其の伍

「食うなよ?」

「コケッ」


 床に置かれている地図の前に居る七色の球体にミキはそう声をかける。


 何を考えているのかよく分からない生物だが、基本本能の赴くままに活動している。

 食って寝て女性の胸を求めて彷徨う生活だ。


「何だかんだでお前もこんな場所まで来てしまったな」


 出会ってから結構な月日が流れているが一年は過ぎていない。

 その間に本当に色々とあったが、結局この不思議な存在は最後まで付いて来た。


 隣に座り七色の体を撫でてやると……球体はコロコロと転がるように動く。踏ん張る気が無いのだろう。


「じきにここも危なくなる。もしお前にその気がないなら仲間たちの元に帰ると良い」

「ケェ~」


 ひと鳴きして球体はミキの手から逃れる。すると小さな羽を動かし飛び立った。

 しばらくするとマリルの何とも言えないようなため息交じりの声が聞こえたので……ミキは軽く笑い地図を見る。


「こことここに罠を張るしか無いな」


 作戦は粗方決まっている。問題はその足らない技術をどう補うのかだ。




「なああれって?」

「違うだろ?」

「でも特徴は……」

「だけど絶滅したって」


 その少女の姿を見た者は、彼女の腕に抱かれている七色の球体に目を奪われる。


 幻や絶滅したと言われる神鳥"レジック"を彷彿させる姿をしているのだ。

 ただその容姿は、伝承と違い随分と丸いが。


 そんな神鳥と思わせる球体を抱く少女の後ろには似た球体が複数浮いている。

 小さな羽をいっぱい動かし飛ぶ姿に、周りの子供たちが物珍しそうな目を向けていた。


 少女はその周りの目に臆することなく歩き、そして軽く咳をする。

 一斉に球体が少女に群がり……しばらく『コケコケ』と鳴いたと思うとまた離れた。


「大丈夫。まだ」


 血の気の無い顔に微かな笑みを浮かべ、少女は胸に抱いている球体を抱き寄せる。


 自分の体で旅をすること自体無理なことは分かっている。

 でも行かなくてはいけない。だって自分に誓ったのだから。必ず届けると。


 小さく息を吐いて歩く少女の存在に、見守る人々は声すらかけられない。

 近寄りがたい空気と気配に気圧されるのだ。

 決して触れてはいけない神聖なもの……そう思わせるのに七色の存在は効果的だった。


「カロンや」


 先に宿を出ていた老人に呼ばれ、少女は少し速足で向かう。

 背後を『コケコケ』と鳴く球体が続くのはご愛敬だ。


「隊商に加わり北へと向かう」

「北部?」

「ああ。西に行くにはそこから南部へ、そして西部へと渡るしかない」


 少女の頭を優しく撫で、老人は柔らかい声音で語る。


「あの二人が詳しい行き先を言わないからこうなる」

「らしい、です」


 クスクスと笑って少女は抱く球体を強く胸に押し付ける。

 何かが止まってしまいそうな気がして……怖くなることがあるのだ。

 でもまだ終われない。まだやり残したことがあるから。


 そんな我が子のような少女を見つめ、老人……ディックは胸の中で息を吐く。


 多分もう少女は本来なら死んでいるのだろう。

 だが今生きているのは『約束を守る』為だけにだ。

 レジックの力を借りて、その願いを叶える為に。


「行ってあの二人を驚かせてやろう」

「はい」


 微かに笑う少女は、儚くて今にも消えてしまいそうだった。



 ここ数日奇妙な話が広がりつつあった。

 西へと向かう者たちが、狼に攫われ消えると言うのだ。


 そしてとある隊商から老人と少女が消えた。

 噂通りに……だ。




「良いんですか?」

「やってしまえ」

「まっかせて下さい!」


 聖地の中央に存在する舞台。

 その場に初めて来たレシアは、彼の指示を受けて踊り出した。


 周りには数多くの狼と、巨躯の男と若き美女も居る。

 その視線を受け、彼女は優雅に踊る。


 ただ普通に踊り出しただけのレシアだが、その力はすでに高まりつつある。

 故に簡単に聖地に施されている力を破ってしまった。


「聖地が姿を現したわ」


 聖地の外で様子を見ていたマガミは、狼の姿で現れその事実をミキへ届ける。

 隠されていた地が地上に現れたことで、敵にこちらの手の内を悟られるだろう。


「ご老人」

「カカカ。案ずるな」


 椅子と酒を取り出し、巫女の舞を見ていた老人が笑う。


「しばらくは気付かれまい。だが相手は儂と同等の力を持つ化け物じゃ」

「なら美女に弱いと?」

「うむ。あれはどちらかというと美男子の方かもしれんぞ?」


 酒が回っているのか、老人は愉快そうに笑う。

 マリルの非難がましい視線を無視してミキはその隣の人物に目を向けた。


 自身を『ショーグン』と呼ばせる彼は、決して誰にも本名を名乗っていない。

 ミキとて無理に聞く気が無いからそのままではあるが。


「ショーグン」

「ん?」

「……楽しんでくれ」

「ああ」


 どこか懐かしそうに妻を見ているその目は驚くほどに優しい。

 もしかすれば彼の家族にもシャーマンが居たのかもしれない。


「マガミ」

「はい?」

「ちょっと運んでくれるか」

「ええ」


 狼の姿である彼女の背に跨ると、ミキは特に行き先を告げない。

 だが最初から向かう先を知っているかのようにマガミは走り出した。


 この聖地に来てから一度としてあの老婆と出会っていない。

 ミキは示さなければいけない。『自分がレシアを護れる存在であること』をだ。


 草原を走るマガミはゆっくりと足を止めていく。

 ポツンと立つ老婆の背を見つけ、ミキは軽く息を吐いた。




(C) 甲斐八雲

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