其の弐

「さて……少し真面目な話をしようか」


 朝も早い時間からミキに呼び出された面々は、彼の前にある机に目を向ける。

 一枚の白い布に描かれた"それ"は手書きである物の……見る者の目を引き付けるだけの内容を持っていた。


「地図か。それも正確過ぎる」

「ええ。川とこれがこの『セキショ』としたら、ここにあるこの場所は一体?」


 初めて見た物に興味を抱いたか、ショーグンとマリルが地図を覗き込む。

 まるで空の上から覗き込んだかのように正確な地図だ。


「ご老人に作って貰った。作り方は聞くな。誰も真似できない」

「カカカ。修行をすれば出来るぞ? 数十年ほど要するがな」


 事実不可能だと理解し、二人は老人に向けていた視線を若者へと向け直した。


「それでこれは……この近辺の地図で良いのか?」

「ああ。セキショを過ぎてから中央草原に至るまでに存在する地……人によってはそこを『聖地』と呼んでいる」


 ショーグンの問いに答えミキは地図を指さす。


「普段この聖地は姿を隠していると聞く」

「カカカ。その通りその通り」


 鷹揚に頷く老人に戦うことに関しては知識の豊富なショーグンが反応する。


「ならこのセキショはこの聖地を護る為に建てられているのか?」

「その通りだ。そしてファーズンの狙いはこの聖地だ」


 トントンと指先で地図を突き、ミキは軽く笑った。


「今からおかしな話をするから覚悟してくれ」

「……ああ」


 納得していない様子のショーグンと、諦めて肩を竦めるマリルにミキは老人から聞いた話をする。

 要約すれば『聖地には恐ろしい何かが封じられていて、それをファーズンのアマクサなる人物が狙っている』といった内容をだ。


 途中から飲み物片手に適当に聞き流しているマリルは興味が無い様子だが、ショーグンは以外にも真面目に耳を傾け聞き入っていた。


「一つ聞きたい」

「ん?」

「ファーズンはその化け物を手にして何をする気だ?」


 ショーグンの問いにミキは視線を老人に向ける。

『カカカ』といつも通りに笑った彼は、ツルッと禿げた頭を撫でた。


「何でも出来るだろう。望めばこの大陸ぐらい征服出来るとも」

「……弱い」

「何がだ?」


 老人の説明にショーグンは納得出来なかった。


「ファーズンの兵たちは狂ったように俺の国を攻めた。あの狂った心があるのなら、何より後先を考え無いのであれば、ファーズンはそんな化け物の手を借りずに大陸を支配するだろう」

「うむうむ。続けよ」

「なら別の理由があるはずだ。なければ大陸制覇ぐらいでそんな恐ろしい者を呼ぶはずが無い」


 二人の会話を聞きながらミキも思案する。


 ショーグンの言葉はもっともだ。正直ファーズンの軍事力に勝る国など居ない。匹敵する力を持っているのは砂のアフリズムぐらいだが、あの国も内乱の制圧で身動きが取れないだろう。

 北部はそれほど強い国など無いし、東部は国土が広いだけでどの国も疲弊している。


(ならば大陸制覇は何かのついでか)


 そう考えるのが妥当と思い、ミキは思案して自分なりに答えを見つけた。


「ご老人」

「何だ?」


 薄っすら笑う老人の様子に、ミキはこれが正解だと確信した。


「力を乗っ取ったアマクサがもしその気になったら……帰れますかな?」

「うむうむ。難しいが不可能では無いな。だがあれほどの力を持って帰ったとしたら何をする?」

「考えたくも無い」


 強い力を得た者が一度敗れた場所に帰る理由などそう多くない。

 決まっている。大半が復讐だ。


 と、今まで気怠そうに話を聞いていたマリルがミキを見る。


「ねえ? 一つ聞いて良い」

「何だ?」

「難しい話はどうでも良いの。私として重要なのは家族の復讐を果たすこと」

「ああ」


 クスッと美女は妖艶に笑う。


「デンシチを殺せるなら後はどうなっても良いの。だから彼を確実に引っ張り出す方法を教えて」


 パンと拳を自分の掌に打ち付けショーグンも笑う。

 二人が望んでいるのは復讐だ。


「確実では無いが、ある程度高確率で引きずり出せる方法はある」


 ミキの言葉に老人が笑う。


「カカカ。聞かせよ若造。面白かったら褒美をやろう」

「ご老人の褒美が気になるが……餌を外に出しておいたからそろそろ釣れるだろう」

「餌?」


 言われてマリルは室内を見る。

 騒がしい存在が居ないことに気づいた。


「ふんにゃ~!」


 と、セキショ中にその気の抜けた悲鳴がこだまする。


「釣れたぞ」




「お久しぶりね」

「離して……放せ~!」


 ジタバタと暴れる妻を脇に抱えやって来たのは、野性味あふれる美人だ。

 豊満な胸や腰などを最低限の布で覆う美女に……自身の容姿に自信を持つマリルが険悪な目を向ける。

 意外と興奮する様子を見せない老人に驚きながらも、ミキは相手の到着を素直に喜んだ。


「よく来てくれたな、マガミ」

「ええ。貴方の呼び声ですもの……全て差し置いてこっちに来たわ」

「それは嬉しいな。だが……とりあえず暴れているレシアを置いてくれないか?」

「ん? 嫌よ。巫女様から私の匂いがだいぶ消えているわ。こうなったら徹底的に舐め尽して匂いを付けないと気が済まない」

「ふんにゃ~! ミキ! 助けてくださいっ!」


 彼に言われ建物の外で踊っていたレシアは、回避する間もなくマガミに捕らわれた。

 いくら巫女の力を持っていても、害意無く近寄って来た人の動きを上回る速度で動かれる肉食獣を相手に対処などできない。


 やれやれと頭を振ったミキは、とりあえず話を進めることにした。


「話し合いが終わったら好きにして良いから……とりあえずレシアの口を塞いでおいてくれ」

「ええ。喜んで」

「もがぁ~!」


 彼は話を進めることを優先した。




(C) 甲斐八雲

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