其の参拾参
「私は陛下にどうお詫びすれば……死ねないんですよね……あはは……」
虚ろな目で自身の膝を抱いて物騒な言葉を言い続けるイースリーは、今までの人生で味わったことの無い苦痛を強く感じていた。それも心に。
精神に受ける容赦ない攻撃に、死に体になっていると言うのが正しい状況だ。
掛けるべき言葉を見つけられないミキは、やれやれと頭を掻いてベッドに視線を向ける。
端に座るレシアがモグモグと幸せそうにパンを齧っている。本当に何も考えていない様子に……こちらも掛けるべき言葉を見つけられなかった。
「ミキ? 今何か嫌なことを考えませんでしたか?」
「……太るぞ」
「っ! 平気です! この後いっぱい踊りますから!」
慌ててそんなことを言い出す彼女に『はいはい』と呆れ気味の頷きを向けておく。
やると言えばちゃんとやる相手だから踊りはするだろう。ただ現状、表立って目立つことは出来ないから練習する場所を確保するのも大変だ。
「まあいい。色々と厄介だが話を進めよう」
これ以上問題事が起こると自分のやる気が無くなりそうだと気付いたミキは、膝を抱いて座る女性に目を向けた。
すると偶然それが視界に入る。コソコソと窓から忍び込んで来る七色の球体が何を企んでいるのかを察して、懐に忍ばせている投げナイフを掴んで投擲した。
「こっけぇ~っ!」
「避けたか」
「こけぇ~!」
流石にナイフまで投げられるとは思っていなかったらしい鳥が慌てて声を上げる。
騒ぎで気づいたイースリーは、こちらも慌てて強く膝を抱いて胸を隠した。
「ん? ミキ」
「何だ」
「鳥さんが『仕事。手紙』と騒いでます」
唯一鳥の言葉を理解出来るレシアが歩み寄ると、鳥の口に手を差し込んでそれを引っ張り出す。
白い紙が丁寧に折られ……宛先を確認した彼女は無造作に広げた。
「ん~。はいミキ」
「お前宛なんだろう?」
「難しい話はミキにお任せです」
手紙を押し付けたレシアは、数歩離れると……その場でクルクルと回り一点を見つめた。
そんな彼女の様子を視界に入れつつ、ミキは受け取った手紙に視線を走らせて……今度はイースリーの方へと差し向ける。
理解出来ない様子で手を伸ばし受け取った女官は、手紙に視線を向けると……全身を震わせて顔色を悪くした。
「お前が見張るように命じていたのか?」
「……はい。あの人ならいずれ動くと」
血の気の引いた唇を震わせ、王に仕える女官は言葉を続けた。
「何かあれば動くと思ってました。でも実の息子が殺された今、動く親がありますか!」
血も涙も無いのかと言いたくなる。
実の息子を暗殺され、それを動く好機とみてあの女は仕掛けようとしている。
手紙の文面からそう推理したイースリーは憤る。
だが違う考えを持つミキは、そっと視線を妻に向けた。
「どうだレシア?」
「ん~。お城に居た空気があっちに集まってますね」
「オルティナとか言う奴の屋敷はあっちか?」
気軽に問うて来る彼の言葉にイースリーは疲れた様子で頷き返した。
これでこの国は国王とその母親が争うことになる。一番最悪の未来とも言える。
その一端を担ってしまったイースリーは、自責の念で今にも『死にたい』と思っていた。
「思っていたより速かったが、おかげで待たずに済んだな」
椅子から立ち上がりミキは軽く肩を回す。また荷物を担いでの移動の時間だ。
「丁度馬鹿鳥も居るし、レシア」
「はい?」
「荷物を鳥に押し込め」
「は~い」
イースリーの胸を狙っていた球体を捕まえて、レシアがそれを引っ張って行く。
肩を竦めてその姿を見送ったミキは、ベッドへと向かい歩き出して……転がったままの荷物の口を開く。
無造作に内容物の頭を……文字通りに人の"頭"を出して確認する。
「起きたか?」
「……」
怯え切った目が、震えた頭がカクカクと頷き返す。
ぼんやりとベッドの方を見ていたイースリーは、その顔を見て……驚きの余りに立ち上がり、怪我の痛みを思い出して床に蹲った。
「レシア」
「終わったら鳥さんに頼みます」
「頼んだ」
そんなに驚くとは思っていなかったミキだが、案外この存在は重要なのかもしれない。
苦笑しながら袋から『殺した王弟』を引っ張り出して、またベッドの上に放り出す。
全身を縄で縛られ口まで塞がれている彼はされるがままだ。
王弟エスラーは生きていた。
「ミキ様? どう言うことですか?」
立ち直ってなど居ないが、それでもイースリーは質問を優先した。
「殺したことにして連れて来た。まだ利用価値があるからな」
「……」
聞かなければ良かったと後悔し、イースリーは泣きそうになる自分を……我慢出来ずに泣きだした。
「もう滅茶苦茶です。貴方たちは」
「そう褒めるな。レシアが喜ぶ」
「わ~い。褒められました~」
本当に嬉しそうな声を上げる巫女に、イースリーはただただ愛しい人に逢いたいと心の奥底から願った。
今ならきっと抱き付いたとしても……慰めてくれるぐらいのことはして貰えるはずだと。
「さてと」
一応"荷物"が無事か確認を終え、ミキはまた袋の中に王弟を押し込む。
それを肩に担ぎあげて……彼は床の上に泣き崩れている女官に顔を向けた。
「支度をしろ」
「……どこに?」
「決まっているだろう」
不敵に笑い彼は肩の"荷"を軽く叩いた。
「落とし物を届けにだ」
(C) 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます