閑話
其の玖
「ミキはどうでしたか?」
「……普通だ」
「そうですか」
地面に腰を下ろし並んで座る二人の前には、自然の丸い石を墓石代わりにした墓がある。
レシアの父親の墓であり、亡き主君……本多忠刻公の墓だ。
「会えたのか?」
「……」
フルフルと顔を左右に振り、レシアは甘えるように彼の肩に頭を預ける。
「もう成仏していました。残って居たのは僅かな想いです」
「何と?」
「『生まれ、ここまで来てくれてありがとう』と『幸せになりなさい』って」
「そうか」
抱き付いて来る彼女の頭を撫でて、ミキもその墓を見る。
墓だと言われなければ気づけないほど小さな場所だ。
掌を返せば、知らなければ誰もが素通りするとも言える。
荒らされることはあっても壊されることの無い墓だ。
「ミキ」
「ん?」
「私……最後までやりますね」
「何を?」
「ん~。お母さんとお父さんがやり遂げたかったことをです」
体を離してふわりと立ち上がった彼女は、その手を彼へと伸ばす。
折角だから手を借りて立ち上がったミキは……そのまま相手を抱きしめた。
「なら俺がお前をやり遂げるまで護ろう」
「はい」
身を寄せてレシアはただただ彼の顔を見上げる。
ゆっくりと目を閉じて……。
「カカカ。問題は敵の数が多いと言うことか?」
「その数は?」
「ファーズンは総力戦を仕掛けようぞ? たぶん一万以上は来る」
「それは厄介だ」
翌日たっぷりと休養を得たミキは、怪僧と共に歩いていた。
妻であるレシアは完全に燃え尽きて眠ったままだ。
真面目な話に向いていないから、しばらくこのままで良い。
「最低でも腕の立つのが十人は欲しいな」
「ふむ。一人千人か?」
「それぐらいは斬らんと追い付かんだろう」
自分が無茶を言っているとはミキは思っても居ない。
必要だからする。そしてそれが出来そうな者は何人か目星はある。
「ものの言い方が武蔵になって来たな?」
「……言うな。義父に似たとか考えたくも無い」
「カカカ」
笑い老人は足を止めた。
壁のセキショと呼ばれる由来となった石垣の上……方角は東を向き、視界には街などの姿も映らない。
広がって見えるは草原のみだ。
「仲間を集めねば話にもならんであろう?」
「ええ。それを叶える方法がおありで?」
「カカカ。案ずるな……この果心居士に不可能は少ないぞ」
軽く首を回し、老人が肩越しに視線を向けて来る。
「背中に手を置け。後はお主が得た縁次第だ」
「それはなかなか難しい」
苦笑して老人の背に手を置くと、その隣に女性の手が現れる。
視線を向けると……今にもはだけそうな格好をしたレシアが居た。
「ズルいです。二人で楽しそうなことをしようとしてます」
「……分かったからまずその布を確り巻け」
就寝時に掛けて使う布を巻いているだけの彼女は、見た目の良さからして艶めかしい。
不意に湧いて来た七色の球体が元気に騒ぎ出すほどだ。
急いで布を巻き直したレシアは、改めて老人の背に手を置いた。
「念じよ。今まで出会った者たちを思い出し……ただ願うが良い。その願いを届けてやろう」
「分かった」
「はい」
言われて二人は願った。ただ純粋に『助けてくれ』と。
想いは大陸中に広がった。
草原を駆けていた狼は、それに気づき一目散に走りだす。
畑仕事を手伝っていた兄弟は、それに気づき鍬を放り出した。
椅子に腰かけ空を見上げていた老人は、それに気づき陽気に笑うと歩き出す。
新婚間もない国王夫妻は、寝所でそれを受けて急ぎ部下に指示を出す。
戦場で敵となった同胞を狩る将軍は、苦笑を浮かべると敵の首を刈り取り続ける。
目覚めの酒を飲んでいた賊の頭とその部下は、声を立てて笑うと行くかどうかを悩み出す。
染物の色抜きを手伝っていた女性は、それを受けて自宅に飛び込み道具を纏める。
森の中で七色の球体と戯れていた少女は、それを受けて老人が居る小屋へと走る。
朝から鍬を振るう幼い兄と妹は、自分たちがするべきことを違えず鍬を振るい続ける。
船上に立つ旧友は、頭を掻いて急ぎ船の支度を部下に命じる。
商談がまとまりにんまり笑っていた商人は、それを受け取り『儲け話だ』と走り出す。
屋敷で本を読んでいた令嬢は、それを受けて至急国王への面会を執事に命じる。
朝から無駄に元気な老人二人は、それを受けやれやれと首を鳴らして駆けて来た青年とその妻に握り拳を向ける。
家族で朝食を摂っていた家臣は、即座に武器を手にして飛び出して行こうとした所を妻に掴まれ、『別れの挨拶ぐらいしてから』と諭され渋々娘の元へと向かう。
幼子をあやしていた女性は……仲間が集うのを待ち、集った『化け物』と呼ばれ恐れられる存在達を連れて歩き出す。
行き先は西の地だ。
いかなる手段を使っても……彼らはその場所に自分の『想い』を届けると誓った。
それほどまでに彼らから受けた恩は忘れられないからだ。
だからこそ皆が西を目指す。
石垣から降りて来た二人に待ち構えていた巨躯の男と妖艶な美女が笑いかける。
「私たちが一番かしらね?」
「だろうな」
笑う二人にミキは苦笑する。
「いや……あのご老人が一番だよ。彼も叶えたい願いがあるからな」
「そうか。別に二番でも良いさ。復讐出来るなら手を貸す」
「私もよ」
「そうか。なら……手を貸してくれ」
言ってミキは妻を連れて歩き出す。
賽は投げられたのだ。
~あとがき~
ある意味で西部編の最終話となります。
次からは聖地編(最終章)をお送りします。
ようやくラストステージです。
最終章は書きたいことを優先して書きました。つじつま合わせは後日すればいいのです。長編を書いているとどうしても過去の話とかに差異が生じるのです。仕様です。能力の限界です。
では次回、聖地編序章にて。
(C) 甲斐八雲
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