其の伍

「嫌ですご主人様。そんな新しい女よりも私の方がどれ程具合の良い女か知っているでしょう?」

「にゃにを~!」

「そんな若いだけで男を喜ばせる技術も足らないのよりも私なら貴方様の股間が蕩けてしまうほどの快楽を与えますから……どうか今まで通りご寵愛ください」

「ぬが~!」


 左右を美人の女性に抱き付かれ、ミキは顔色一つ変えずに目の前の人物を見る。

 どちらも甲乙つけがたい美人に挟まれ顔色一つ変えない若者に……衛兵は複雑な表情を見せる。


「もう何年も貴方様専用の女としてご寵愛を受けた私です。今更貴方様以外とだなんて考えられません。どうか、どうか私を捨てないで下さい」

「ミキ~! もうこんな奴隷は売り飛ばしてしまいましょう!」

「黙ってろ奴隷」

「うなぁ~! また奴隷にっ!」


 甘くしな垂れかかってくるマリルも訳あっての行動だ。

 そして何も理解していないレシアは……ある意味理解していないから嫉妬に狂う女らしく見えて助かる。


「……改めて問おう」

「はい」


 深々と息を吐いて衛兵が何とも言えない複雑な表情を浮かべミキを見る。


「そこの銀髪の女は、お前の奴隷で……もう何年と一緒に居ると言うことで良いのだな?」

「そうでございます。私とご主人様の縁は切れません。私はもう彼無しでは生きられないのです!」

「黙っててくれないか? 君の『主人』と話している」


 二人の奴隷を連れた戦士……と言うことになっているミキは頭を掻いた。


「彼女の言う通りだ。ずっと一緒に居る」

「はい。とても深く愛し合っていて、夜も常に一緒なのですよ? もちろん繋がっているという意味で」

「済まん。本当に黙っててくれないか? 君がそう甘い声を出し続けると部下が変に興奮する」


 話している衛兵の後ろで彼の部下らしい若者二人がモジモジとしている。

 だが好みに違いがあるのか、一人はマリルをもう一人はレシアを見ていた。


「うむ。ならばこの南部から来たと言うのも事実かね?」

「はい。西部の闘技場で目立つことが出来れば出世は思いのままと聞いて」

「確かに大陸中でそう言われているようだな。だが我が国の闘技場はこの大陸内で最も強い者たちが集っている。一度その目で見てから参加することを勧めよう。無駄死にはしたくないだろう?」

「御忠告感謝します」


 腕に抱える木製の板に何やらペンを走らせ、衛兵は一枚の書類をミキに手渡す。


「ファーズンへの入国許可だ。ただしこの国では現在、『銀髪の美人には気を付けろ』と言う指示が出ている。お主の連れはそれに該当するから何かあればこれを衛兵に見せるように」

「何から何までありがとうございます」


 事前に隊商の商人から情報を得ていたのだ、ミキは勧められた倍の金額を衛兵に握らせた。

 結果として『ヨシオカを狙う暗殺者に特徴の良く似た女』は『よく似ているが大丈夫』と言うことで済んだのだ。


 丁寧に対応し、衛兵が隊商から離れるまで特に騒がない。

 時折レシアが憤慨しそうになっているが、『宿に着いたらお前の好きにして良いぞ』と主語の無い約束を脳内で色々と昇華させて堪えてくれている。


 無事に隊商も入国審査を終え……ミキたちはファーズンの支配地域へと入った。




「何か西部に来てから駆け足で移動してますね~」

「そうだな」


 街へと入り隊商と別れたミキたちは、とりあえず宿をとることとした。

 眠る場所を確保したので次は胃袋を満たそうと食堂に来て……レシアの不満が溢れた。


「もっとこう色々な場所を見たいです」

「観光?」

「そうです。私はこの大陸の綺麗な場所とかを見て回りたいんです」


 入国の時のこともあり、ガルルと低く唸っているレシアに対して、マリルは頬に指をあてて考え込んだ。


「アガンボの港町は見たでしょ?」

「はい」

「あの国で一番綺麗と言われる港町だったからあれを見たら他は要らないわね。トイルトの港町でお城は見たわよね? トイルトもあれが一番綺麗と言われてるわ。クローシッドは特に目立つ観光は無いし、コロルタはことごとく廃墟だし」


 指折り数えたマリルは結論を出す。


「西部で観光がしたいならファーズンに行きなさい。古いだけの建物とか多く存在しているからそれなりに楽しめるわ」

「……もっとこう自然的な感じの物は?」

「ん? 西部でその手の物を求めるなら北の岩山かしらね。凶悪な化け物と吸うと息絶える毒の煙とかがあって人が行くには難しいらしいけど」

「……パンが美味しいです」


 何かを諦めたらしくレシアがモソモソとパンを齧る。

 実は事前に情報を旧友から得ていたミキも同じ結論に達していた。

 西部は観光に適していない地なのだ。


「まあファーズン王都に行けばそこそこ楽しめるわよ」

「そうなんですか?」

「ええ。西部最大の闘技場が存在しているから、きっとたくさん人が死ぬわ」


 薄く笑うマリルに気圧されてレシアがまたモソモソとパンを齧る。

 ちょっとイジメすぎたかと思ったらしい彼女は、表情をやわらげた。


「でも今夜は夫を好きに出来るのでしょう? ならそれで機嫌を戻しなさい」

「ですね。ですよね!」

「ええ。私が教えてあげたことを実践すれば良いのよ」

「ちょっとやる気が出て来ました」


 復活したレシアが食事を掻きこみ始める。


「ただ貴方の夫の命令で、私も同室だけど……気にしなくて良いわよ。存分に楽しみなさい」

「うなぁ~!」


 やはり玩具にされるレシアだった。




(C) 甲斐八雲

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