しをっ! どうか御慈悲をっ!」


 必死に抵抗するも護衛に引きずられ、給仕は遠ざかって行った。


「慈悲か……そんな物は原の城に捨てて来たわ」


 言い捨て、アマクサは新しくワインを所望した。




「そちらには進みませんように。そうそこ」

「おお。こんな場所に」


 岩山の右翼に展開されている柵の間を縫うように、ファーズンの兵たちは進軍していた。

 その数は二千ほどか。誰もが先頭を行く老人の的確な指示に従っているのだ。


「これを踏みますと、そちらより油が流れ足を滑らせます。するとあちらに穴があって罠にはまります」

「油で足を滑らせる罠か」

「はい」


 鼻を刺す油の臭いに全員が口元を布で覆っている。


 そんな中であってもホルムは精力的に動いていた。

 自身の役目はあと少しで終わるから出来る無茶だ。


「そちらにも罠がございます。こちらをお歩きください」

「そうか。貴殿の案内無くして足を踏み入れでもしたら大惨事であったな」


 その言葉に内心でほくそ笑んで、老人は兵を案内し続ける。

 より深くより多く……この日の為に何度も手直ししては準備して来たのだ。

 随分と歩いて老人は足を止めた。


「ここにございます」

「何を言うか? 岩山はもっと奥だろう?」

「いいえ。ここです。ここから先は全て罠です」


 静かに告げて老人は転がっている石に座った。

 この時を迎えるにあたり、特等席で間抜け面を晒す者たちを見る為に置いた石だ。


「こうも馬鹿ばかりでファーズンの王も大変であろうな」

「何を言うか?」

「まだ気づかないのか? お前たちは罠にはまったんだ」


 告げられて将軍は腰の剣を引き抜く。

 ホルムもまた懐から箱を取り出していた。


「儂を斬るのは良いが、この箱には火の粉が入っている。意味は分かるか?」

「っ!」


 目を見開き辺りを見渡す指揮官に老人は静かに笑った。


「まあ……斬られなくとも火を点ける気でいるが」

「待て! 止めろ!」

「無理じゃよ。儂はたった一人の娘に長く生きて欲しいのだ。その為ならこんな命などくれてやろう」


 相手の覚悟を知って将軍は迷わず剣を振るう。

 ホルムはその刃が自身の体の中を通り過ぎるのを感じながらも、笑って箱の蓋を開いた。


(アムート。お主の腕を信じて……)


 指定された通りの場所に箱が落ち火花が散る。

 一気に炎が地面を走り……そして容赦なく炎上した。




 感じた気配に、レシアの目から一粒の涙がこぼれる。

 はっきりと見えた。老人が……ホルムが笑い、未練も残さずに死ぬ姿を。


(お爺さん……)


 胸の中で呟くと、彼は気付いてその顔を向けて来た。


『先に行っておる。お前は……走らずゆっくりと来なさい。決して慌てずにな』


(……子供じゃないよ?)


『何を言う。娘など、親から見れば何年経ってもずっと子供のままじゃ』


 笑い老人は静かに自然へと還って行く。

 その後ろ姿を見送り……レシアは自身の踊りを続ける。



 戦勝から安寧を願い。彼女の踊りは続く。




(C) 甲斐八雲

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る