聖地編 後章『いずれまた逢う時まで』
其の壱
「あのような壁が何故崩せぬ?」
「はっ! 異様なまでに硬く寄せては上から矢を射られ」
「愚かな指揮官は不要だ。処分しろ」
「なっ! お待ちください! アマクサ様!」
引き摺られ連れて行かれる男を無視し、"アマクサ"と呼ばれた男は面倒臭そうに椅子に座り直した。
どうしてこうも無能ばかりが揃っているのか……今回ばかりは自分が出て来たから、今までのようには済ませないが。
「誰でも良い。あの壁を三日で崩せ」
「ですがアマクサ様。それには少々被害の方が?」
「構わん。蟻の城など巨象のひと踏みで潰してしまえ」
「畏まりました」
控えていた老人が命を受け、兵たちに指示を出す。
それは万にも届く兵による連続突撃だ。
二日と耐えた壁のセキショの巨壁であったが、三日目の朝に突破され崩れ落ちた。
だが中に住まう者たちは決して最後まで降伏などしなかった。
全員が武器を手に敵兵に襲いかかり、最後は火を灯して進軍の遅れを誘う。
三日で壁は崩せたものの、そこからの進軍に五日の時間を要したのは……アマクサシロウの考えには存在していない事態であった。
「セキショが落ちた」
届けられた文を確認し、ミキは集まれた者たちを前にそう告げる。
ファーズン王国が聖地の征服へ……封印されている物を引きずり出す為に動いたのだ。
「約束の日より速く無いのか?」
「あっちは途中の邪魔を排除したくらいの考えだろう。このまま行けば約束の日には敵は来る」
「なるほどな」
ディックの言葉に返事をし、ミキは壁に掛けられている板を指さす。
「折角集まって貰ったから、各々の担当して欲しい場所を言っておく」
板の中央を指さす。
「ここが舞台だ。レシアが舞って、良く分からない相手を呼び出しどうにかする。敵はここを攻め落とす為に全力で襲いかかり、こちらはここを護る為に命を投げ出す。簡単だろう?」
聞いている者たちが苦笑染みたものを返して来る。
「当たり前だが中央にはレシアだ。それと集まっているシャーマンたちとその護衛に若い狼たちが少数残る。大半の狼たちは一時的にこの地を出るそうだから、どれほど残るのかは俺にも分からん」
「現在お姉さまが婆様と話し合いを……」
マガミの妹らしき存在と認識されている少女の狼が、申し訳なさそうに言って来る。
ただ彼女らは今まで十分に働いてくれた。これ以上付き合わせるのは流石のミキも申し訳が無い。
「気にするな。それにどうせマガミは残るだろうから、この舞台の裏手を任せたい。たぶん敵の精鋭が迂回して強襲して来るだろう。一度登ってはみたが、足場が悪すぎて俺たちでは数で押されると護りきれん。あれなら最悪枝の上を走ってどうにかするだろう」
「流石に無理だと思いますが……戻り次第伝えます」
ペコリと頭を下げて少女は隅へと隠れる。
どうもミキには理解出来ないが、服を着ていることが恥ずかしいらしい。
「次いで舞台の正面だ。この入り口をクベー、お前に任せる。死んでも敵を通すな。出来るな?」
「はっ」
ホシュミに言って作って貰った作務衣にも見える衣服を纏ったクベーが深く頷き返す。
主から自分の妻である巫女へと通じる通路を預かったのだ。何度も大役を任され……クベーは身の締まる思いで居た。
「それでクベーの前にはディックを中心とした弓を置く。とにかく敵を寄せ付けるな」
「時間を稼げと言うことか?」
「それしかない。今回の俺たちの敵はファーズンの兵でも、そのアマクサとか言う化け物でも無い。時間だ」
パンと板を叩いてミキは自分の考えを口にする。
「要するに早くことを成した方の勝ちだ。だから少数の俺たちにも勝機はある。レシアが封印されている物をどうにかしてしまえば奴らは目的を叶えられない」
「そうすると……そこからが数の戦いになると言うことか?」
「そう言うことだ」
頷き理解したディックは、隣で転寝している少女の頭を優しく撫でる。
周りには七色の球体が無数に居るのだが……最近では見慣れ過ぎて誰も気にしなくなった。
「両翼は罠だ。敵を誘い込んで吹き飛ばせば良い。出来なくても十分だ」
「出来なくても良いのか?」
思いもしなかったミキの言葉にカムートが聞き返す。
てっきり『敵を引き込んで一緒に爆死しろ』と言われる物だと思っていたからだ。
「ああ。敵に罠があると思い込ませるだけでも効果はある。向こうは数に勝っている。誰が好きこのんで死ぬような場所を攻める? 罠が露呈した時点でこの場所を攻めようとする指揮官が居ても兵は居なくなる」
「あ~。うん。分かった」
本当に分かっているのか居ないのか、カムートは何度も頷いた。
「右をホルムが。左をアムートとカムートに任せる。敵を引き付けて何なら一緒に飛べ」
やっぱり言った。内心で泣きながらカムートは頷き返す。
アムートとホルムは仕掛けの準備でこの場に居ない。説明を聞いているのはカムートだけだ。
「……生き残っても良いんだよな?」
「ああ。出来たら生き残れ。敵はまだ山と居るから一人でも戦える者が欲しい」
「……ファーズンは酷い国だと聞いていたが、ミキさんの方が酷い気がして来たよ」
顔を蒼くし、脱力して椅子に座るカムートに……隣に座るマリルが呆れた視線を向けた。
別に二人は仲良くなった訳でも無いが、毎日のように迫って来る男のあしらい方をマリルは知っているだけだ。
「言っておくがこれが本当の戦いだ。勝つ為ならどんな犠牲も払い、勝利することだけを求める。必要なら俺はどんな酷い手も使う。それが『勝つ』と言うことだ」
苦笑してミキは最後に板を叩いた。
「残りの者に説明などは無い。好きに動いて勝手にやれ。ただし狙った獲物の首は必ず狩れ」
「ええ」
「分かった」
マリルとショーグンは頷き返し、そしてミキは禿頭の老人を見た。
「適当に邪魔をしよう。だが分かっている通り」
「ええ。どうぞご自身の念願を」
「カカカ」
笑ってフラリと老人は部屋を出て行った。
「まだ敵がここに来るまで数日はある。自由に過ごして備えてくれ」
ミキはそう仲間たちに告げ、解散とした。
~あとがき~
この章にて完結いたします。
残りもう少しですが、最後までお付き合いしていただければと思います。
(C) 甲斐八雲
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