其の参

「……貴方だってあるでしょう? こう我慢出来なくなる夜が。昨日はちょっとそんな感じになって夜の散歩に出たら向こうから言い寄って来たのよ。で、ついやっちゃって」


 もう面倒臭いからと縛って椅子に座らせているマリルが必死に弁明し始める。


 レシアが楽しそうに鳥の羽根を両手に持っているのを察したのだろう。

『いつでも行きますよ~』ととても楽し気に笑う妻もあとで叱る必要をミキは感じていた。


「本当はそれで我慢するはずだったのに……興奮が全然冷めなくておかわりをしたの。で気づいたら朝だったのよ」

「獣でももう少し自重するだろう?」

「何よ! 良いでしょ!」


 今居る場所は宿屋の借りている室内だ。

 壁はそこそこ厚いが、大きい声などは隣室に届いてしまう。

 軽くミキが睨むと、マリルは形勢不利を感じて救いをレシアに求めた。


「貴女だってあるでしょう?」

「何が、ですか?」


 ふいに向けられた矛先に、レシアはクルクルと羽根を回して首を傾げる。


「そこの夫が上半身裸で居たら、背後から飛びかかるでしょ?」

「ぶっ! ……そんなことしません」


 吹いてる時点で終了しているが、全力でマリルから視線を逸らしたレシアの頬に汗が伝う。

 本当に嘘が付けない体質なのだ。ある意味正直すぎて手に負えない。


「寝ようとしてその気になって『静かにするから……良いですよね?』とか言って、甘えるようにお願いしたくなる時とかあるでしょ!」

「なっ! あれはそれです。ちょっと寒かったからで……ごにょごにょ……」

「なら明け方に『今ならたぶん平気です』とか言って天幕の外で」

「うなぁ~! ミキ! マリルさんも反省してますし今回は許しましょう!」


 熟れたトマトほど顔を赤くしてレシアがあっさりと向こうの援護に回った。

 だがミキはその程度で屈する精神など持っていない。


「たかが聞かれていただけのことだろう? 何を恥ずかしがる?」

「……ミキ。私に恥じらいとかを持つ女になれと言ってましたよね? 今、それを見せていると思うんですけど~!」

「大丈夫よ。聞くだけじゃなくてちゃんと覗きもしたから」

「なっ!」


 マリルの言葉にレシアが凍った。


「確かに何度か覗いていたな」

「まっ!」


 まさかの夫の追随に……レシアの思考が完全に停止した。


「大丈夫よ。ただ見てただけだし」

「そうだな。ただ見られていただけだ」

「……」

「何よりお前が気づかないことはないだろうと思っていたのだがな? 無視していたから良いものだと思っていたが?」

「それは……ごにょごにょ……」


 夫を求める余りに周りが見えなくなっていたとは言えずにレシアは顔を真っ赤にする。


 レシアはその場にしゃがむと膝を抱いた。

 自分が間違っていないはずなのに……どうもこの二人はおかしい気がしたのだ。


 しばらくしてレシアは、自分がからかわれている状況に変化していることに気づいて憤慨した。




「この港町を出るまでお前はレシアと一緒に居ろ」

「つまり貴方の妻を一人前の娼婦に育てれば良いのね?」

「どうしてそうなるんですか!」


 ベッドの上で身を丸くしたレシアが獣のようにマリルを威嚇する。


「大丈夫よ。貴女の腰の動きがあれば、そこの夫なんて三日で足腰が立たないようにしてあげるわ」

「……後で少しだけ教えてください」

「興味はあるのね」

「うなぁ~!」


 マリルに見透かされたように鼻で笑われたレシアがまた憤慨する。

 コロコロと笑いレシアの傍に座った彼女は、チラリとミキを見てから何やら耳打ちをする。

 ガルルと唸っていたレシアはあっと言う間に静かになって……顔を赤くして彼女の言葉を聞き入れた。


「ならこの子としばらく一緒で」

「あまり変なことを教えるなよ?」

「大丈夫よ。だったら貴方も加わって一緒にする?」

「それはダメです~」


 飛びかかりマリルを組み敷いてレシアは夫に顔を向けた。


「ミキはあれです。一緒に行く隊商を見つけて来て下さい」

「分かった」

「その間にこの胸を使った技術でも仕込んでおくわ」

「うなぁ~! 触らないで……揉まないで下さい~!」


 組み敷いていた相手の反撃にあいレシアはあっと言う間にマリルに制圧される。

 形勢逆転する様子を見学したミキは、興奮して震えている球体を一発殴って部屋を出た。




 ミキたちが港町に来た理由は至極簡単だ。

 ここから先……旧コロルタの支配地域には盗賊や山賊が頻繁に出る。

 当初は武力の差で突破する気でいたミキだったが、相手が弓矢を使うと聞いて止めた。


 自分やレシアなら飛んで来る矢など問題にならない。だがマリルは殺人を好むが素人だ。飛んで来る矢を避けることなど出来るはずが無い。

 一度試しに彼女木の枝を投げたミキだったが、眉間に当たって怒られたので追加の実験はしていない。

 そうなるとある程度安全に危険域を突破する方法は隊商護衛だ。


 しかし今回はある制限が存在しているので探すのも大変なのだ。

 ファーズンの息がかかり過ぎている隊商だと、誰とは言わないが誰かが殺し始める。

 食事に毒など混ぜれば一網打尽だ。


 お蔭で交渉は難航を極め……ミキは夕方ごろにようやくそれらしい隊商を見つけることが出来た。

 ファーズン行きのトイルト王家が所有する隊商だ。

 多少ファーズンの息が掛かっていてもそこまで露骨に際立たないはずだ。


 給金と移動日などを確認し宿に戻ったミキが見たのは……何故か半裸の状態でベッドの上で伸びている妻と、椅子に腰かけ本を読んでいる犯罪者の姿だった。




(C) 甲斐八雲

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