其の拾捌

 ミキは作業の進む現場を見て一息ついた。

 予定よりも順調すぎて怖いぐらいだ。


 それも北部を周り油を集めて来ているホルムの協力があってのこと。

 南部からも協力をと考えたが、国土の大半が砂地であるアフリズムから油を輸送することは難しい。

 今だって狼たちがひっきりなしに走ってくれているから成立している工事なのだ。


「問題はどう敵を誘い込むかだな」

「……ええ。誘い込めればどうにか出来るでしょうね」

「燃えそうか?」

「これほどの油を良くも集めたものですね」


 賛辞として受け取り、ミキはゆっくりと後ろを振り返る。

 グーズン兄弟の兄アムートが居た。

 弟は少し離れた場所で胃の中の物を吐き出している。狼での移動が堪えたらしい。


「よく来てくれた」

「来ると信じていたのでしょう?」

「ああ。悪いが信じていたよ」


 差し出した右手を握り返し、アムートは柔らかく笑う。

 その信用が嬉しかった。たとえ死地でも来ると信じて貰えたことが何よりもだ。


「もう一人はどうした? あれも来るかと思ったが」

「……彼女は訳ありで置いて来ました」

「訳ありか」

「はい」


 頷いてミキは彼の肩を叩く。

 アムートに一本太い芯が入って見えたのは、見間違いではなかったらしい。

 命を賭して残したいモノがあるから彼はどんなにも不可能な戦いにも望めるのだ。


「はっきり言って勝機は薄いぞ?」

「分かっています」

「だが負ける気は無い」

「はい」


 ポンポンと彼の肩を叩きミキは歩き出す。

 言わなくても頭の良い兄は自分が何をするべきか理解しているだろう。

 問題は……震えて蹲る弟の方だ。


「大丈夫か?」

「ゆれ……上下左右にグラグラと……」

「ダメそうだな」


 仕事に取り掛かって欲しい兄に視線で『預かる』と語り掛け、ミキはカムートに肩を貸し歩き出す。


「ミキさん」

「何だ?」

「見てて下さい。俺もやりますからね」

「そうか。ならまず体調を戻さないとな」


 カムートを半ば引き摺るようにしてミキは歩き続け、日々の寝泊まりに使っている小屋に辿り着く。

 女性用の小屋は……いつものように毒々しい草が干されていた。


「マリル。起きてるか?」

「……なに?」


 カロンのお陰で夜更かしが無くなった薬師が、戸を開けて顔を出す。

 ミキが肩を貸している相手に視線を動かし納得した。


「また病人?」

「言うな」

「……」


 嘆く二人の会話を耳にし、どうにか顔を上げたカムートは……目の前の美女を見て凍った。


「おっおお!」

「どうした?」


 吠えるカムートが自力で立つ様子にミキは何となく嫌な予感を覚える。

 震えながら一歩ずつ踏みしめ……と、カムートは地面に額を擦り付けるようにしゃがんだ。


「俺と結婚して下さい!」

「……はっ?」

「好みです! 好きです! もう貴女しか居ない!」


 熱くて真剣過ぎる彼の様子にマリルがミキを見る。

 他人の恋路に口を挟む気の無いミキは早々に視線を外していた。


「そう分かった」

「ならっ!」

「それだけ元気なら薬も要らないわね」


 パタンと静かに戸が閉まり……それが彼女の返事だった。


「諦めませんよっ! 諦めませんっ!」


 小屋に向かい吠え、今度はミキを見て吠える。

 やれやれと肩を竦めたミキは……心底どうでもいい感じで口を開いた。


「頑張れ」

「はいっ!」


 厄介事が増えていく一方な気がするが……ミキは気にしないことにした。




「野郎共! 準備は良いな!」

「「はいっ!」」

「家族に別れの挨拶は済んだかっ!」

「「はいっ!」」

「生きて戻ったら結婚しようなどと甘いことは言ってないだろうな? 言った奴は今直ぐ行って相手の腰が抜けるまで抱いて来い!」

「「……」」


 どう返事をして良いか分からず、兵たちが無言で拳を突き上げる。何人かソワソワして者も居たがイマームは笑って終わりにした。

 戦場に行くのに結婚を後回しにする馬鹿が悪い。惚れているなら抱いて孕ませてからこの場に来る勢いが大切だ。


「良くは知らんが敵は山のように居る。だが全員斬り殺せば良いだけのことだ」

「「はいっ!」」

「一人百人は斬れっ! 良いなっ!」

「「はいっ!」」


 出発の準備は整った。後は向かうだけだ。


「では」

「将軍っ!」


『出陣』の声を遮るようにその声が響いた。

 良い感じに日焼けをした副官が全速力で駆けて来たのだ。


「戻ったかワハラ。行くぞ」

「行くぞって何事ですか?」

「決まっている。あれの援軍だ」

「……」


 自分の留守中にどこまで話が進んだのか……ワハラは大陸東部まで向かってしまった自分の身を嘆いた。

 お陰で立ち寄れそうな港を発見することが出来たのがせめてもの救いだ。これで東部との通商を始めることが出来る。


「ってどう見ても兵の数が足らないでしょう!」

「気にするな。一人百人も斬れば良い」

「それが出来るなら百人も行けば十分です」

「ならついでに西部を平定して来るまでよ」


 爛々と目を輝かせている上司はもう何を言っても受け付けない。

 これは国王に言って止めて貰うしか……そう考えたワハラを、イマームの指示を受けた兵たちが取り囲む。


「ごちゃごちゃ言うな。俺は速く万を超す兵たちと戦ってみたいのだ」

「本音はそれかっ!」

「ええい。ワハラを馬に縛り付けろ! このまま連れて行くっ!」

「ちょっと待て。陛下にご報告をっ!」

「残りの者がするだろう。お前の妻も先に向かっているんだ……早く行くぞ」

「待て! 色々と話が……本当に縛り付ける気かっ!」


 本当に縛り付けられた。


 その様子に頷いたイマームは改めて指示を出す。


「出陣だっ!」




(C) 甲斐八雲

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