其の参

 一度休憩を挟み、飲み物などを持って来てから再開することとした。

 このままだと思っているよりも話が長くなりそうだからだ。


 レシアの口を手で覆い体を擦り付けているマガミにミキは目を向けた。


「一つ聞きたい」

「何かしら?」

「聖地を隠している力はどうすれば取り除ける?」


 美女の目が鋭く細くなった。


「出来なくはない。でもしたら最後……しばらくは戻せない」

「どれほど?」

「一年程度」

「なら問題はない」


 迷うことなくそう言う彼に、マガミはやれやれと肩を竦める。


「封印を解こうとすれば聖地は姿を現すわ」

「なら解こう」

「……正気?」

「ああ」


 頷きミキは老人を見る。


「聞きたい」

「カカカ。何じゃ?」

「レシアの力で再封印は可能か?」

「分からんよ」


 ツルッと禿げ頭を撫でて老人は答える。


「出来るかもしれんし、無理かもしれん。もしかしたら封印以上のことをするかもしれんな」

「だったらレシアの才能を信じるだけだ。俺は自分の妻の踊りの為なら命を賭けられる」

「ん、ん~」


 甘えたようにクネクネと体を震わせる妻は見ないようにする。決意が鈍りそうだ。


「ならば封印を解く準備をするが良い。きっとアマクサは焦るだろうな」

「ああ。焦って命じるはずだ。『全力を持って聖地を征服しろ』と」


 ミキの言葉にショーグンとマリルは気付いた。


「つまり総攻撃か?」

「ああ」

「城に兵を残さない?」

「だろうな」


 セイジュもデンシチもその命令に従い出て来るはずだ。この戦場に。


「カカカ。だが良いことばかりではない。向こうは多数。こちらは少数。その括りは変わらんよ」

「分かっています。けれどこちらの少ない味方を割かれるくらいなら多数を相手した方が良い」

「うむうむ。面白い面白い。発想が武蔵だのう」

「褒め言葉になっていないです」


 頭を掻いてミキは僅かな仲間を見る。

 流石に現状のままでは無理でしかない。


「後は支度をし、そして敵をどう黙らせるかを考えるしかない。それは俺の仕事だ」


 各々の頷きを見てミキは笑う。


「心配するな。楽など決してさせんからな」


 その発想が宮本家の物ならば、ミキは十分に素質を持っている。




 外に出てミキは聖地に向かい歩き出した。供はマガミだけだ。

 寝所で伸びている彼女が復活するまでにはまだ時間がかかりそうだが、妻を一晩舐め尽したマガミに疲労の色は伺えない。鍛え方が違うのだろう。それと何もかもが。


「一応仲間たちには貴方たちの匂いがする者を見つけたら連れて来るように言ってある」

「助かる」

「良いのよ。お礼はいずれ貰うから」


 クスクスと笑い美女は軽い足取りでミキの前に出た。


「それで何処に向かうの?」

「この地図を確かめたい。特に聖地の外周部分をだ」

「はい」


 胸と腰に巻かれている布を解いて全裸となったマガミが、わざとらしく自分の胸を腕で隠す。


「そんなに見ないで下さい」

「気にするな」

「……触っても良いのですよ?」

「気を遣うな」


 クスクスと笑い彼女は緩やかに姿を変える。

 人の形から獣へと変化し、そこには綺麗な毛並みをした狼が姿を現す。


「恥ずかしい姿を見られました。もうお嫁に行けません」

「案ずるな。獣に婚姻の決まりは無いはずだ」


 苦笑し狼の背に跨り彼は適当に歩くことを伝える。

 指示を受けた狼は風を置き去りにするかのような速度で走り出した。




「何を見ているんですか?」

「地図だ」

「……狼さんの匂いがします」

「お前の方がするはずだ」


 ゴシゴシと濡れた布で体を擦る妻に視線を向けながらミキは苦笑する。

 匂いを落とせばまた付けられると言うのに……意外と妻はあの狼が好きなのかもしれないと思っておく。


「聖地のここに封印があるらしい」

「……聖地ってこんな形なんですね」

「まずはそこからか」


 やれやれ吐息を吐いてミキは床に地図を広げるとその場に座る。

 上半身裸の妻は拭きながら地図を覗き込んだ。


「ここが封印の中心だ。分かるか?」

「舞台ですか?」

「ああ。ここで巫女が踊りを披露する」


 封印の地の中心には、石の舞台がある。

 マガミが言うには石造りの本格的な舞台であり、問題は何一つないらしい。


「で、この舞台を中心に左右に大きな石の壁がある。後方は崖とり岩山がそびえている」

「ん~。何となく山の中心が凹んで出来たみたいですね」

「そうだな」


 二人は言い合いながら地図を見る。

 地図を上から見ると『(・)』の形で『・』の舞台を覆うように左右に『( )』の石壁があり、背後にも石壁が存在する。それはまるで天空から山に向かい舞台が落ちて来たかのような……そして山を抉り壁を作ったようにも見える。


「だったらこの下の入り口だけ固めれば誰も入れませんね」

「そうだな」

「ミキが護ってくれるなら安心です」

「ああ。俺では無いがな」

「はい?」


 心底驚いた様子でレシアは夫を見る。


「守りを固めたら俺は外に出る」

「どうしてですか?」


 首を傾げる妻に彼は手を伸ばすと、その頭を優しく撫でる。


「古来籠城とは援軍があっての戦い方だ。だが今回俺たちの為に援軍が来るかどうか分からない。だったら最初から籠城だけというのは無理がある」

「はい」

「心配するな」


 優しく笑ってミキは地図を畳む。


「お前の目が俺を見失うなんてことは無いはずだ。だから踊りながら見ていれば良い。俺の行動をな」

「はい」


 満面の笑みを浮かべてレシアは夫に飛びかかり押し倒した。




(C) 甲斐八雲

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