其の捌

 宿の部屋は複数の部屋が存在する一番高い物を選んだ。

 大きな理由は……フラフラとどこかに行きたがる者が、二人も居るということだ。


 故にミキは部屋の出入り口で座り込んで寝るのが基本となった。

 必死に甘えて来る妻は、貢物とばかりに寝室に放り込んでもう一人を黙らせることに使う。

 その甲斐もあって……今の所、旅の供は人殺しを犯していない。


「なあレシア」

「……」

「レシア?」

「ふぁいっ! 大丈夫です! 最後の一戦は越えていません!」

「何の話だ?」


 夫の呆れた声に耳まで真っ赤にしたレシアが立ち上がると、不満げに腕を上下に振る。

 ソファーに座っていた彼女は、パタパタと駆けて来ると夫の横に座った。


「何ですか?」

「この街の様子はどうだ?」

「ん~」


 唇に指をあててクルッと部屋の中を見渡す。

 だが彼女は天才的な才能を持つシャーマンだ。目の前に壁があっても関係無い。


「特に嫌な感じはしません」

「なら特に気になるとしたら?」

「あっちです」


 彼女が指さす方角は、ミキが調べた限りではファーズンの中枢だ。

 王城のある場所を嫌がるとは……そちらの方には出来るだけ行かないこととする。


「もう一度確認だ」

「は~い」

「お前以外にシャーマンは?」

「居ないです。全く誰もです」

「そうか」


 どうやらそちらもマリルの言葉が正しかったらしい。

 軽く頭を掻いたミキは床から立ち上がった。


 ついて来るレシアと共に向かう先はマリルが使っている部屋だ。

 案の定……何かを察して逃げ出そうとする妻の首を掴んで、ミキは閉じられている扉を開けた。

 半裸の美人が豊かな胸を震わせ、乳鉢を巧みに扱っていた。


「なに? 覗き?」

「違う。少し外に行って来るが……お前はどうする?」

「分かってるわよ。部屋から出ないわ」

「頼んだ」


 適当に手を上げて来る女性にそう告げ、ミキたちは二人で街に繰り出した。




「ミキ~」

「露店の物なら好きな店に行って買って来い」

「大好きです。愛してます」


 早速露店の1つに突撃して、彼女は両手に串焼きの肉を装備した。


「ただし一声掛けろよ。代金を払わなきゃならん」

「は~い」


 返事だけは本当に元気だ。

 追加で串を増やす妻にため息を吐きながら、ミキは店主に代金を払いつつ質問をした。


「闘技場に行きたいのだが、道はこれで?」

「そそ。このまま直進してあそこの角を曲がれば分かりますよ」

「ありがとう」


 自分用に串を1つ追加し、代金を払ったミキはフラフラとしている妻を追う。

 手にしていた串から肉の存在が無くなり、代わりに串の捨てる場所を探しているように見える。


 本来なら軽く頭でも叩いて躾けたいところだが、ミキは我慢して彼女の隣に立つ。


「闘技場を見て行きたい。良いか?」

「良いですよ~」


 目的地が何処なのか知っているのか、軽い足取りでレシアは進む。

 だが彼女の視線は露店をつぶさに確認し、美味しそうな物を見つけたら突撃して行く。ただ食い意地がはっているだけかと思い直してミキは代金を済ませると、また足を進める。


 言われた通りしばらく歩くと……二人は石造りの大きな建物の前に出た。


 歓声と罵声。


 響き渡る懐かしい声にミキは苦笑し、また露店に突撃しようとしている妻の首を掴んで……引きずるようにして建物の中へと入った。




 外から見た限り、大きい建物であることは間違い無いと思っていた。

 だが今まで回ってきた国の中にこれほどの設備を持った闘技場をミキは見たことが無い。

 すり鉢状の形態をしているのは何処も同じだが、ただその大きさが圧倒的に違う。


 大勢居る観客に興奮気味のレシアが暴走しないように捕まえ、ミキは立ち見の席から舞台を見る。

 人の背丈ほどある壁に囲まれたそこの部分では、人と人とが武器を持って戦っていた。


 1対複数の殺し合いだ。


 それも一人の方は手足に拘束の鎖まで嵌められている。

 普通に見れば一方的な虐殺だろう。現に舞台では一方的な殺戮が繰り広げられている。

 一人が複数を圧倒して打ちのめし殺していっているが。


「ミキ。あの人強いです」

「だろうな」

「……知り合いですか?」

「知らないよ。でも彼がこのファーズンの闘技場で最強の男だ」


 運良く彼が立つ舞台を覗くことが出来た。


 背も高く確りとした骨格を支える豊かな筋肉も見える。

 腰に布を巻いただけの彼は鎧1つ身に付けていない。あるのは拘束具と武器である手斧だけだ。

 圧倒的な力で他の者を切り裂き殺して行く様子は、武人と言うよりも狂人だ。


「ショーグンと言うらしい」

「へ~」


 珍しく興味を持った様子のレシアが舞台を見つめている。

 何とも言えず不穏な気配を妻から覚えつつも、ミキも彼女と並び舞台を見た。


 滅ぼされた剣のコロルタでは最強を誇っていた戦士。


 その戦い方は確かに野蛮ではあるが、恐ろしいほどに強い。

 しいて言えば義父のような常人離れした恐ろしさを感じる。


 そんな強者が一方的に対戦相手を殺して行く。

 余りの強さに賭けなど成立しないだろうと思ったが、この試合だけは賭けが行われていないらしい。

 純粋に殺し合いを見せる場として興行主であるヨシオカからの大盤振る舞いらしい。


 対戦する相手も条件があって、ショーグン相手に武器を振るったら給金が出るらしい。

 問題は時間が来るまで生き残らなければいけないらしいが、今日も誰一人生き残ることなくショーグンにその体を割られて終わった。


「強かったです」

「そうだな」

「ミキ? 何で笑ってるんですか?」

「気のせいだろう」


 クスッと笑い……ミキは舞台に向けて、これでもかと殺気を放った。




(C) 甲斐八雲

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