其の弐拾弐
色々とすったもんだがあったが、女性は恥ずかしそうにローブを脱いで腰に巻きミキに肩を借りて歩き出した。
「私はイースリー様に仕える女官の一人です」
「主人の名は、イースリーと言うのか」
「……知らないのですか?」
「名前まではな」
苦笑してミキは裏路地を歩く。
「俺の連れは世界一の目を持っているが、それを生かすだけの知恵が無い。お蔭で色々と足らない情報に翻弄されながらここに来た」
「……彼女は今どこに?」
「隠してるよ。俺たちにも手を貸してくれる仲間……のような者は居るからな」
「……」
チラリと相手の様子を伺いミキはまた口元で笑う。
御付きの女官にしておくのは勿体無いほど頭が回る相手だ。会話の節々にこちらの手の内を暴こうとして来る。
「それにしても」
「はい?」
「剣は何処で学んだ」
「……子供の頃から色々とありまして」
「そうか」
言いたくなさそうな感じだったのでミキはそれ以上追求しなかった。
しばらく歩きミキは彼女を建物の壁を掴ませると一人で通りを進む。地面の上で組み敷いている女に対して腰を振る馬鹿な男の背後から十手を振り下ろして頭蓋骨を割る。
だがミキは二人の様子を確認しただけで、足早に女性の元に戻った。
「行くぞ」
「彼女は?」
「死体は荷物にしかならん」
「……」
舌を噛み息絶えていた女性のことは伏せて、ミキはまた彼女に肩を貸して通りを進む。
途中で幾人か乱暴されて捨てられていた女性の遺体を発見し……それでも二人は奥へと向かった。
「何人か居るな」
「……イースリー様もここに居るはずです」
「なら複数の男に襲われているのだろうな」
「っ!」
ギリッと歯を噛み睨んで来る彼女に……ミキは静かな視線を向けた。
「お前のように剣を振るい時を稼げれば間に合っただろうが……それに俺を恨むな」
「……はい」
涙を浮かべ肩を落とす女性をまた壁に預け、ミキは静かに両手で十手を抜いた。
「ここに居ろ。片付けて来る」
乱暴を受けて息絶えている女官の傍らに膝を着き……怪我を負っている女性は見開いたまま凍っている瞼に指を置き閉じる。
始末をつけた兵たちの死体を担いで運び捨てに行ったミキは、地面に転がっていたローブを掴み戻って来た。
胸の所で手を組んだ女性の遺体にローブを掛けてやる。
「……女官イースリーは死にました。貴方はどうしますか?」
「別に構わんよ」
訝しむ視線を向ける女性にミキは冷ややかな目を返す。
「お前に聞けば良いだけだ」
「何を」
「お前がイースリーとか言う女なのだろう?」
「……」
咄嗟に短剣を探す女性にミキは苦笑する。
「この死体には一つだけ納得のいかない傷がある。喉元の古傷だ」
「……」
「喉を潰して声を奪ったのか? そして自分の身代わりとしてきた……違うか?」
そう考えた方が辻褄が合う。
仕えの女官にしては頭の回りが良い。何より襲撃馴れし過ぎた様子や剣術など……普通の者が得られる訳ない技術を多く習得している。ならば影武者の類が居て身分を隠していると想像した方がしっくりくる。
「何よりお前は俺の連れの居場所を聞き過ぎた。仕えるべき主人の命の危機に優先するべきことじゃ無い。このような時は仲間の死など気にせず、真っ先に主の元に向かうべきだ。だがそれをしない。理由はお前からしたら主の生き死には重要では無いからだ。違うか?」
「……そうですね」
痛む足を地面に伸ばし、女性……イースリーは弱々しく笑った。
「でも死んだ女官たちは私と苦楽を共にして来た仲間たちなのです。特にその場で死んでいるアルーなどは、長いこと外出時の私の替わりを務めてくれました」
軽くローブを捲り、息絶えている女性の頬に手を伸ばす。
「侍女として仕えていたこの子は、私を狙った襲撃の際に喉に矢を受け……一命は取り留めましたが声を失いました。それ以降私の影としてずっと付き従ってくれたのです」
「どうして女官の類であるお前がそうも狙われる?」
鼻で笑い何処か吹っ切れた様子で彼女は口を開く。
「前王の血を引いているからです。現国王とは異母兄妹になります」
「納得だ」
「お蔭でずっと暗殺の憂き目にあい……此度私が生きていることを知ったあの女が動いたのでしょうね」
「あの女?」
「前国王の王妃……オルティナ」
その目に暗い炎を宿しイースリーは唾棄するかのようにその名を呼んだ。
「そいつが?」
「ええ。自分以外の正室や側室、その子供に至るまで暗殺し続けた女」
「恐ろしいな」
「ええ。そして彼女が欲しているのはこの国の玉座」
「望みは女王と言う訳か」
「……狂ったことに」
だが実際彼女に手を貸す者も多い。誰もが彼女を女王とし、王配の地位を狙っているのだ。
ゆくゆくは女王亡き者にして王位を奪う。誰もが自分の欲の為に目を曇らせて国政を蔑ろにしている。
「このままではこの国は亡びます。身内で潰し合いをして……醜く」
「それは困ったな。まあ俺には関係の無い話だ」
壁に背を預け話に付き合う彼にイースリーは目を向けた。
「貴方はさっき言ってたわね。たぶん"巫女"と呼ばれる強い力を持つシャーマンが妻であると?」
「ああ」
「……本当に巫女なの?」
「一緒に居る俺ですら疑いたくなるが、その実力だけは……な」
疲れた様子で肩を竦め、ミキは彼女にレシアについて語りだした。
(C) 甲斐八雲
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