其の玖
レシアは聖地の隅に建てられた小屋に向かい足を急がせる。
何となく懐かしい気配を二人分見つけ……はやる気持ちを押さえられないのだ。
セキショを出てから僅かな人間での生活にレシアは飽きを感じていた。
出来たらセキショに居た方が人が多い分まだ楽しめるのだが。
聖地の加護を解いてからミキたちはセキショを出ていた。
最前線となるセキショは、約束の日の前に襲撃を受ける可能性が十分に考えられる。
だからセキショを護る者たちから退去するように言われたのだ。
『我々の恩人である御方の娘を戦火に巻き込む訳にはいきませんから』
代表を務めるカンズと言う男はそう言って、自分たちの身の上を話してくれた。
セキショに住まう大半が戦敗者や犯罪者の奴隷であり、軍師であった"ナカツ"こと本多忠刻が立案した中央草原への橋の建造に連れて来られたのだ。
大陸の西部を隔離するかのように存在する大河には、過去から続く騒乱の余波で数多くの罠が存在している。彼らはそれらの罠を一つ一つ解き明かし解体し、数年の月日をかけて安全な一本道を作り出した。それから橋をかけ対岸に壁と街を作ったのだ。
用が済めば自分たちはまた奴隷として各地に散らばって行くものだと思っていたが、橋の建造の総指揮を執っていたナカツは彼らを手放さなかった。
『共に大河に挑み死と隣り合わせの工事をした仲間たちを手放すことは出来ない』と言って、そして彼は奴隷でしかなかった者たちを全員集め『聖地』に何が存在しているのかを説いた。
柔らかな言葉で全員が納得するまで語られ……奴隷たちは彼に命を預けることにした。
大陸の命運を担い、それを護る盾となって死ぬことが誇らしく感じたからだ。
しかしナカツは、自分の妻と子を逃す為にファーズンの王都に出向き、妻子を逃す囮となって捕らわれてしまった。
処刑されたと聞いても奴隷たちは彼との約束を守りセキショに籠った。
籠り続けて十数年……遂に彼らの元に巫女がやって来たのだ。
「ナカツ様は王都に向かう日、こう言ってました。『いつか必ず自分が最も信じられる者がこの場所に"巫女"を連れて来る。それまで耐えて……そして死んでくれ』と。自分たちはこの場所を護り死ぬ覚悟を決めた者たちです。ですからどうかファーズンの野望を阻止して下さい」
静かだが熱い言葉と思いを受け取り、ミキたちは素直にセキショを出た。
その場所に留まることは彼らの決意を踏みにじってしまうからだ。
セキショを出て向かったのは事前に作られていた数棟の小屋が建つ聖地の隅。
環境としては悪くないのだが……誰にも見られずに踊るのは寂しさを感じていたレシアは、素直に知り合いが来たことに喜びを見つけていた。
息を弾ませ走り続け……遂に小屋の近くまで来て二人を見つけた。
「姉ちゃん」
「おっ今日も元気だ」
「久しぶりです~」
ブンブンと手を振ってそのままの勢いで姉の方に抱き付く。
一瞬倒れそうになったホシュミは、必死に堪えて全身汗まみれの相手を抱きしめ返す。
久しぶりの天才的踊り子は……とホシュミは抱きしめている腕を解いた。
「育ったわね?」
「ふぇ?」
「胸が膨らんでるじゃないの!」
慌てた様子でホシュミがレシアの体を触って回る。
「もうお尻も……腰回りと言うかお腹もちょっと?」
「ふなぁ~! 最近踊ることが少なかっただけです! 今は毎日踊ってるから大丈夫です! 直ぐに引っ込みます!」
「膨らんでいることの自覚はあったのね」
「……はい」
しょんぼりするレシアの肩を叩いてホシュミは笑う。
まだ若く育ち盛りの相手の体形が多少変化するのは仕方ない。
「なら当日まで少しは減らしなさいよ」
「は~い」
ウリウリとレシアの頭を撫で、ホシュミは弟に視線を向けた。
弟のタインは幼いなりにも男なのだろう……体形の変化の話を聞いて恥ずかしくなったのか興奮したのか、顔を真っ赤にさせて視線を地面に向けていた。
「それでミキさんは?」
「あっちの方で地図を作ってます。それとお爺ちゃんが来てくれたのでその相手をしてます」
気配だけで誰が来たのか察していたレシアだが、体が二つ無いので先にこっちに来たのだ。
何よりお爺ちゃんことホルスは、また聖地から離れるように歩き出している。
きっと夫から無理な願いでもされたのかもしれない。
「なら兄ちゃんの所に行って来る!」
「あ~タイン。邪魔するんじゃないよ?」
「はいっ!」
逃げ出すように背負っていた荷物を置いてタインが駆けて行く。
多分この後のことを想像して、逃げ出したのだろう。
「さてと……」
「はい?」
「その服を脱いで全身隈なく測るとしましょうかね!」
ガシッとレシアの肩に手を置いて拘束し、ホシュミは獲物を見つけた肉食獣のような目を向けて来る。
相手の気配から恐怖を感じて逃げたくなったレシアだが……逃げる隙も与えて貰えずに着ている服を脱がされて行く。
「ちょっと! ここでは嫌ですっ!」
「良いじゃないの? 白くて綺麗な肌よ。本当に羨ましいくらいに」
「な~! そこの糸は引っ張らないで!」
「相変わらず作りに個性の無い。横着するから弱点になるのよ」
大半の布を止めている生命線とも言える糸に手を掛けられてレシアは焦る。
「な~! あっち! 小屋の中で脱ぎますからっ!」
「何よ? 少しは恥じらいを覚えたの?」
「最初から持ってますから! ってどうして切ろうとするんですか!」
「……嘘吐きには罰が必要かなって?」
「ふなぁ~!」
存分に遊ばれ……半泣きのレシアはホシュミに連れられて小屋へと向かった。
(C) 甲斐八雲
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