其の肆

「準備良し!」


 運ぶ荷物を確認し、女性はそれを背負った。

 と、自分と同じように背負い袋を背にした少年が今か今かと待ちわびている。

 本当なら連れて行きたくなどないのだが……父親が命じるのだ。

『お前が行くなら連れて行け。で、外を見せて来い』と。


 大怪我をし職人としての復帰は絶望的な父親だが、培ってきた経験は死ぬまで生き続ける。

 最近などは技術の伝承が楽しくて仕方ないらしく、教える方は喜んでやっているが教えられる方は死にそうな顔を見せている。


 だが皆が笑顔だ。この村には笑顔が広がった。

 それもこれも旅の途中で立ち寄ってくれた不思議な二人組のお陰だ。


「準備は良い? タイン」

「もちろんだよお姉ちゃん」


 今にも駆け出して行きそうな弟に笑いかけ、姉であるホシュミは弟の頭を撫でた。

 本当なら連れて行きたくはないのに……でも弟の目を見ていると何も言えなくなる。

 輝かんばかりにその目に好奇心を浮かべている。やはり男の子なのだ。


「良い? タイン」


 しゃがんでホシュミは弟と目の高さを合わせた。


「たぶん危ない場所に向かうことになると思うの」

「大丈夫だよ!」

「あらどうして?」


 あれほどの二人が助けを求めたのだ……生半可なことでは無いとホシュミは理解していた。

 だが弟はその目を爛々と輝かせる。


「きっとミツさんも向かうよ。そうしたらすっごく強い二人の姿が見れるんだよ!」

「……そうね」


 苦笑してもう一度弟の頭を撫でる。

 あの強い二人に憧れているのだろう。年頃の男の子なら仕方のない話だ。


「ならあの二人に会うまで……お姉ちゃんを確りと守ってね」

「任せてよ!」


 胸を張る弟は何処か誇らしげだ。

 きっとこれからも大きく羽ばたいていくに違いない。

 父親の言葉が今ならよく分かる。


 今のタインは成長期なのだろう。体では無く、心の。




「これ、どうぞ」

「おおありがとうな。お嬢ちゃん」


 鎧に身を包んだ男たちに臆することなく、まだまだ幼い少女が走り回っては水を手渡す。

 先行し食料などの買い付けを行っている者たちが訪れた村は、温泉が湧く場所だった。


「こんなに良いのか?」


 村長……と呼ばれている人物と交渉に赴いたラインフィーラは、相手の姿に驚き、そして得られる食料の量にまた驚く。

『村の備蓄は大丈夫か?』と逆に聞きたくなるほど、彼らは食料を融通してくれると言うのだ。どう見て……少年と言って良い村長が。


「これは取引だろう? だから高く売って俺たちはお金を得る」


 興奮からか顔を赤くしている少年村長が言葉を続ける。


「アンタたちが通り過ぎてからしばらくして、得た金の半分で食料を買えば良い。この村にだって畑もある。どうにか食い繋ぐことぐらい出来るはずだ」


 胸を張って威嚇するように吠える彼の姿にラインフィーラはクスッと笑った。


「何だ? 何がおかしい?」

「私の恩人に偉そうに言葉を言う青年が居てね。君を見ていたら思い出しただけよ」

「……もしかしてミキさん?」

「やっぱりね。なら私たちは彼の"仲間"と言うことね」


 また笑いラインフィーラは、利き手にはめていた手袋を外す。


「遠征戦士団の交渉役をしているラインフィーラよ」

「ぼ……俺はこの村の村長のラインで、だ!」


 虚勢を張る少年に笑いかけてラインフィーラは彼の手を掴み握手する。

 貴族の女性に手を握られ顔を真っ赤にさせる少年にまた優しく笑いかける。


「なら我が恩人に協力を惜しまない村長様にお願いがあります」

「なっ何だ」


 大人たちの『頑張れ次期村長』の声で無理やり交渉の場に立たされたラインとしては、今この場に居るのが場違いだと理解している。

 それでもこの村を立派にするのだと誓ってから頑張って来た。これぐらいでっ……一歩踏み込んで来た女性に、少年村長は増々顔を赤くする。


「今夜はこの村で一泊したいのですが宜しいですか?」

「えっああ。はい」

「良かった」


 明るく笑いラインフィーラは胸の前で手を打つ。


「温泉……入ったことが無かったので嬉しいです」

「……」


 やはりあの二人の知り合いだけあって普通じゃないと少年は理解した。



 その夜……温泉を覗こうと必死になる男たちと『仲間を護る』と意気込み、妹のリリンと共に戦い続ける少年村長の姿が目撃されることとなった。




「困りました」

「……」


 物言わぬ一つ目の巨人の顔を見つめ、ラーニャは息を吐く。


 漠然と西を目指して進んでいるはずだが、人の目を避けて進むのが難しくなって来た。

 もう少し行けばまた木々が茂るのは分かっているのだが。


 どうした物かと思案する母親に、赤子である娘が全力で腕を振るう。

 何かの合図のように振るうその腕に……反応したのは一つ目の巨人だ。

 母子を包む様に持ち上げると、ノシノシと歩き出す。


「ちょっと……なに?」


 突然のことで事態を把握できないラーニャは腕に抱く我が子を見た。


 息を吐くことで発する声というよりも音で、どこか歌っている。

 耳を澄ましラーニャはその言葉に気持ちを傾ける。


 娘が白を持つシャーマンであるのなら、その音はシャーマンにだけ伝わる言葉にもなる。

 耳を澄まし聞こえた物は……『進め~』だ。


「娘があの子に毒されているわ」


 我が子リシャーラの未来を案じ、ラーニャは軽く嘆くのであった。




(C) 甲斐八雲

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