其の拾伍

 壁のセキショ……そう呼ばれている裏切り者たちの住まう場所を攻め立てている将軍は、元は闘技場で暮らしていた者である。

『筋が良い』とデンシチに見いだされ、それ以降彼の元で多くを学んだ。


 途中から剣での戦いよりも兵での戦いに重点を置いて、将軍として西部の各地で鎮圧戦を指揮して来た。

 粗方の国を平定し、次に与えられたのが裏切り者たちの討伐である。


 過去二人の将軍がこの地に送り込まれ、誰もがあの壁を破ることが出来ずにいた。

 だがデンシチの元で学んだ自分ならと思い挑んでいるが……この二ヶ月で少しも攻略の糸口が見つけられない。


 ほとほと困りながらも彼は目の前にある橋を見る。

 この橋が無ければこの場所にずっと置かれることも無いのだ。

 何度燃やしてしまおうかと思ったことか。出来ないからこそ敵が間違って火を点けてくれればと何度も願った。


(どうにか攻略せねば……私の首が飛んでしまう)


 職を失うという意味では無く、文字通り物理的にだ。


 焦る将軍はジッと橋を見つめていた。

 誰もその上を生きて渡ることの出来ない橋だ。

 近寄れば矢が飛んで来て撃ち貫かれる。


 橋なのに人が渡れない橋なのだ。


 そんな橋を渡る馬鹿など居ない。

 だが五人の人間が何やら話し合いながら渡っている。


 何をしているのか? あれでは矢が飛んで来て撃ち殺されてしまう。

 しかし平然と五人は橋を渡った。渡り切った。


「珍しいこともあるものだ」


 変に感心する将軍はまた壁の攻略に頭を痛める。


 彼が正気に戻り兵に攻撃の指示を出して橋を渡ろうとし……飛んで来る矢の雨を受けて死ななかったのは純粋に幸運であろう。




「お久しぶりですご老人」

「カッカッカッ。久しいの」


 近づいた壁は大きく、上まで見上げるレシアが口を大きく広げるほどだ。

 そんな彼女を尻目に……薄く開かれた門から出て来た人物をミキは見る。

 見覚えは無いが、腕は立ちそうだった。そうでも無ければこの場所に居られるはずもない。


「何分戦時中ですので歓迎は出来ませんが」

「良い良い。ここを通って聖地に行きたいだけじゃ」

「でしたらどうぞ」


 促されてミキたちは壁の中へと入る。


 中は四方を石垣で囲まれた要塞と呼ばれる感じの作りになっている。

 畑などもあり、水は前の川から引いているのだろう十分にありそうだ。

 自立できるだけの規模を擁したここを落とすのは容易では無い。


「若いのよ。付いて参れ」

「自分ですか?」

「ああ。他の者は何処か部屋に案内して貰って寝るが良い」


『カカカ』と笑って歩き出す老人を追ってミキも歩く。黙ってついて来るのはレシアの性分だから何も言わないが、チラリと老人が肩越しに目を向けて来た。


「巫女はあっちじゃ」

「ミキと一緒が良いです」

「だがこれは少々時間がかかる。お主があっちに行って用件を済ませれば後は二人で居れるぞ?」

「ん~。ちょっと行って来ます」


 悩む時間も短く、レシアは老人が指さす方へと駆けて行った。


「追い払いましたね?」

「案ずるな。ちゃんと用はある」

「本当ですか?」

「ああ」


 ツルッと頭を撫でて老人は薄く笑った。


「あれの父親の墓があるのだ。行けば分かるだろう」

「……はい」


 ならば自分も行った方が、と一瞬思ったが……ミキはその気持ちに封をした。

 相手が紹介すると言うならば行けば良い。ただそれだけだ。


「お前はこっちじゃ」

「はい」


 また歩き出した老人を追ってしばらく……ミキはそれに気づき足を速める。

 一瞬錯覚かと思ったが違う。何よりそれをミキが見間違える訳が無かった。


 ただ黒く塗られた木の板が置かれている。

 それには白い塗料で特殊の模様が描かれていた。


九曜巴紋くようともえもん……」

「その通りだとも若いの」


 気軽に笑う老人は、板に張り付く若者をそのままに歩みを続ける。

 板の裏側……ちょっとした石塔にそれが隠されていた。手に取って軽く埃を拭いてやる。


「これはたぶんお主に宛てた物であろう?」

「……」


 木箱にも同じ紋が刻まれていた。


「ある男が言っておった。その紋は良く働く小姓に与えた物だと」

「はい。自分が貰い……我が家の家紋としました」


 祝言の祝いだったのかもしれない。

 九曜巴紋を貰い受け、それを見た義父は気に入り『宮本家』の家紋としたのだ。


 そしてそれを与えてくれた人物は他ならない……主君、本多忠刻だった。


 一礼し木箱を開いたミキは中から手紙を取り出す。

 見覚えのある文字は間違いなく主君である彼の物だった。


『これを読めるというならば同郷の者であろう。もし良ければ我が忠臣に伝えて欲しい言葉がある。きっとあの者もこちらへ来ておるだろう。三木之助よ……大儀であった』


 短いがこれ以上無い言葉に自然と涙が溢れる。

 自分に過ぎた主君に仕え、その御仁からこの上ない評価を得たのだ。


「申し訳ございません……忠刻様。遅くなりました」


 地面に両膝を着いて涙する若者から視線を外し、老人はその場から静かに離れた。


 ただ若者が泣く姿を見るのは好きでは無いのだ。

 問題は……もう一人の方もきっと"父親"と会って泣いているのは間違い無いのであるが、老人は様子ぐらいは見ておかなければと思ったのだった。




~あとがき~


 これにて西部編参章の終わりとなります。

 そして西部編の最後……としておきます。

 次回からの閑話が本当の意味で最後だと思いますが。


 この流れを受けて最終章となる聖地編に突入です。

 で、レシアの父親の正体は閑話にて。お分かりだとは思いますけどね。


 詳しいことは閑話の最後にでも。




(C) 甲斐八雲

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