其の参拾肆
「王城に入るぐらいは出来るのか?」
「えっあっはい。まだこの身分証が使えればですが……」
本来自分が持つ正式な身分証……右腕の手首に巻かれた金細工に触れ、イースリーはもう一度自分の姿を覆うローブの具合を確認した。
既婚者ではないから本来ならローブをする必要は無いのだが、あの女の味方から逃れるには打って付けの服である。
静々と歩く女官に従うように、荷物を担いだミキも後を追う。
チラリと視線を後ろへと向けたイースリーは、本当に彼一人しか見えないことに違和感を覚えた。
「もう何度も来てるので簡単に入れますよ?」
「そう言ってシャーマンたちの所に行って飯を強請るのか?」
「そんなことはしません。似たようなことをしているのは鳥さんです!」
馬鹿話が聞こえて来るのにやはり見えるのは彼一人だ。
欠伸交じりで簡単に姿を消す……これほどの力を持つ"巫女"を捕らえるなど無理だと女官は強く感じていた。何より絶対にこちらの言うことなど聞いてくれない。
彼女は自由であり、そして夫に全てを捧げているのだ。
心の中で深く息を吐いて、イースリーは城の門へと向かい足を動かした。
チラッと身分証を確認しただけで余計な詮索なども無く門を潜ることが出来た。
流石に簡単すぎることに首を傾げていると、背後から声が聞こえて来た。
「ミキ~」
「何だ」
「何十人とこっちに来ます」
「だろうな。そんな気配だ」
『ん?』
胸の中で改めて首を捻り、イースリーはゆっくりと足を止めようとする。
だが背後から伸びて来た彼の手が肩を掴み押して来た。
「ここで止まるな。一番近い広い場所に向かえ」
「ですが何十人と」
「そりゃ来るだろう?」
押されながらも肩越しに後ろを見ると、肩を竦めた彼が居る。
「その身分証が使えなくなっていただけだ」
「……」
指摘を受けて合点がいった。
つまり自分が『死んだ』とされてから身分証が変更されたのだろう。
チラリと手首の金細工を見る。
細工には色のついた石が並び、その配列で身分を証明している。
「どうするのですか?」
「通路で挟まれたら面倒だ」
答える彼に背を押され、イースリーは通路を抜けて庭へと出た。
「囲まれるなら広い方が良い。ついでに言うと……王に声が届く場所に案内してくれ」
「王に……」
辺りを見渡しイースリーは自身の記憶をたどる。
今は間違いなく緊急事態だ。なら王は部下を集め話し合いを行っているはずだ。
「こちらに」
「分かった」
案内をする為に前に出ようとする彼女をミキは片手で制した。
「前を歩くな」
「ですが」
「そろそろ来るぞ」
言って片手で腰の物を引き抜き、彼は荷物を担いだままで歩く。
建物の角を曲がり駆け寄って来る兵たちが……何故かイースリーの目には気の毒に見えた。
将軍イマームは込み上がって来る欠伸を噛み締めていた。
急の招集で引き摺られて来れば、真面目な話が延々と続いているからだ。
正直この手の真面目な話は聞いてて背中が痒くなるから逃げ出したい。
どんなに成長しようが、老いようが、二度目の人生であろうが……嫌いな物は嫌いなのだ。
だからだろう。彼が最初にそれに気づいた。
外から聞こえてくる声に……兵が訓練でもしているのかと思った。
だが腹の底から発せられる声は、良く通る音を持っている。故に彼の耳に届いた。
「失礼ながら陛下」
「どうしたイマームよ」
会議では発言をしない将軍が口を開いたことに周りの者たちが少なからず驚く。
その様子に軽く自嘲しながらも彼は指で窓の方を差した。
「陛下に客人のようです」
「……そうか」
通じるとは思っていなかったが、ウルラー王は椅子から立ち上がると窓に向かい歩き出す。
配下の部下たちも王都は別の窓へと向かい外を見て絶句した。
中庭に立つ青年の足元に転がる兵たち。
ただ殺されている訳ではないらしく、どこかしら体の一部を押さえて震えている。余程の一撃でも受けたのだろう。
「ウルラー王よ! 貴殿の女官と荷物を持って来た!」
轟き響く声が王たちが居る部屋にも届く。
イマームはクスッと笑い、そして表情を引き締める王の姿を見た。
「我を呼ぶお主は何者か!」
窓から姿を出し答える王に、中庭に居る兵たちが膝を着き首を垂れる。
「自分は旅の者。名をミキと申す! 貴殿に仕えていると言う女官を連れて来た!」
その声に部下たち数名が慌てるのをイマームは眺めていた。
何となくだが……面白いことが起きそうな気がしたのだ。何より外からの声に聞き覚えがある。どっちに転んでも楽しめるなら文句は無い。
「我の女官であると申すか!」
返事に彼が動く。隣に立つ女性のローブを取ると……一人の女性が姿を現した。
「何か言ってやれ」
ローブを取られて素顔を晒したイースリーは、ただ見上げたままで涙していた。
もう会えないかもしれないと……そう思ったことが嘘のように、あっさりと王の顔を見ることが出来た。
「……」
口を開き声を発しようとするが、感極まって出て来るのは嗚咽だけだ。
耐え切れずにしゃがむ彼女を見つめ……ミキは優しげに笑った。
「王の顔を見て感極まっているようだ!」
彼女の代わりに伝えてやると、背後から尻を蹴られた。
犯人は分かっているので無視することにする。
『ミキも鳥さんも胸の大きな人が好きなんですね……』
前言撤回。ミキは後で説教をすると心に誓った。
「姿を見れば分かる。その者は……我が妻となる者だ!」
と、大声で返って来た言葉に……流石のミキも苦笑いするしかなかった。
(C) 甲斐八雲
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