其の参拾漆

 まさかの再会とは言え、相手は勝手知ったる小姓仲間だった。

 共に同じ者を主君と仰ぎ、仕え支えた。

 仲は良かったと思っていたが……相手の不満が止まらない様子からミキの一方的な思いだったと理解した。


「詳しい話は後だ。今は将軍の後を追う」

「分かった」


 ワハラは王に体を向けて許しを得て駆けて行く。

 その背を見送り……王はゆっくりと横たわっている弟に目を向けた。

 プルプルと震えている彼は、やはり何も知らなかったのだろう。


「済まぬが弟を運んで貰っても良いか?」

「はい。ウルラー王よ」


 本来客人に頼むことでは無いが……それを理解しつつも王はミキに頼んだ。

 荷物のように肩に担ぐ姿を見ると思う所もあるが、それでも遺体であるはずの王弟を任せられるのはミキしか居ない。

 王と次期王妃に伴われ歩き出す。


「イマームの駆除と始末を終えたらまた話し合いを再開する。良いな」

「「はっ」」


 心の底からウルラー王に従う者たちはその命に従う。


 苦笑染みた表情を浮かべ王は歩く。

 自身が偽りの王と知っても彼らは従ってくれるのだ。


「なあミキとやら」

「はい」

「……王とは何なのであろうな?」


 返事など期待していなかったウルラーだが、ミキは天性の従い支える者だ。

 支配者から問われれば必ず返事を返す。


「王とはただの名称でございます」

「……ほう」


 苦笑したくなるほど遠慮のない言葉だった。だからこそ興味を持つ。


 足を止めてミキを見る。

 彼の腕に抱かれているイースリーが不安げな視線を向けるが、王は笑顔で応じる。ただ彼女の視線は、彼の背後に居るであろう存在を不安に思ってのことであった。


「続きを」

「はい」


 王弟を担いだままでミキは言葉を続ける。


「古来より支配者とは民の中から秀でた者が支配し誕生するものです。故に血筋など権力者が用いる都合でしかない。血を引いているから支配者になれると思っている者は、得てして民の手により滅ぼされる。そしてまた新たなる王が生じて国を支配する」

「つまり我が気にする血筋など気にするなと?」

「はい。ですが人によっては『血筋』を重んじる者も居ます。それは自身に脈々と受け継がれている血筋を重要視し、大切にしているからでしょう」

「我が国にも多く居る」


 王はその事実を認めた。

 古くから続く王国は、その家臣の一族ですら長く続くものだ。だからこそ彼らは先祖を敬いその血筋に誇りを持っている。


「ですが王家もその部下たちも……最初から王であったのではない。将軍や大臣であった訳でもない」

「そうだな」


 王家に伝わる口伝では、初代と呼ばれる者は……この地を支配していた悪逆非道な王を打ち倒し国を興したとある。現在の重臣たちはその時に共に戦った者の末裔だとも言われている。

 簡単ではあるが王はそのことをミキに告げると、彼は一度頷いた。


「王に問いましょう」

「何だ?」

「その口伝は……本当に事実が伝わっていると思いますか?」

「……」


 相手の言葉の真意は理解出来た。

 口伝である以上、どこかで王家に対し有利に働くよう『作られている』可能性もある。


「事実かどうかなど分からん」

「ええ。ですからこうして国は分岐点を迎えるのです」

「分岐と?」

「はい」


 軽く一礼をし、ミキは口角を上げた。


「滅びか再生か……。未来永劫、支配者が同じ一族の国など普通有りません」


 失礼極まりない言葉であるが、その上を行く無礼をミキは口にする。


「都合が良いと思えば良いのです」

「都合とな?」

「はい。この国を壊し再生する好機だと思えば……今はまさに良い機会でしょう」

「だがそうすればこの国は荒れる」

「はい。ですが今のままでも荒れます」

「……」


 的を得ていた。

 確かにどっちに転んでもこのままでは国は荒れる。


「王よ」

「何だ?」

「今朝方……我が妻と交わした約定はまだ終えていませんか?」

「……」


 問われて彼は気付いた。

『シャーマンたちが住みよくなるように暴れたいと思います。ですので王にはその許可を願います』などと正気を疑う手紙を寄こしたのが目の前に居る人物なのだ。


 今一度王は腕の中に居る存在を抱きしめ……自身の中で二つの物を天秤にかける。

 その必要がないほど答えなど最初から決まっていた。


「まだ終えておらん」

「ならばこれから起こることはただの狂った旅人が起こす騒動にございます。どうか王は心静かに……民たちが騒がぬように手配して頂ければと」

「……分かった。だがもう少し付き合え」

「はい?」


 サッサと向かおうと思っていたミキを王が制した。


「肩の荷をその辺に捨てられては困る」

「そうでしたね」


 止めていた足を動かし……覚悟を決めたウルラーは自室へと急いだ。




「自由にするが良い」


 王も着込んでいる服を脱いで軽装になる。

 妻となることの決まったイースリーは、女官たちに連れられて別室へと消えて行った。

 終始不安げな視線で辺りを見つめる彼女は元姫のはずだ。長い女官生活で扱われることが不慣れになっているのだろう。


「どうした?」


 気軽に椅子に腰かける王は、二脚の椅子を並べる青年に訝しむような目を向ける。

 王妃とする女性の椅子は王の横とすることに決まっている。事実使用人に命じて王妃用の椅子を運ばせている所だ。


「もう一人居ますので」

「もう一人?」

「はい」


 それは不意に現れる。音も立てずに色を宿してレシアが姿を見せた。

 突然のことに一瞬慌てた王であったが、今朝見た娘であると気づき苦笑するほかなかった。




(C) 甲斐八雲

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