其の参拾陸
まるで射殺すような視線に対し、ミキは両手を広げて正面から受ける。
腰の武器に手を掛けている者は……真実を知っているのか、いないのか。
「イースリー様からお聞きしました。ウルラー王。貴方には前王の血が流れていないと」
「……」
王は何も答えない。
ただ怯えている様子の腕の中の女性に顔を向け、何も言わずに静かに頷き返した。
しかし部下の一人が我慢しきれない様子でミキに向かい足を進める。
「不敬であろう! 誰かこの者をっ」
「良い」
「……ですが王」
「良いのだ」
王の制止する声に怒りに震えていた部下の顔から血の気が引いて行く。
彼は決して馬鹿では無かったのであろう……だから理解したのだ。
「……本来なら国を安定させてからエスラーにこの地位を譲る予定であった」
静かな王の独白に……部下たちは衝撃を受けつつも唇を噛んだ。
自分に不似合いな良き部下たちに囲まれたと知り、ウルラーは気分良く言葉を続ける。
「我は母親が城に上がる前に性交渉で生を得たそうだ。だが母君はその事実を伏せて父王との間に出来た子だと偽った」
死した父王の後を継ぐこととなったその日に告げられた言葉。
まるでずっと騙し楽しんでいたような表情で告げる母親の顔をウルラーは忘れない。
彼女は本当に楽しそうに笑っていたのだ。
「そしてこうも言った。『この事実が明るみに出れば……私たちに未来は無い。だから言うことを聞いて従え』とな。だから我は反発し彼女と敵対することを選んだ」
壮絶な親子喧嘩と揶揄する者も居た。
だがウルラーはどう言われても成し遂げなければならなかった。
「我は偽りの王だ。いずれ役目を終えたら消えるはずだった王だ。それなのに……どうしてこうなってしまったのだろうな?」
「たぶん母親の醜さを恐れたのだろう? 王よ」
「……そうだな」
本当に遠慮なく声を掛けて来る彼に苦笑し、ウルラーは腕の中の相手を抱きしめる。
母親の悪行を知っていた。必要だからと見て見ぬ振りをして来た。だからこそ……彼女から視線を外すことが出来なかった。
自分の愚かなる行為で家族を、姉弟を、そして仲間も失った彼女を見て……ひと目で好いてしまったから。
「我は大罪人だ。だからこそ罰を受けねばならん。だがその罰を受けるにはまだ早い」
「この国に巣食う害虫を駆除してからか?」
「ああ」
将軍イマームは、王の部下たちの一番後ろに居た。ここの方が良く見れるからだ。
コソコソと動き出し何やら企む害虫共の動きが。
害虫は駆除するべきだと常々思う彼は、静かに腰に差す曲刀を抜いた。
「うわっ!」
「将軍なにをっ!」
「おやめっ!」
背後から発せられた悲鳴に……ウルラーは軽く目を閉じ黙礼する。
上がっていた悲鳴が消えると、王の前に返り血を浴びた男がやって来て膝を着いた。
「王よ。無粋な真似をしました」
「構わん。駆除は必要だ」
「ならば?」
「許す」
自分では無い者を主としている以上……現時点では敵でしかない。ウルラー王は覚悟を決めた。
頭を垂れて一礼した将軍は、立ち上がりざまに剣を振るう。
王の背後に居た部下の一人の首が飛んだ。
「我、ウルラーの名において命ずる! 全ての門を閉じよ! これより城の外に出る者は全て射殺せ!」
号令と共に兵が動く。
後ろめたいことをしていた部下たちは逃げ出そうとして、将軍の刃を受けて絶命して行く。
と……ニヤリと笑うイマームがミキを見た。
「後でやろう?」
「遠慮するよ」
「そう言うな。お前とは剣を合わせたい」
残忍な笑みを浮かべて血に飢えた黒ヒョウのような男が駆けだす。
全てを狩り尽くさなければと不安がるミキは……チラリと王に視線を向けた。
「手当たり次第では……無いのだな?」
「ああ。あれでも斬る相手は理解している」
「本当に苦労させられますがね」
三人目の声にミキと王が同時に視線を動かす。
やって来た将軍の副官……ワハラは、王に一礼をした。
「我が王よ」
「どうしたワハラよ」
「はい。これから眼前で起こる無礼を、どうかお許しください」
意味の分からない願いだ。これから起こる?
首を傾げそうになる王に、ワハラはもう一度言葉を続ける。
「どうかお許しを」
「……分からんが、我に危害を加えるなよ」
「はい。王にも」
一度ワハラは王の腕の中の女性を見る。
何度となく共に王を支えて来た仲間だ。
「王妃様にも危害を加えません」
「ならば許す」
「感謝の極みです」
はぁ~と深いため息が響き、将軍が嬉々として獲物を飼う最中……ミキは誰か知らぬ者の視線を受けた。
「この大馬鹿野郎がっ!」
ワハラと呼ばれた者の大声をミキは正面から食らった。
「どうしてお前たち宮本の一族は、後先考えずに騒ぎを起こすっ!」
「……ん?」
「その度に呼ばれて尻拭いをさせられる身にもなれっ! この大馬鹿野郎の三木之助がっ!」
腹の底から発せられた相手の声に……ミキはどこか懐かしさを感じていた。
『冗談だろう?』と言いたくなるが、彼の怒りは全く冷めない。
伸びて来た腕がミキの襟を掴んだ。
「お前はいつもそうだ! 殿がお許しになるから無茶ばかりしやがって!」
「だが許しは得ていたぞ?」
「事後でな! 何よりお前の義父が大問題だった!」
「それは俺に言うな。あれに言え」
「言えるか! 武蔵相手に!」
投げ捨てるように襟から手が離れ……ミキは込み上がって来る感情を抑えきれなくなった。
「ぷぷぷ……本当にお前は変わらんな? 牛之助」
「今はワハラだ! その名で呼ぶなっ!」
そう言って腕を組んで怒る相手はミキの知る人物……
(C) 甲斐八雲
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