其の漆

 ジジッと不可思議な痛みを頭の内に覚え、アマクサはゆっくりと目を開いた。

 寝台に横たえていた体を起こせば、まだ外の様子はうっすらと色付きだしたばかりだ。


「夜明け前から仕掛けるとは……」


 その顔に笑みを浮かべて、彼は自身の隣に居る者を見る。

 真っ白な背中。華奢と呼んでも良い小柄な存在の……男の子だ。

 最近のお気に入りであり、他のお気に入りだった者はここに来る前に全て壊して来た。

 この少年とて……寝台を出るまでの存在だ。連れて行く気も無いし生かしておく気も無い。


 今日中に全てを終わらせ、聖地の中心に眠る『悪魔イビル』を呼び出し元の場所へと帰還するのだ。結果こちら側がどうなろうがアマクサは気にもしていない。厳密に言えば帰れるのはたぶん一人ぐらいだろうから、その事実をヨシオカの二人に告げる気も最初から無い。


「あの時とは真逆の立場と言うのは悪くない」


 体を起こし、まだ眠っている少年の尻を撫でる。

 微かに震えたのは昨夜の寵愛の残り香をその体が覚えているからだろうか?


「足掻いて見せろ。武蔵の子よ」


 ペロリと少年の背を舐め……アマクサは彼の尻を後ろから貫いた。


「くぅっあぁっ」


 苦悶に満ちた声を微かに発して少年が逃れるように手足を動かす。

 相手の頭を押さえつけ、アマクサは激しく動き続けた。


「ああ良い……穢されるべきでない存在を穢すのは実に良い」


 恍惚とした表情で精を放ち、彼は休むことなく腰を振る。

 少年の目から命の光が消える頃……完全に朝日が顔を覗かしていた。




 全身を使い舞うレシアは、自分の感覚が恐ろしいほどに拡張して行くのを感じていた。

 全てが見えてしまいそうだ。事実多分見える。知った顔を探せば直ぐにも見つけられる。


 ホルムは偉そうな人の後ろを歩き岩山へと移動して居る。

 マリルは……見たら頬が熱くなったから見なかったことにする。興味は覚えたが。


 残りの大半はまだ岩山の近くに居て、彼は正面でディックとカロンと共に居た。

 少し意識を遠くに向けると、岩山の裏手で石を椅子にして狼のマガミが欠伸をしている。


 まだまだ伸ばせば……遠ざかる人たちの中にホシュミが居た。

 あれほど『残る』と駄々を捏ねていた弟のタインは、少女の手を引いて一緒に避難している。彼の『惚れた女も護れない男はこの場に要らない』が効いたのか、胸を張って少女の手を引き続けていた。

 ただどう見ても頼りになるのは狼である少女の方だが。


 踊りながら色々な物を見つめ、色々なことを感じる。


 セキショと呼ばれていた場所は完全に破壊され燃え尽きていた。

 だが後悔の念を抱いているのはファーズンの者たちだけで、その場に残り時間を稼いでくれた元奴隷たちは、それこそ英雄のように誇らしげに自然へと還っていた。


 自分がどれ程の人々に……自分たちがどれ程の人々に愛されているのかを感じ、レシアはその踊りにより一層力を込めた。


(私は踊るから……ミキが帰って来るまで踊り続けるから……だから迷わず勝って来て)


 戦勝の舞。


 亡き母親の霊から学んだ踊りを披露し、レシアはただそれだけを願う。


 彼の無事を。




 ふと呼ばれた気がして、ミキはその顔を岩山へと向けた。

 今頃妻が調子良く踊り狂っているはずだ。それで良い。今日はそれで良い。


 パンパンと鞘の上から二本差ししている刀を叩いて、ミキは視線を正面の敵へと向け直した。


 一万を超える兵を見るのは、こちらでは初めてだ。

 向こうではあったが、それでも攻められる方では無く攻める方に居た。


 敵が万を越える存在であるのを再確認し、軽く武者震いをしてミキは立て掛けてある弓を掴んだ。


「行くのか?」

「ああ」

「ならこっちは任せろ」


 軽く笑って来るディックに……ミキは何とも言えない視線を向ける。


 彼の寿命も決して長くない。自称医者でもあるマリルの見立てだ。

 そして彼の娘に至っては、動いていることが不思議なのだ。本来なら死んでいてもおかしくない少女は、ナナイロの球体を引き連れて準備してある連弩の様子を見ている。

 禿頭の怪僧の知恵を借りて作り出された弓だ。ただ矢を番える都合もあって連続使用は難しい。


「なあディック」

「ん? 何だ?」

「……」


 続けるべき言葉が口から出ずにミキは静かに口を噤む。

 気づいた老人は手を伸ばして彼の肩を叩いた。


「気に止むな。どうせあの子はもう終わっているのだ」

「でもな」

「ああ。俺は親として失格だろうな。死んでいると言ってもいい状態のあの子を、こんな場所に引っ張り出しているのだから」


 息を吐いて老人は泣き出しそうな笑みを見せる。


「でもお蔭で安心して戦える。一緒に逝けるのだと思うと自然と力も沸いて来る」

「……それは困る」

「何だ?」

「逝くなら全部終わってからにしてくれ。見送れないのは心残りだ」

「言わせておけば小僧が」


 泣き顔を怒らせ老人は吠えた。


「たかが一万ぐらいの相手だ。全員一発で仕留めてやる」

「頼もしいな」

「……問題は矢が三千ぐらいしか無いがな」

「確りしてくれよ」


 ガシガシと頭を掻くディックにミキも呆れる。


「鍛冶屋が居なかったのが悔やまれるな」

「ああ。伝手はあったんだが……東部からじゃ遠かったらしい」


 今日までに辿り着けなかったのか、それとも怪僧の力でも届かなかったのか。

 一番に来てくれそうな老人二人は、結局辿り着かなかった。


「無理はしないで、全員射殺してくれ」

「言ってることが無理過ぎるぞ?」

「気にするな。宮本家うちだとこれが普通だ」


 笑いミキは歩き出す。

 敵の正面に向かい真っすぐと。




(C) 甲斐八雲

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