其の弐

「お話は終わったんですか~」

「ああ」


 普段寝泊まりに使っている小屋から最後に出て、ミキは妻の元へとやって来た。

 一人外で踊っている彼女は……その体をずっと西へと向けている。


「みんな逝ってます」

「そうか」

「はい。でも……誰も迷いがありません。満足して還ってます」

「それは羨ましい人生の終わり方だな」

「ん?」


 クルンと回りながらレシアはその顔を夫に向ける。

 石を椅子に腰かけた彼は、そっと息を吐いた。


「なあレシア?」

「は~い」

「お前は一度死んで生き返ると言うことを信じられるか?」

「死んで生き返るんですか?」


 切りの良い場所で踊りを止めて、レシアはパタパタと手で顔を煽ぎながら夫の横に腰かけた。


「難しそうですけど……出来るかも知れないですね」

「そうなのか?」

「はい」


 膝を抱いてレシアはそっと夫を見る。


「私たちは死んだら自然へと還ります。還る時に強い想いを抱いていれば、その想いだけは残るんです。普通なら自然に取り込まれて大地を豊かにする力となるはずですが、その時妊婦さんなどが近くに居るとそっちに入ってしまうことがあるみたいですよ」

「つまりお前はそんな光景を何度か見ていると?」

「ですね」


 本当に常識外れの存在だ。どうしてここまで……と考えミキはそれに気づいた。


 強い想いが残るのであれば、その想いが複数集まり一人に宿ったらどうなるのか?


 シャーマンが暮らす聖地で生を受け、巫女となり得る存在が聖地を出て行こうとすれば……想いは、その産まれ出ていない存在に希望を見出しその全てを預けてもおかしくない。


「誰がそんな恐ろしいことを考えたのだろうな」

「何がですか?」

「……どうも俺はあの人の足元にも及んでいない気がしてな」


 言ってミキは手を伸ばして妻の頭を優しく撫でる。


 自分の子供に未来を託し、そして自分が来ることを信じた主君。

 偉大な人物が準備したこの時を……ミキは自身が達成するしかないのだと痛感させられた。


「それで生き返りが何ですか?」

「ああ。だから相手もそれなんだよ」

「はい?」

「俺と同様に元居た場所はここでは無くて別の所だったがな。俺のことは一度話しただろう?」

「またまた~。ミキったら……冗談の類じゃなかったんですか?」


 顔を掴んで彼は正面から妻の目を見た。

 本当にこの妻は自由に生きすぎている。


「俺はこことは違う場所で生きて死んだ。お前の父親も、そしてお前を育てたガンリューもそうだ」

「……本当なんですか?」

「ああ。そしてアマクサやヨシオカもそうだ」


 告げて妻から手を放す。

 何処かユラユラと揺れているレシアは、突然ミキに抱き付いた。


「帰っちゃダメですからね!」

「俺は帰らんよ。ただアマクサたちは帰りたいらしい」

「……何となく話が分かりました。だから聖地を護るんですね」


 何度か説明したはずだが、ようやく妻が納得してくれたらしい。


「大丈夫です。ミキ」

「どうした?」

「きっと大丈夫です」


 ぴょんと立ち上がり、レシアは夫に手を差し伸べる。


「何とかなる気がします。だからきっと大丈夫です」

「そうか」

「はいっ!」


 妻の手を借りて立ち上がるミキに、レシアは静かに抱き付いてキスをせがむ。

 唇を交わし……甘えるように頬を擦り付けて来る彼女が口を開いた。


「だからミキは私の所に帰って来て下さい。信じて待ってますから」

「分かった。必ず戻ろう」


 もう一度、夫婦は唇を交わした。




「お姉ちゃん」

「ん~」

「そろそろ離れるの?」

「ええ」


 徹夜続きで全員の服をしたためたホシュミは、眠そうに眼を擦り体を起こした。


 戦うことの出来ない自分たちは、戦場となるこの場から離れる狼たちと一緒に避難することが決まっている。

 せめてそれまで全員の注文を聞いて服を作ろうと頑張り続けたのだ。


「あの……お姉ちゃん?」

「ダメよタイン。貴方が残ったって邪魔になるだけ。私と一緒にここを離れなさい」

「でも」

「ダメよ」


 視線を向けて弟を見る。

 ここに来てから色々とあって、弟はミキたち男性衆に馴染んでいる。だからこそ離れたくない気持ちも強いのだろうが、一番の理由を理解しているホシュミは何とも言えずに頭を掻いた。


『好きになった少女がこの場に残るらしい』


 戦場となる場所に少女が残ると聞いてから、タインは落ち着きを全く見せない。

 人を好きになると言うことは、そう言うことだから仕方は無いが。


「タインが残っても邪魔になるだけよ。だったらちゃんと逃げて残る人たちの不安を取り除くのも大切なの」

「でも」

「でもも何も無いの。出来ないなら縛って引き摺って行くわよ。分かった?」

「……」


 きつい言葉を聞かせたせいか、弟は頬を膨らませて出て行ってしまった。

 やれやれと頭を掻いたホシュミは、外に出て遠ざかる弟の背を見つめた。


「困ったわね」


 嘆息気味に息を吐いて腕を組む。

 相手は年頃の少年だ。想いが暴走しているのだろう。

 それでもやはり戦えない者がここに残ることは出来ない。


「どうしたものかな~?」

「あっあの~」

「はい?」


 横合いから可愛らしい少女が姿を出した。

 ホシュミが弟にせがまれて作った服を身に纏った狼の少女だ。


「あら? どうかしたの?」

「はい。あの……」

「何かしら?」

「実はわたし、あの子に名前を付けられて」

「……」


 意味が分からず困っている様子の少女からホシュミは説明を受ける。


 何でも『サクラ』と名付けられた少女は、そのことが長老と呼ばれる存在に知られてしまい勘当されたそうだ。お蔭で行き場を失い困り果てて姉のような存在の人物に相談したところ、『勝手に名前を付けた男に責任を取って貰いなさい』と言われたそうだ。


 責任までとは言わないけど、しばらくの間……人の地で暮らす術を学ぶ時間が欲しいとのことだ。

 つまりは責任を取って面倒を見ろと言われた気がしたので、ホシュミはそう理解することにした。


「分かった。丁度ここを離れるのに人手が欲しかったの」

「手伝います」

「うんうん。私で良ければ色々と教えてあげるから……一緒に来なさい」

「はい。我が儘を言って」

「良いのよ。元を正せばうちの馬鹿が悪いんだから」


 言ってホシュミは小屋の中に案内した。

 弟がある男性から聞いた『最も美しい花の名前』を得た少女を。




(C) 甲斐八雲

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