其の拾玖

「ようやくか」


 疲れた感じで声を発し、中年男性と呼んで差支えの無い彼は自分の肩を揉んだ。

 何度か街を出て目的地へと向かおうとする度に、それを見つけて引き返すを数度繰り返した。

 最後は流石に倉庫に放り込んで鍵は長女に預けて来た。妻だと直ぐに出してしまうからだ。


 末の子二人が『一緒に行く~』と騒ぎ続けたお陰で出発の遅れたクベーは、大きく息を吐いて気合を入れ直す。

 遅れを挽回するには中央草原を横切り真っ直ぐ西へ向かうほかない。


 大トカゲの狩場と呼ばれる恐ろしい地ではあるが……彼は迷うことなく足を踏み出した。


「若。今参ります」


 駆け足で進む彼が"最後"の巡回している狼に拾われたのは、それから五日後のことだった。




「出来た~」


 天を貫く大声に、安普請な小屋が揺れた。


 建付けの悪い戸を開け、出て来たホシュミはぎらついた目で彼女を探す。

 カロンの前で踊りの練習をしていたレシアは動きを止め……そしてホシュミに見つかった。


「さあ言った通りに痩せたか確認するわよ」

「……頑張りました。頑張ったんです」


 ズンズンと力強い足取りで歩いて来る彼女に恐怖を覚え、レシアは必死に言い訳を考える。


「何を?」

「……ちゃんと踊ってました」

「それでこれなの?」

「……はい。ご飯が美味しくて」


 むんずと掴まれたお腹にレシアは何も言えなくなる。

 確実に減ってはいるのだが予定よりかかなり遅い。絶望的なほどに遅い。


「今日からご飯の量、半分ね」

「そんな~」

「やるの。材料の都合でこれ以上大きく出来なかったのよ」

「はう~」


 頭を抱えてしゃがみ込むレシアの頭を、カロンが良し良しと慰めるように撫でる。

 彼女も『食べ過ぎじゃないかな~』と思って見ていたが注意はしなかったのだ。


「一緒に頑張ろう」

「君は倍ほど食べなさい」

「……無理です」


 ホシュミの言葉にカロンも頭を抱えた。

 とりあえず二人を言い負かせたホシュミは、軽く伸びをしてからレシアに目を向ける。


「まだ痩せないとあれだけど……軽く羽織ってくれるかな? 微調整したいし」

「はい」

「と、君はお留守番」


 一緒に行こうとするカロンをホシュミは制した。

『どうして?』と首を傾げて見て来る少女にホシュミはニシシと笑う。


「お楽しみは最後にね。全員一緒に驚きなさい」

「……はい」


 抜け駆けはダメということなので、カロンは大人しく石に座る。

 少女が動く気配を見せたが故に反応したレジックたちが、行き場を無くして地面の上を転がって居るのはご愛敬だ。


「さあ……もしかしたら予定よりもう少しお腹の肉を減らさないといけないかもだけど、愛しい旦那様に無様な格好を見せたくないわよね?」

「……はい」


 ホシュミの言葉にレシアの中で何かが灯る。

 ミキに無様な格好を見せたくない……その言葉が彼女の負けず嫌いに火を点けたのだ。


 その様子を見つめてホシュミは笑うと、レシアの背中をポンポンと叩いた。


「まずは衣装合わせよ」

「はい」




 中央草原を前に、ラインフィーラは頭を抱える事態を得ていた。


 このままでは約束の日までに間に合わない。

 闘技場の戦士たちが増え進軍速度が著しく低下したのだ。


 そしてもう一つの問題は……。


 眼前に見える化け物たちの大軍を前に、戦士たちが各々武器を手にしている。

 考えられないほどの化け物たちがその姿を現したのだ。


「この世の終わりか?」


 戦士たちの中で一目置かれている片足を引き摺る老人の声に、ラインフィーラは頭を振った。

 こんな場所で終わることは出来ない。無事に辿り着いて彼の協力をしなければならない。


「どうするよ? お嬢さん」


 ガイルと名乗った老人の声にラインフィーラは覚悟を決めた。

 相手が襲いかかってくる前に……相手に巨人の姿を見つけて戦う思考は放棄する。


「このままゆっくりと後退して距離を取りましょう」

「ああ。それしか無いな」


 老人が指示を出そうとした時に、巨人が歩いて来るのに気付いた。

 ただ一体……ゆっくりと歩いて来て、それは片膝を着いた。


「人ですか?」

「人だな」


 抱えられていた人らしき人物が降りてきて、こちらに向かい手を振って来る。


 その様子からラインフィーラは相手が普通では無いと察し、その可能性に気づいた。

 あの人の知り合いならこれぐらいのことはやりかねない。だったら、


「お嬢ちゃん?」

「大丈夫です。きっとあの人もミキさんの知り合いです」

「だからって……おいおい。ハッサン。ちと一緒に行って来る」


 ラインフィーラを放っておけず、ガイルも足を引き摺り付いて来る。

 何人か護衛の騎士も付いて来たが、相手は巨人を背後に配して一人で居た。

 否、二人だ。その胸に乳飲み子らしい子供を抱いていた。


「ごめんなさい。このような時にどう声をかけたらいいか分からなくて」


 柔らかな母親の声で彼女がそう言って来る。

 ラインフィーラは今一度胸の中で息を吐き、覚悟を決めて歩みを止めた。


「私はこの戦士団を纏めているラインフィーラと言う。貴女は?」

「私はラーニャ。この子はリシャーラ」


 元気な子供なのか、しきりに手を振っている。

 一瞬表情を緩ませたラインフィーラは、咳払いをして色々と誤魔化した。


「それで貴女は彼らと一緒に何処へ?」

「ええ。恩人を救うために仲間たちと一緒に西へ向かってます」

「そうですか。なら私たちと同じですね」


 やはりと言う気持ちを感じつつ、ラインフィーラは相手を見つめる。

 これほどの化け物を使役できるとは思えないほど優しげな母の顔をしているのだ。


「なら私たちと一緒に西へ?」

「出来たらそうしたいのですが……」


 言ってラーニャは西を見る。


 中央草原には有名な化け物が居る。空を飛ぶ大トカゲだ。


「どうしたものかと思案していた所です」

「そうですね」


 時間的な物を考えれば突っ切るしかない。


 するとラーニャに抱かれている赤子が声を上げた。

 キャッキャッと騒ぐ程度だが。


「あそこに人が居たか?」


 背後のガイルの言葉にラインフィーラは視線を向ける。

 いつの間らかに見知らぬ老人が立っていた。

 長い棒のような物を手にした背筋が真っすぐ伸びた老人だ。


『迷わず行くがいい』


 その声が全員の頭の中に響く。

 ゆっくりと長い棒を眼前……西へと向けた老人が居た。


『デウスの加護がある。信じて参られよ』


 そう告げ、彼は胸の前で十字を切ると……静かに消えた。

 クルリと背後の巨人に体を向けてラーニャは口を開いた。


「行きましょう。きっと行けます」


 動き出した巨人がラーニャと赤子を抱きかかえる。

 その様子を見ていたラインフィーラも苦笑し、背後に居るガイルに目を向けた。


「こちらも西へ」

「分かったよ。お嬢ちゃん」


 彼もまた仲間たちへ指示を出しに行く。

 動き出した二つの塊を見つめ、ラインフィーラは震える左手で剣の尻を掴む。


 自分はもう怖くて戦えないと自覚している。だから戦えない。

 だがこれ以上進めば……と、バシッと背中を叩かれた。叩いたのはガイルだ。


「そう泣きそうな顔をするな」

「ですが」

「お前のことは聞いている。ミキに色々されたらしいが……大将って物は一番後ろで踏ん反り返って居れば良いんだ。だから偉そうに踏ん反り返ってろ」


 ガハハと笑い彼は足を引き摺り歩き出す。

 その背を見て……ミキの育ての親と言う彼がどれ程の人物かを理解した。


 自分には不要な腰の剣を抜いて捨て、ラインフィーラも西へと向かう。

 歩いて行く老人と娘の背を見て……ハッサンは捨てられた剣を拾った。


「持っとけマデイ」

「今捨てたんじゃ?」

「鍛冶師の前に置いたってことは研ぎの依頼だろうさ。投げ捨てたとか言ったらお前をぶん殴る」

「俺は関係無いって」


 慌てて剣を回収し、青年が逃げるように駆けて行く。

 それらを見つめ……ハッサンは鼻で笑い歩き出した。



 間に合うのか分からないが、それでも西へ向かうことが大切だからだ。




~あとがき~


 これにて聖地編序章の終わりとなります。


 最後の戦いに向けて仲間が集い暴走しつつも準備万端で迎え撃つ感じです。

 ですが圧倒的不利な戦い。各々が死を覚悟して大軍と戦います。


 何より一番の戦力である東部からの面々は間に合うのか?

 頑張れラインフィーラ。君の苦労はまだ尽きないらしい。


 次章で聖地編の最後、そして完結を迎える話となります。

 完全に趣味で書きだしたこの物語も無事に終わりを迎えられる様子で一安心しています。


 ……終わるよね? 本当に終わるのかな?

 作者の不安もそのままに、一回休みを挟んで最終章が始まります。

 ミキとレシアの最後の戦いをどうか楽しんでください。




(C) 甲斐八雲

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