其の肆

「アンタ……本当に強いんだな?」

「これぐらいどうってことはないさ」


 港町を出てから五日。

 旧コロルタ領に入ってから三日が経った。

 本日二度目、合計して五度目の襲撃をミキが行動を共にする隊商は突破した。


 流石に襲撃が多過ぎるからおかしいだろうと思って聞けば、『トイルト王家の隊商だからな……』と隊商主が頭を掻きながら理由を説明してくれた。

 普通の隊商は事前に賊たちに小銭を掴ませお目こぼしを願う。


 それでも襲撃される場合があるが、その時は襲撃された時ように準備してある酒樽と食料を置いて逃げるのだ。

 予定調和である程度平和が護られていると言えなくもない。


 だが王家所有の隊商は賊に金を渡すことが出来ない。王家の見栄が邪魔をするのだ。

 お蔭で襲撃を受けて酒樽と食料が毟り取られるのだが……今回は予算の都合、二回分しか準備をしていなかった。

 結果として三度目からは荷物に対しての襲撃となり、隊商としては自衛行為に出るしかなかったのだ。


 予定調和が崩れたのならミキは黙っているお人好しでは無い。

 襲いかかる者を全て斬り捨てて……隊商内で一目置かれる存在になった。


「それ程の腕があるなら目的地はファーズンか?」

「まあな」

「昔だったらコロルタに行けば食えただろうが、な」


 苦笑して話しかけて来た商人が渋面になる。


 ファーズンとの戦いに敗れたコロルタは、徹底的な暴力を振るわれた。

 囚われた男は全て奴隷となり、女は犯されてから奴隷となった。子供たちも全て奴隷となり……老人や病人、怪我人などは全て殺されてうち捨てられた。


 ミキたちも途中そんなうち捨てられた者たちの残骸を目にする機会があった。


 骨だけになっていたのが救いではあったが、野ざらしにされたままは余りにも不憫だった。

 せめてもの手向けにとレシアに軽く鎮魂の舞い踊って貰う。彼女の正体がバレないように全力で踊らせてあげられなかったのも心残りではある。


「この辺りにも大きな闘技場があってな……俺も子供の頃は良く親に連れられて見に来ていたんだよ」

「そうなのか?」

「ああ。西部に住む男は、『闘技場で名を上げるか商人で名を上げるか』と言うのが将来の夢と言うか目標にするんだ。大半はどちらにもなれずに終わるけどな」

「なら貴方は余程頑張ったのでしょうね」

「あはは。そう言って貰えると嬉しいよ」


 機嫌よく会話してくれる商人の存在は有り難い。

 ミキはこうして話を拾い集めて知識を増やし続けた。




「なあマリー」

「何かしら?」

「ショーグンって知っているか?」


 夕飯を終えて夜の見張り以外の者たちは各々眠りについている。

 ミキは日中の活躍もあって夜の見張りは免除された。代わりに日中は出て来る賊を全て狩り取ってくれと頼まれているが。


 小さな焚火を三人で囲い他愛もない話をしていて彼はその名を思い出したのだ。

 今日商人から聞いたファーズン最強の戦闘奴隷の存在を。


「知ってるわよ。西部では有名だから」

「聞かせてくれるか?」

「面白い話じゃ無いわよ」


 そう前置きをしてマリルは語りだした。




 コロルタに"ショーグン"と呼ばれた男が居た。

 本当の名は誰も知らない。ただ彼はそう名乗り続けたのだ。

 生まれも育ちも良く分からない。ただある日突然闘技場に現れ……そして無敗を誇った。


 強い者には恩恵を。


 コロルタにはそんな格言がある。

 故に彼は富も栄誉も手に入れた。家族すらもだ。


 だが彼の栄光は遂に終わる。


 ファーズンの侵攻。

 そして最精鋭だった傭兵部隊の壊滅。


 本当に将軍となっていた彼は、遠征軍から外され国王の守りとして王都に残ることを命じられた。

 結果として彼は親しかった仲間たちを全て失い……遂には家族までもを失った。


 迫りくるファーズンの脅威に一部大臣が裏で内通し、コロルタ王都は征服者に門を開くという愚かな行いをしたのだった。

 一方的な虐殺の末に、彼は闘う機会を与えられずに捕らわれた。


 罪人にまで地位を落とし、戦闘奴隷としてファーズン王都に居る彼は……そこでどんな悪条件でも無敗を誇っている。

 死なない男。それが今の彼の通り名だ。




「聞いた噂よ。何でもショーグンの家族を彼の目の前で殺したのが、ヨシオカの重鎮の一人……セイジュらしいの。で、ショーグンは今でも彼を殺す為に闘技場で生き残っているらしいわ」

「凄いな」

「ええ。私もその根性を見習わないと」


 同じくヨシオカに恨みを抱くマリルは薄く笑って焚火を見つめる。

 力任せの征服などは恨みを買うだけでやはり何も生みはしない。むしろ恨みを生んでいるのが正解なのだ。


「それでそのショーグンがどうしたの?」

「強いなら手合わせしたいと思っただけだ」

「……貴方の妻も大概だけど、貴方もそれなりに狂ってるわね?」

「そうか? 俺の一族は基本こんな感じだと思うぞ」


 お蔭で異なる場所に来てまで義父の因果に付き合う羽目となっているのだ。

 自分が蒔いた種では無いが、『宮本』の姓を名乗る以上はやはり負けられない。


「一度会って戦ってみたいものだよ」

「はいはい。ファーズンに行けば会えるかもしれないわね」


 呆れてそう言うマリルであったが……それが実現すると思いもしなかった。




(C) 甲斐八雲

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